お題【バケツリレー】
火災訓練だと言うのにうちのクラスが何だか騒がしい。
「困りますね。遊びではないんですよ。六年生には六年生なりの、下級生のお手本となる態度というものがですね……」
校長より長い教頭の小言を平身でやり過ごしながら生徒たちのもとへ駆けつる。
「遊びじゃねぇんだぞ!」
まるで教頭みたいなこと言っている中川君はさすがクラス委員。
とはいえ集団で一人を囲んで罵倒とか、それは正論であっても許されはしない。
「ちょっとちょっと、何があったの?」
事情を尋ねると、最近越してきた転校生の両国君がバケツリレーを見て「お祭りみたい」と言ったのを、真面目にやれと集団で注意していたらしい。
「一言口にしただけならば、クラス委員の中川君が一回注意してそれでおしまいでいいでしょ? それで終わらせずに取り囲んでいる人たちも全員、防災訓練の邪魔しているのと同じだからね」
「先生! どさくさ紛れにけとばしている人もいました!」
よく見ると両国君の背中に靴の裏の跡。とりあえずその場は集中するように言いつけて、両国君だけ保健室へと連れ出した。
蹴られたから怪我をしているかもしれない、というのは建て前で、取り囲んでいた子たちを後で一人ずつ呼び出して事情を聞く前に、両国君だけの状態で話を聞きたかったから。
「お祭りみたいって言ったのは本当なの?」
「本当です」
両国君の表情を見る限り、ふざけている風ではない。
「どんなお祭りなのか、聞いてもいい?」
「はい。僕の、おじいちゃんの住んでいる町では毎年、鎮魂祭というのをやるんです。戦争で防空壕に焼夷弾が落ちて、たくさんの人たちが亡くなって、そのとき、防空壕から何とかはい出てきた人が『水をかけてください』って言い残して亡くなったそうで……だから、川から防空壕まで皆でバケツリレーで水を運んで石碑に水をかけてあげるんです。僕も参加したことがあって……だから」
思ったよりもヘビーで、そして大切な理由だった。これは一人ずつ呼び出して注意するより、クラス全員で共有した方がいいかもしれない。
念のため、両国君の保護者の方に連絡して起きたことを報告。帰宅後のケアのお願いとお祭りの裏取りとをした上で、クラス会の議題として鎮魂祭を紹介することの許可をいただいた。
火災訓練が終わり、教室へ戻る途中の間笠君――両国君の背中を蹴った子を呼び出し、こちらからも事情を訊く。
どうやら間笠君は従兄弟を火事で亡くしていて、彼は彼なりに許せないものがあったのだと語ってくれた。とはいえ暴力はいけない。その場合は手を出さずにまず先生に訴えてほしいとお願いし、一緒に教室へ戻る。
本当だったらこのあとは国語の時間なのだが、急遽クラス会として、両国君の母方のお祖父様のとこの鎮魂祭を紹介し、彼の名誉を回復した。
とはいえ、訓練中の私語はいけないこと、それはクラス委員の中川君が注意した後それにのっかって注意した他の人たちも同様なこと、ましてや暴力は絶対に許されないことだとは念押しする。
間笠君と両国君を含めた騒動参加者全員が互いに謝り合い、ギスギスしていたクラス内の雰囲気が少し和らいだ。
始まりが正義の気持ちであっても、簡単に加害者に、犯罪者の側に回ることがある世の中だから、行動の前に立ち止まって思考することへの大切さを強調する。
SNSで、とある事件の犯人と名前が似ているだけの無関係の人が、善意のつもりの第三者に個人情報をネット上に晒されてしまい、大変な迷惑を被ったことを例に挙げ、世の中には一見して真偽が分からないことが少なくないこと、それを真だ偽だと決めつけて尻馬に乗ることの危険さと、安易に拡散に参加することの愚かさとを説いて、その日のクラス会は終了した。
恥ずかしいことに、私は自分の対応を、よくできた方だと自己評価していた。誤解を解き、お互いの事情を理解し合った子供たちの未来よ明るくあれと、気持ち良く布団に入った。
だからどうしてその夜、間笠君が火の気の全くないところで重度の火傷を負って入院することになったのか、両国君の家で防犯カメラに誰も映っていないのに発火して小火となったのか、理解できなくて、理解したくなくて、教職を辞することにした。
<終>




