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お題【禁止用語】

「……!」


 これもダメか。

 足先にしがみつく冷たさがまた少しだけ広がり、足首まで地面に呑まれる。


「……!」


「……!」


 あれもこれもどれもダメ! どの言葉も声にならない。

 どんな言葉なら……そういえば、確かあそこに書いてあった……どこだっけ。

 俺は必死に、落書きの中を探す。


 視線の先がふと、この袋小路の出口まで向く……そういえばさっきから誰も通らない。

 なんでだよっ。

 そんな人通りの少ない道でもないだろうにっ。




 俺はその袋小路をよく知っていた。

 いつも通る道に隣接していたし、昔はその行き止まり部分にはボロアパートの入り口があったんだ。

 でもアパートは火事で焼け、建て直されることもなく、敷地への入り口はコンクリ塀で塞がれた。

 完全な行き止まり。

 以来そこを通るたび、そこは少しずつ、くすんでいっているように感じていた。


 実際に汚されていたのだと気づいたのは、塞がれたあとずいぶん経ってからだ。

 あの袋小路付近を歩いていたとき、前を歩いていた学生二人が噂をしていたのだ。

 「行き止まりの落書き」について。

 気味の悪い言葉がたくさん落書きされていると。

 それも日々増えていっていると。


 今日なんかは何気なく見たら全体的にもうかなり黒ずんでいて。

 それでつい、その落書きというのが気になってしまった。

 本当に軽い気持ちで。


 確かに落書きはあった。

 黒いマーカーか何かで書かれた感じで、ひらがなばかり。


 ……「いたい」「こわい」「たすけて」「もういやだ」「やめて」「ぬけない」「ゆるして」「しにたくない」「くるしい」「ぬけだせない」……なんだこれ?

 チョイスする言葉の趣味が悪すぎる。


 ああ、でも、このへんはまた様子が変わってくるな。

 ……「うわっ」「なんだこれ」「ふざけんなよ」「ながいほうがいいのか」「じゅげむ」「かいじゃりすいぎょのすいぎょうまつうんらいまつふうらいまつくうねるところにすむところやぶらこうじのやったぬけたぞ」


 どうやら普通じゃないってのは感じていた。

 でも、薄気味悪さより興味の方が勝って、俺は他の落書きも片っ端から読み漁った。


 ……「ひとよひとよにひとみごろ」「いいくにつくろうかまくらばくふ」「すいへいりーべーぼくのふねあとなんだっけ」……勉強か?


 こっちは……「おかあさん」「おとうさん」「ひとのなまえはだめなのか」……寿限無って人の名前じゃなかったっけ?


 ……「いちどいったらもういえないのか」「ぼくのこえがらくがきに」……ん?


 急に背中に寒気がした。

 もうここから離れよう、そう思ったその時、その落書きが目に入った。


 「なんでここだけいろがちがうの」……そのすぐ横に赤い字で「みつけた」……それと同時だった。

 俺の足の裏が、ピタリと地面に貼り付いたのは。


 足が動かない。それも靴の裏が粘着しているというよりは、足そのものが固定されちゃっている感じ。

 だって靴から足を抜くことさえできない。


「……」


 思わず声が出た……と思ったが、出ない。


「……」


 ……「えなんでこえでないの」……今、俺が言ったのと同じ言葉が落書きされているのが目に入る。

 その間も足はじわじわと沈んでいる。ああ、ある……「あしがしずんでる」も。


「……」


 次に目に入った言葉は……「こえをだそうとしてだせないとしずむすぴーどがはやくなるのか」……おいおい。こんなの最初に見ておけよ、俺。


 ダメだ。何も浮かばない。

 頭の中が真っ白だ……「あたまがまっしろ」……くっそ書いてあるし!


「こんなことで気が合いたくねぇよ」


 うわ、出た! 声が出たと同時に、沈みかけた足が少しだけ軽くなった……でも、俺の言った言葉が落書きとして壁に現れてからは再び沈み始める。

 そういうことか、だから寿限無とか語呂合わせの長いのとか……とにかく、長くて、落書きで書かれていない言葉……あと、人の名前はダメだったっけ……。


「……!」


 これはダメか。

 足先の感覚がどんどんなくなってゆく。

 もう、指は地面に呑まれている。


 ……「あれあすふぁるとじゃなかったっけ」「なんでうまるの」「つめたくなってゆく」……状況の報告みたいな言葉は軒並みアウトだな。


「……!」


 これもダメか。

 足先にしがみつく冷たさがまた少しだけ広がり、足首まで地面に呑まれる。


「……!」


「……!」


 あれもこれもどれもダメ! どの言葉も声にならない。

 どんな言葉なら……そういえば、確かあそこに書いてあった……どこだっけ。

 俺は必死に、落書きの中を探す。


 視線の先がふと、この袋小路の出口まで向く……そういえばさっきから誰も通らない。

 なんでだよっ。

 そんな人通りの少ない道でもないだろうにっ。


 いや、外からの助けとかアテにできない。

 アレを見つけさえすれば……俺は落書きの中から、さっきの寿限無を探す……幸い俺は寿限無を知っている。

 長けりゃいいんだろ? あの続きからなら、いけるんじゃないか? ……あった! やぶらこうじまで! その続きなら!


「パイポ……」


「のシューリンガン……」


「のグーリンダイ……」


 繰り返し部分はダメなのか。だから「じゅげむ」は一つしか書いてなかったのか。


 ……「みじかいたんごだといわないほうがましじゃんか」……なるほど……って遅いよ!


 泣きたい気持ちで空を見上げる。

 俺、このまま死ぬのかな……ああ、死ぬくらいなら、もう最期だったら、ずっと片想いしてた長瀬さんに告白しよう。

 周囲を見渡す……「あなたのことがずっとすきでした」は書かれていない。

 よし!


 スマホを取り出して、アドレス帳を開こうとしたそのとき、俺のスマホが鳴った。

 栗コーダーカルテットのダース・ベイダーのテーマ。

 画面には「母親」……おい、こんなときに何してくれてんの! 邪魔すんなって!

 思わず、足でダンと地面を踏みつける。


 あれ?


 足、抜けてる?……声じゃなくとも、音でもいいわけ? しかも、言葉じゃないから、落書きには書けないのか……じゃなくて今のうち! ああ、反射的に切らなくて本当に良かった……頼むから電話切らないでくれよ! あんたの息子が大ピンチなんだからさっ!

 全力で袋小路を抜け、それでも止まるのが怖くて大通りまで、駅前まで、脇腹を痛くしながら一気に駆け抜けた。


 肩で息をしながら画面を見る。

 電話は切れていたけど、俺は今、駅に居る。

 俺は逃げ延びた! 勝ったんだ!

 飛び上がりたいくらい嬉しいけれど、膝が笑っている。

 俺は駅前の階段にしゃがみ込み、母親へ電話を折り返した。


「ああ俺、用事なに?」


「あんたねぇ、いい年して部屋に落書きとかやめなさいよ。真っ赤なペンキで……これ、ちゃんと落ちるの? あ、いま、ゆるさないからって字が出てきたわ。ねえ、あんた、これどういう仕組なの?」




<終>

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