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お題【あの時の公園】

 成仏できない人は、死んだ後も生前の行動を繰り返すんだって。

 僕が彼女を初めて見た時、その言葉を思い出したんだ。


 ヒグラシの鳴き声が響く夏の夕暮れ。

 彼女は今の季節には不釣り合いな真っ白のダウンコートを着ていて、長い黒髪をたなびかせながら水飲み場の周りをぐるぐる回っていた。


 僕よりも年上に見えるけれど、こぼれそうな笑顔はあどけなくて、僕はいっぺんで心をつかまれた。

 彼女がこの世の存在ではないことはもちろん分かっている。

 分かってはいるけれど、それでも彼女は魅力的だった。


 僕は彼女の動きに合わせ、水飲み場の周りをぐるぐる回る。

 はたから見たら変な人だと思われるだろう。

 でも、彼女の動きを追いながら、僕は動く。

 そして最後に、彼女が水を飲むような素振りをじっと見守る。

 彼女は僕をちらりと見てから、そっと目を閉じる。

 その頬はほんのりと紅い。

 彼女はきっと、そのときの彼とキスをしたんだよな……胸が締め付けられる。




 そんな初恋の事を久々に思い出したのは、お盆休みに実家に帰った時のこと。

 墓参りの帰りに何気なくあの公園へと寄った。

 足はなんとなくあの水飲み場へと向かう。

 夕暮れだというのにまだ暑いし、何より鳴いているセミは暑苦しいアブラゼミ。


 なのに彼女と再会した。


 彼女はまだ、水飲み場の周りを回っていた。

 時を超えて切ない想いが蘇る。


 僕は彼女の動きに合わせて水飲み場の周りを周り始めた。

 初恋の人はやっぱり可愛いし、こうやって彼女と一緒に居られることは楽しい。

 生きている女性と付き合ったこともあったけど、こういう追いかけっこはしなかったなぁ。

 なんか違ったんだ。

 ときめかない、というか。


 彼女が動きを止め、水を飲む真似をする。

 キスか……いいよね、一度くらいは、あなたとしても。

 彼女が公園に遺した、淡い残り香のような記憶に、僕は自分の唇を重ねた。




 仕事が忙しくてなかなか帰らない私をおびき寄せるために、父は仮病を使った。

 マンガですか。

 責めていたのは私だったはずなのに、いつの間にか母も混ざって私が責められていた。


「あんたいくら薦めても全然お見合いしないし、好きな人でもいるの?」


「だから今は仕事が恋人だって言ってるでしょ!」


 私がどれだけ仕事に充実しているかを説明しても、古い人たちはそれを幸せとは認めてくれない。

 話にならない話を繰り広げるのに疲れて、私は家を飛び出した。

 あちこちほっつき歩いたあげく、気が付けば思い出のあの公園に来ていた。


 好きな人は……実は居る。

 高校の時、この公園を一緒に歩いた先輩。

 残念ながら彼氏彼女なんて関係ではない。

 文化祭の前日。準備で遅くなった夕暮れに、家の方向が同じだからってたまたま送ってくれただけ。

 先輩は、単なる部活の後輩としか思ってなかったみたいだけど、私のほうは中学の頃から好きだったんだよね。

 でも、中学が一緒だったことすら覚えてもらえてなかった私なんて、先輩は全然眼中になかった。

 

 それなのに。

 社会人になってもまだ、あの時の淡い恋心を手放せないでいる。


 陽が傾いて、空の東半分に蒼が染み出してくる頃、あの水飲み場まで着いてしまった。

 あの時もこのくらいの時間だったな。

 先輩が「思い出の場所なんだ」って遠い目をしていた場所。

 理由は教えてもらえなかったけど、あの時の先輩の、優しくて切なそうな横顔に私は心をつかまれたまま。


 好きな人は居る……けれど、仕方ないじゃない。

 先輩、去年のお盆に死んじゃったんだもん。


 私は、水飲み場の前に立つ。

 どうしてかな。先輩がすぐそばに居るような気がする。

 不意に、なにか優しいものが私の頬に触れた。

 風でも吹いたのかな。

 あの頃を思い出して、胸がいっぱいになって、涙が止まらなくなった。




<終>

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