お題【三つの物語】
「ねぇ、とっても長い物語を知ってるって聞いたんだけど」
そう声をかけられたのは合コンの解散間際。
しかも今日のメンツで一番イイ女に。
あいつら、単なる数合わせとか言って俺を呼んだけど、やっぱりまた俺の黒歴史をダシに口説いてたのか。
「知ってるよ」
「聴きたい」
この子、コトちゃんだっけ……確かオカルト好きって言ってたよな。
でもあの物語の背景自体はともかく、物語自体はただ長いだけで全く面白くはないんだけどな。
「ご期待に添えるような話じゃないし……それに、今から話すと終電逃」
「聴きたい」
コトちゃんは食い気味に俺の腕にしがみつく。
ああ、そういうことか……いいね。
さわりだけ話して、後はじっくりお触りタイムってわけね。
いやー悪いねぇ。
数合わせの俺が、お持ち帰りなんかさせてもらっちゃって。
二人でさっさとはぐれてホテルへとしけ込む。
しかしコトちゃん、やけにボディタッチが多いな……大歓迎だけど。
合コン中はずっと澄まし顔だった気もするが、猫でもかぶっていたのだろうか。
「シャワー、一緒に浴びたい」
「イイねぇ!」
こりゃ風呂で一回戦始まるか……と思いきや、とっとと物語を語り始めさせられる流れに。
そうだそうだ……あいつらに俺の黒歴史や物語の話をちょびっとだけしてやったときも、ものすごい食いつきだったっけ。
世の中の人たち、みんなオカルト好きだな。
あれは、外から眺めるからイイんだよ。
内側に閉じ込められてみろよ。
ただただしんどい、つらい、苦痛でしかない。
鮫のウヨウヨ居る檻に、竹で編んだ籠に入れられて放り込まれるようなもんなんだ。
実際はそれ以上の無力感を自分に感じるけどさ。
俺は「能力が足りない」とかで修行の途中で運良くあの世界の外側に出られた。
能力が足りなかったことを、今はありがたいって思っている。
おかげさまで、こんな楽しく一般人みたいな大学生活させてもらってるもんな。
「コトちゃんは、かごめかごめって歌、知っているよね?」
「知ってる」
「あれは元々、呪い歌だったんだ。もっとも歌になっているのはほんの一部でしかないけれどね」
俺はバスタブから半身を乗り出し、浴室の床のまだ塗れていないところに、水をつけた指で一本の横線を描く。
次はその線に交差するように縦に一本。
今度は最初の横線の下にもう一本の横線。
そして縦線の右にもう一本の縦線……そうして全て交差させながら、合計九本の線を描いた。
コトちゃんは興味津々で、俺の背中にぎゅっとしがみついて、俺が描いた九字を覗き込んでいる……作戦大成功。
うほー。俺の背中が悦んでいる!
「かごめの歌と、この九字には共通点があるんだ。籠が魔除けとして使われることがあるの、知ってる?」
「知ってる」
さすがオカルト好き女子。
「魔物の前に籠を置くと、籠目……つまり編まれている籠の、この交差した部分ね、ここを数えてしまうって聞いている。魔除けというよりは、魔物の気を逸らす程度なんだけどね。で、その隙に逃げることができるから、結果的に魔除けというくくりなんだけど」
そう。魔物の気を逸らすだけ。
本当の魔物に対して人は、その程度しかできない。
うちの実家の仕事は……マンガや小説では魔物を簡単に退治するかっこいい描かれ方とかされるけどさ、真実は違うんだ。
物語もそうだ。そういう物語なんだ。
「物語はまだ?」
「えーと……そろそろ冬が近いから、冬至の物語を話してあげる」
「嬉しい!」
物語は三つある。「春分の物語」、「夏至の物語」、「冬至の物語」。
それぞれの物語は二十四節からなり、一節を語るのに要する時間はだいたい一時間。
全部をまともに語ると二十四時間かかる。
その物語を、決められた日に、家の者全員で語る。
一番大事なのは物語が途切れないこと。それから、物語を始めたら、物語以外の言葉を発してもいけない。
だから全員でとは言っても、同時にではない。
一人が一節を担当して喋り、もしもトチったり、途中で力尽きたら、次の番の者がすかさず受け継いで語る。
語る人数が少なければ、それだけしんどさも増す。
俺が「能力が足りない」ことは、もともとばあちゃんが指摘していた。
でも、そのしんどさゆえに、というよりか、絶対に途切れさせないことを優先するために、親父は俺に修行を始めさせた。
……まあ、物語は覚えたものの、結局は「お役目」できるほどにまでは成長できなかったんだけどさ。
「かーごめ、かごめのお話じゃ……」
三つの物語の出だしはどれもこの「かーごめ、かごめ」から始まる。
物語の目的が、魔物を退治するためではなく、魔物の足止めをするためのものだから。
一年の中には、特別な日ってのが幾つかある。
昼が最も長い夏至、夜が最も長い冬至、昼と夜の長さが同じになる春分と秋分。これらを「変わり目」って呼ぶ。
そういう「変わり目」には、魔物が外に出やすくなる。
変わり目っていえば一年の変わり目……つまり正月も同様なんだけど、その日は正月様がいらしてくださるおかげで、魔物は出てきても何もできない。
「……かごめ、かごめ……」
三つの物語は、正直、面白いものじゃない。
無駄に繰り返しが多いし、特にこの「かごめ、かごめ」は何千回言うんだっていうね。
内容的にも登場人物が変わるだけで、根本的なストーリー部分については二十四節どれも同じといっても過言ではないし。
だから話している方も眠くなる……それもあって「お役目」は複数でするものなんだ。
俺が「冬至の物語」を語っているうち、背中に柔らかさ以外のものを感じ始めた。
重み。
うん、これ、寝落ちってやつかな?
マジか……ここまできて寝落ち。ここまで来てオアズケですか。
まあ、仕方ないか。
「物語」を語っている俺も眠くなってきたし、ここはいったんベッドに移動してしっかり寝て、朝から盛り上がる作戦に切り替えようか。
「ねぇ、もう終わり?」
うわ、起きてる。
「いや、まだだよ」
「嬉しい」
「ね、この物語、面白い?」
「うん」
そう答えながらも、コトちゃんの重みはどんどん増してゆく。
それに反比例して、さっきまで滾っていた俺のアレは力なく萎んでゆく。
「そうだ。ずっと聞いてみたかったの」
「な、なにか、な?」
重みでバスタブにぐいぐいと押し付けられている……もう、痛みを感じるほどに。
「なんで秋分の物語はないの?」
ああ、それは、俺も親父に聞いたことがある。
なんでも「秋ない」と「飽きない」をかけているって。
魔物が物語に飽きてしまうと大変なことになるから、少しでも飽きないようにという工夫が物語にはこめられている。
ダジャレかよって当時の俺は笑ったけど、呪いってのはそういうものも少なくないんだって。
言霊って……やつ……うわ、もう、声を出せないくらい、痛い。
「そっか。つまんないの。もう飽きた」
<終>




