お題【交換】【大雨】【ペンギン】
雨の日はあまり前を見ない。ほんの数メートル先の地面を、水たまりの薄そうな所を選びながら、時には軽く跳びながら歩いてゆく。
「ペンギンみたいだよね」
指摘されるまで気にしたこともなかったが、ペンギンと比喩されたことがどうにも嫌で、私は雨の日の歩き方を無理やり変えた。
昔はペンギンを嫌いではなかった。どちらかと言うと好きな方だったと思う。
動物園や水族館ではペンギンを観る時間をけっこう割いていたし。
でも、あの大雨の日、街角でペンギンを見てしまってから、私のペンギン観は全く変わってしまった。
その日は夏の近い、とても暑い日だった。
天気予報は晴れのち曇りで、雨の気配など全くなく、私は折りたたみ傘さえも持っていかなかった。
それが昼前からすさまじい大降りで、会社から歩いて一分のコンビニに行くことさえためらわれるほど。傘を持ってきていた同僚が代表してビニール傘を買いに行ってくれたほど。
ようやく入手した傘でランチを食べに行く。その途中、ペンギンの行列を見つけた。まるで水族館の中のイベントみたいに、よちよちと歩く四羽ほどのペンギンたち。
その時点では正直、可愛いって思った。
だけど近くには飼い主らしき姿は見かけないし、それにペンギンが歩いているのが歩道とはいえ、すぐ横の片側二車線の車道には車もバスもトラックも勢いよく走っている。
「ね、あのペンギン、危なくない?」
立ち止まり、一緒に歩いていた同僚たちへ傘越しに声をかけた。
「え? ペンギン? なに? どこ?」
「あそこ」
「どこ?」
私以外には見えていないペンギン。にわかに不安になる。自分の目がおかしくなったのか。仕事疲れだろうか。
「バカなこと言ってないで、早く行くよ?」
同僚たちにうながされ、再び歩き出す。
するとペンギンたちがどうにも視界に入ってくる。
私たちの歩く速度とペンギン行列のスピードがほとんど一緒なのだ。いや、若干向こうの方が早いかも。ただ、ペンギンたちは時々立ち止まるので、トータルでは同じ速度になるという。
私にしか見えないペンギンたち。
立ち止まっているとき何をしているのだろう……傘立て?
あちこりの店の前に置いてある傘立ての前で集まって何かしている。
一羽が傘立てからビニール傘を一本取り、他の一羽へと渡す。その一羽は、まるで魚でも飲み込むかのようにその傘を飲み込む。
「え?」
思わず声が出た。だって、ビニール傘の長さって、ペンギンたちの身長よりもちょっと長いくらいだったから。
でも持ち手のくるんってなったところまでしっかり飲み込んでいる。
よく見ると、先頭の一羽以外は皆、口からビニール傘の白い持ち手が何本分もはみ出ている。
今度は別の一匹が咳き込むようにしてビニール傘を一本吐き出した。先頭の一羽はそれを傘立てへと戻す。
そしてよちよちと歩き出す。
「何やってるの? 入るよ?」
同僚たちが店の入口で私を見つめている。
よりによって今、ペンギンたちが勝手に傘を取り替えた傘立てのある店。
私は勝手に強張る頬に無理やり笑顔を浮かべながら、店へと入る。その間、あの交換された傘からずっと目を離さずに。
「あれ? 傘、店の中に持って入るの?」
「う、うん。盗まれたら嫌だから」
「そうね。私もそうしよ」
私ともう一人が同僚たちの傘四本分の水切りをしている間に、店の中からスーツ姿の若い男性が出てきてあの交換された傘を手に取った。
胸の奥が妙にざわめいたけれど、気持ちを切り替えるために私は店の中へ。
同僚たちが取ってくれていた席へ腰を降ろしてすぐだった。
凄まじいブレーキ音と、続いて何か大きな衝撃音が店の外から聞こえてきた。
私は反射的に店の外へ飛び出した。凄惨な事故現場。横断歩道横の電柱にフロント部分をめり込ませたライトバン。そして、その付近に倒れている何人もの人……その中に、さっきのあの若い男性がいた。
ペンギンたちと事故の因果関係はわからない。でもペンギンを見るたび、あの激しい土砂降りが血溜まりを散らす光景が思い出されてしまって、嫌な気分になる。
だから雨の日は、あまり遠くを見たくなくて。
今日も大雨。水たまりの中に踏み出した長靴にほんの小さな安心感を求める。
「ねぇ、その長靴ってさ、ペンギンみたいな色してるよね」
<了>
構想10分+執筆30分というルールで書いたもの。




