お題【パワースポット】【野良猫】【健康診断】
「おかしいな……駅からこんなに遠いなんて」
そりゃぁ独り言だって出る。
スマホを開くが地図アプリはぐるぐるするだけで今居る場所を表示できているようにすら思えない。
再起動したら起動自体しなくなってしまった。マジかよ。
にしても……職場の近所に、こんな場所あったっけ?
昭和を思わせる低層集合住宅街。その壁面は年季が入っており、ひび割れや絡まる蔦も珍しくない。
それに何よりも焦りを覚えるのはこの人通りのなさ。
平日の午前中とはいえ、誰とも出会わないなんてあるか?
第一これは会社で受ける健康診断だ。同僚の一人や二人くらいなら会ってもおかしくないはずなんだが。
まさか今年から病院変わったのを忘れて去年までの病院に行ってたりして……不安にかられスマホの起動に再チャレンジするものの、うんともすんとも言いやしない。
病院なんかの詳細情報は全部スマホに入っているから、こうなったら記憶を頼りに行くしかない。
何でもスマホを見ればいいって油断していると、こういうときに困るのが現代社会の落とし穴。ところがどっこい俺は覚えているぞ。確か山根クリニックだったっけかな……。
『やまねこクリニック』
あった。確かここ。
うろ覚えだが確かこんな名前だった……「やまね」じゃなく「やまねこ」だったか。焼酎みたいな名前だな……じゃなくて。
とにかく、さっさと済ませて、午後から出社しなきゃだからな。
俺はスマホを鞄の中に入れ、クリニックのドアを開いた。
受付を済ますと、ロッカーの鍵を渡される。
荷物をしまい、検査着に着替えてロビーへと移動する。
ん?
なんか妙に空いてるな。
確か受付時間には幅があったから、他の連中はこれ幸いと受付終了ギリギリまで来ないつもりなのか?
まあ堂々と寝坊できる貴重な日ではあるけれど……俺は昨日、終わらせきれなかった仕事が残っているからな。
名前を呼ばれ、最初は体重測定から……測定器具がレトロだな。
いやでも俺がガキの頃はこういう感じだった。懐かしいな。スマホが復活したら写真撮らせてもらおうかなってくらい。
と……次は、胃カメラか。
バリウム苦手なんだよな……いや、ここのはそうでもない。
なんというかいい匂い。ハーブたっぷりの野菜スープみたいな。バリウムも進化しているんだな。
よし、次は心電図……と、病院内の薄暗い廊下を歩いていると、不意にエコー検査室の扉が開き、中へ連れ込まれた。
可愛らしい検査技師さん……?
「あの、声を出さないで、聞いてください」
俺は静かに肯く。病院だもんな。静かにしないと。
「この部屋を出たら、まっすぐ左に行ってください。突き当たったら目を閉じて、唾を眉につけて目を開けて、明るい方へまっすぐ走ってください」
指示の意味がよくわからない。
走るってことは心電図の検査場所が遠いのかな……でも、走ったら心電図乱れたりしないか?
「急いで。時間ないから、お願い!」
その真剣な目に気圧された俺は、彼女の言う通りにそれを実行した。
そして、ほぼ全裸で街を歩いていると補導された。
警察は、始めのうちは俺の説明を聞いても信じてくれなかったが、着替えを買ってきてもらった後、一緒に俺が逃げてきた方向を探しに行ってもらうと、急に態度が変わった。
俺の記憶を辿った先に病院はなく、そこは朽ちかけた古い洋館が一軒あるだけ。
あ、ここ知ってる。
事務の子が、待受にすると良いことがおきるパワースポットとか言ってた場所だ。
「まて。応援を呼ぶ」
警官二人がにわかに緊張するのが伝わってくる。
その洋館は、ここ数年、時々不可解な殺人事件が起きている場所だという。
応援の警官たちが到着してから皆で乗り込むと、入り口入ってすぐの所に俺の服や荷物と、血溜まりがあった。
その血溜まりの中には、野良猫が死んでいた。
よくランチを食べる公園で、餌をねだりに来ていた子。
一人で食べる弁当も、この猫と一緒に食べているとちょっと幸せだった。
俺は急に悲しくなって、その猫の骸をぎゅっと抱きしめた。
<了>
構想10分+執筆30分というルールで書いたもの。




