お題【櫛】
数日前、布団に入って寝ようとしたとき、急に両手が強張って手のひらを閉じられなくなった。
痺れた指先には何かが触れている感触さえもある。
しかもその間、俺は手ばかりか全身金縛り状態なのだ。
金縛りに抗おうとしているうちに力尽きて悪夢に溺れ、日が昇ってからようやく、異様な倦怠感にまみれて目が覚める。
そんな日々が続く。しかも連日。
これはもう医者か、いや、金縛りだからお祓いか……だいたいお祓いってどこでやってくれるんだ? お寺? 神社? 後で調べるか……と、うんざりとした気分でふと手のひらを見ると、今朝は指の何本かに髪の毛が絡まっていた。
まさか金縛りが解けてから、うなされついでに自分の髪の毛を掻きむしったか……と指から髪の毛を外すと、長いんだ。
髪の毛が。
もちろん、俺は短髪だ。俺の毛じゃあない。
え、俺、なんか呪われたの?
いつにも増して嫌な気分。
結局、遅刻しそうになったのでお祓いとか調べている暇もなく、憂鬱な気持ちで学校に着いた。
「よ、大桑。どうしたん? 具合悪そうだな。振った女の子にでも呪われたか?」
幼馴染の三木が、洒落にならないことを言ってきた。
「やめてくれよ。呪いとかフザケんなって……それに女の子を振ったことなんかないぞ」
「またまたぁ。モテモテ振りまくりのクセにぃ」
いや、それは本当にないんだ。
確かに何度か、周囲に人が居ない場所へ女子から呼び出されたことがある。でも、俺が緊張して黙っている間、向こうも何も言わないし、空気が持たないと焦り始めた頃には「やっぱりごめんなさい」と頭を下げられ、女子は一方的に帰ってしまう。
まず、からかわれたのか思ったよ。でも翌日、なぜか俺が振ったことにされているし。毎回そんな感じ。何なのこのイジメ。
「はいはい。そういうことにしといてあげまショ」
三木はチャラく話を流す。
コイツには相談出来ないなと、気持ちが晴れないまま授業が始まる。気もそぞろなまま授業が終わり、集中できないまま迎えた昼休み。
お祓いのことでも調べようかとスマホを構えた俺の目の前に、三木が再び現れた。
「大桑さ、もしかして深夜に指が固まってない?」
「指が固まるどころか、全身金縛りだよ……お前なんか知ってるのか?」
「今な、女子の間で『好きな人に頭を撫でてもらえるおまじない』ってのが流行っているらしいんだよ」
「頭を? なでる? なんだって? おまじない?」
おまじないとやらの噂を詳しく聞けば聞くほど、どうにも怪しい。
もう完全にビンゴだろ。
「でもさ、それ……俺の方で何か防ぐための逆おまじないみたいなの、ないのかよ?」
「逆って……大桑がおまじないとかやってるとこ、想像すんとウケル!」
ムカつく笑みを浮かべた三木だったが、すぐに真顔になった。
「大桑さ、いい作戦思いついたんだけど……もしもうまくいったら松原レストランのジャンボハンバーグおごれよ」
「ジャンボハンバーグか……本当に解決できたら、そんくらいいいぜ」
ジャンボだと2000円か……ふっかけるな。誕生日でもなきゃ出来ない贅沢を……だが、お祓いはもっとお高いイメージあるし、何よりここ数日の不快感から解放されるのであれば、藁にもすがる思いではある。
「決っまりぃ!」
三木は謎の笑顔を残すとどこかへ行ってしまった。
そして下校前のホームルームで。
担任の西田が例のおまじないについて言及した。
「なんか今、怪しいおまじないが流行っているようだがな、そういうのを信じてやっていると、霊を呼ぶことあるからな。それも悪霊系だ。何かにすがりたいという気持ちは下級霊を呼び寄せる。呼び寄せるとどうなるか。呪われるんだ。遊び半分で足突っ込むとな……」
西田は突然、知り合いの女性が興味本位で試したおまじないで、常に誰かに見られ続けているという強迫症にかかってしまい、人間関係を全て失い、仕事も辞め、今も入院している話を始めた。
ちょっとリアルでクラス中が静まり返る。
「だからな……変なおまじないとかには手を出すな」
帰り道、三木と三木の彼女と一緒にマックに寄った。
「えー、いいなぁ、怖い話。あたしのクラスは普通におまじない禁止って言われておしまいだったよぉ」
