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お題【血雪】

 雪はいつも私から何かを奪ってゆきます。

 病に倒れた父上も、破傷風が悪化した妹のかよも、永遠の眠りについた日は共に雪が重く降りしきっておりました。

 兄さまは「悲しみを覆い隠そうとしてくれているのだよ」とおっしゃいましたが、雪に覆われた私の心は、(かじか)むばかりなのです。


 その兄さまさえも、あの雪の日に、任務のためと家を出て、それがきっかけで帰らぬ人となりました。

 兄さまは何も知らず、命令に従っただけだとおっしゃいました。

 上官は昭和維新であることを隠して兄さまたちへ命令なさったというのに、兄さまは軍法会議にかけられました。

 そして無罪とされたにも関わらず、「汚名を雪ぐために白木の箱で帰還せよ」と、大陸の最前線へと送られたのございます。


 兄さまがようやくこの家に戻ってきた時も、ちらちらと雪が舞う日でありました。

 白木の箱どころか、骨も遺品もなく、死亡通知と書かれた紙きれただそれだけが、雪の中、この家へと届けられたのです。

 雪は逝きに似ている、そう私が思ったとしても仕方のないことでしょう。


 ただ、たった一つ、雪の中で出会ったものがございます。

 それが我が家の愛猫「ちゆ」でございます。


 雪の降りしきる夜に、我が家の前に倒れていた白い猫。

 何かにぶつけられでもしたのか、口から血を滴らせておりました。

 当時はまだ、家族全員みな健在でありましたから、兄さまと、私とかよとで(こぞ)って看病いたしました。

 そのかいあってか、春を迎える前には元気になったのです。


 我が家に居着いた白猫に名前を贈ることになりました。

 私は「雪」にしようと申し上げました。雪にまだ悲しい思い出など一つもない真っ白いだけの頃の話でしたから。

 しかし兄さまは、私をからかうためか「雪の中、血を滴らせていたから見つけることが出来たのだ。名前は血にしよう。ちぃ、そう呼ぼう」とおっしゃるのです。

 結局は、どちらの名前も素敵だとかよが言うものだから、合わせて「血雪」となった次第です。

 はじめは「血雪、血雪」と呼んでいましたが、やがて誰もが「ちゆ」としか呼ばなくなりました。


 ちゆは私に特によく懐き、悲しい別れの雪の日も、ちゆを抱きしめることで心折らずに済みました。

 ちゆが居てくれたおかげで、母と私だけになった我が家の広さにも耐えることができたのだと思います。


 そんな我が家とのお別れを迫られた日もありました。

 あれも寒い雪の日のことでございました。

 私と母の生活は苦しく、思い出にあふれたこの家を売ろうと二人で決めたのです。

 ところが、家を買った者が母を騙し、私達は家を失うばかりか、多額の借金まで背負うことになってしまったのです。

 その者は、私に妾になるよう迫りました。母は己の浅はかを嘆き、庭の梅にて首を括ったのでございます。


 途方に暮れている私に、その者は母の亡骸の前で手を伸ばして参りました。

 生きて辱めを受けるくらいであればここで舌を噛んで天の家族の下へ旅立とうとした私の肩に、そのとき、ちゆがトンと乗ったのです。


 ちゆはそのままその者の喉笛を食い破り、呆気に取られている私の前でその者の一族郎党全ての喉を裂き、最後に母の首を吊っている梅の枝を折りました。

 数度、瞬きをする間のことでございます。


 ちゆは私に向き直ると、頭を静かに下げたのでございます。

 初めて会ったときと同じように、雪と血の色のちゆは、そのまま雪の向こうへ消えました。




「ふう。肩こるな」


 バカみたいに長い連休に、調子に乗って屋根裏部屋の掃除をしたら、曾祖父のものと思われる古びた黒革の手帳が出てきた。

 運良く空襲を逃れたうちの屋根裏には、戦前のモノも少なくない。

 家は持っていても貧乏で苦労したらしいから、金目のモノには期待していなかったのだが、手帳とか、新聞とか、当時をうかがい知ることのできる資料には、やたらワクワクしてしまう俺が居る。


 こうして見つけたこの手帳も、いつ頃の、誰の手帳かとパラパラとめくっていたら、気になる単語を見つけてしまい、なんとなく内容を書き起こしてみたんだよね。

 多少、今の表現に直しているところもあるけれど、それが上の文章。


 俺が幼い頃、祖父に聞いた話では、警官だった曾祖父が、事件の捜査中に知り合ったお嬢様な曾祖母の家に婿養子として入った、というアバウトな情報しかなかったが、そのきっかけになったかもしれない大事件がここに書いてあったので、ちょっと興奮した。

 その文章に添えられている日付からすると、おそらく曾祖父の死後に曾祖母が書いたものだと思われる。

 達筆な曾祖母の字を解読するのはなかなかに困難だったが、俺は頑張った。

 どうしても、文中の「ちゆ」の名を、親父や弟や妻に見せたかったから。


「にゃあ」


 俺は驚いて振り返る。

 いつの間にか、ちゆが屋根裏部屋にあがってきていたのだ。


 雪のように真っ白い猫。

 何年か前、雪の日の夜に娘が家の前で拾い、勝手に「ちゆ」という名前をつけていた。

 今の今まで結び付けてみたことはなかったが、考えてみれば、じいちゃんが他界したのは去年の大雪の日のこと。

 そして今年、お袋が交通事故で帰らぬ人となった日も、みぞれ交じりの雪が降っていた。

 ちゆは俺をじっと見つめている。

 こういっちゃなんだがものすごく可愛い。相当な美猫。うちの娘の次に溺愛しているといっても過言ではない……だけど。ちゆ、お前はいったい何なのだ……という問いが、どうしても俺の中に湧いて涌いて止まらない。


「にゃあ」


 ちゆがぴょんと跳んだ。

 ノートパソコンの隅っこに着地したせいか、マンガみたいにノートパソコンが宙を舞う。

 あ、セーブしたっけか。

 慌ててノートパソコンを拾い上げ……ダメだ……電源、落ちてるよ。


 カリカリ。カリカリカリ。


 嫌な予感がする中、音の方を見ると……ちゆはあの手帳のあのページで楽しそうに爪とぎをしていた。




<終>

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