どうやら、全クラスでそういうお達しが出たらしい。
「しっかし三木、お前、どんなコネクション持っているんだよ」
「いや? 俺は、あのおまじないやっているのがバレると、男子にドン引きされて気持ち悪いって言われてモテなくなるよ、って普通に」
「嘘よ。そんなの最初のうちだけで、隣のクラス行って話するたびにエスカレートしていって、一年の
クラスに遠征した時とか、今聞いた怖い話レベルの話してて、一年女子何人か涙ぐんでたからね」
「三木……お前、他の学年にまで声かけてたの? いややっぱすごいわ」
「ジャンボハンバーグ、忘れるなよ?」
「もちろん。もしうまくいったら、単品カニクリームコロッケ追加してやるよ」
「いいねぇ」
もし本当にうまくいったなら、三木の彼女の分まで出してやってもいい。
そのくらいの気持ちで夜を待った。
妙な安心感と、何日か続いた寝不足気味とで、俺はいつもより早く……日付が変わらないうちから眠ってしまったようだ。
そして目が覚めた……が、部屋の中はまだ暗い。
時間を確認しようと思ったが、体に力が入らない……金縛りだ。
三木……ダメだよ……ジャンボハンバーグはなしだ……。
あーあ……なんで俺ばっかりこんな目に……。
体が動かない分、頭の中はぐるぐる回る。そしていろいろ思い出しているうちに、だんだん腹が立ってきた。
本当、なんで俺なんだよ!
俺は、突如沸いてきた怒りの衝動そのままに、手をぎゅっと握りしめた。
ん?
……やった?
手のひらを閉じられた!
……けど、ものすごい威力の静電気ショックを受けたような痺れを感じ、わずか一瞬の満足感が背筋を駆け抜けた後、俺は意識を失った。
翌朝、俺は今までにない疲労と共に目を覚ました。
……ということは、一応、少しは眠れたのか。
すぐに手を見る。
細い、糸くずみたいな髪の毛が数本、まとわりついている。
「うわ、なんだこれ」
しかも指先がぬらぬらとテカっているんだ。脂マシマシのラーメンどんぶり持っちゃった時みたいに。
俺は急いで手を洗いに行く。ものすごく気分が悪い。
結局あのおまじないとやらに襲われるのは防げないのか。
だけどさ。よりによって、なんで俺なんだよ。
もしもおまじないが原因だとしたら、俺以外にもっとイケメンもイイ男もいっぱいいるだろうに。
あーあ。今日はもう学校休んじゃおうかな。
「おーおーくーわーくーん」
三木か。しかもこの呼び出し方、小学校の時以来じゃないか。
制服に着替える前に顔だけ出すと、俺の表情でいろいろ察したのか、名残惜しそうに「はんばーぐ」と小さな声を漏らす。
「三木、もうちょっと待ってろよ」
俺は結局、三木と一緒に登校することにした。
一人で抱えるのが嫌だったというのもある。
それに、こいつはチャラいけど、その分、落ちた気持ちを紛らわしてくれるのも上手だし。
「大桑さ、それ指に毛が絡まるってさ、頭撫でるってよりかは櫛の代わりっぽくねぇ?」
「どっちにしろイヤだよ」
「なんかさ、あれからまた少しおまじないのこと調べたっていうか、耳に入ってきたんだけどさ。おまじないをしていいのは、午前二時になった瞬間だけで、それも同じ人を奪い合いになると早い者勝ちらしいよ」
「本当かよ。それって誰が確かめてんだよ」
それにそれがわかったところでどうにもならない。俺が浮かない顔しているのを気にしたのか、三木は話題を変える。
バカバカしい話に。
はじめは聞き流していたが、次第に気持ちも紛れてくる。こういうとこ三木はイケメンだ。俺じゃなく三木を狙ってくれよ……そうか、三木は彼女いるからか。
学校に着く頃には、気分もだいぶ持ち直してきた。
なのに朝のホームルームで、再び精神的に打ちのめされることになる。
担任の西田が入院したのだ。
それだけならばまだいいのだが、西田のやつ、どうやら頭蓋骨を骨折したらしい。深夜に救急車を自分で呼んで病院に搬送され、途中で意識がなくなって即手術をしたけれど、いまだに絶対安静状態だということだ。早朝に連絡が来て病院まで行った副担の早友が、医者から直接聞いたとかで嘘とか噂とかではないらしい。
ことの真相については、考えたくもない。
<終>




