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お題【白い奴】

 母には感謝している。だが、ろくな思い出がない。




 母はシングルマザーで、水商売をしながら僕を育ててくれた。

 生活のニオイがしない人というのをたまに見かけるだろう。母はそのタイプで、だからこそ、そんな母と暮らす生活に僕は喜びを見いだすことは出来なかった。

 母は家事は一切せず、また裕福でもなかったため、幼い頃は僕が家のことをあれこれとやらねばならなかった。

 それ自体は自分のためにもなるし困ることはなかったのだが、毎晩、寝る前に折り紙を折らねばならないのには辟易した。


 ああ、先に言っておくけれど、母との折り紙も「ろくでもない思い出」の一つだよ。

 一つどころか、最もしんどい時間だったかもしれない。


 教えてもらった折り紙は片手で数えられるほどしかないが、その一つ一つの習得にかけた時間と労力は途方もないものだった。


 紙の選び方、折る時間、折るときに歌う歌まで決まっていて、折る順番を間違えたり、折るときにほんの僅かでも角が合わなかったりズレたりすると、烈しく怒られた。


 折り紙は毎晩二時間はやっていたかな。

 それが終わってもすぐには眠れないんだ。

 折るのに失敗した折り紙や、綺麗に折れて正しい形に折れた折り紙でさえも、最後に決められた手順で燃やさないといけないのだ。


 本当に辛い時間を過ごした。




 僕が二十歳になった時、母は死んだ。遺言を二つだけ残して。

 一つ目は、母が作った白い(やっこ)を、母を燃やす棺桶に入れること。

 二つ目は、母の用意した書類を、とある場所へ届けること。

 その両方を行ったところ、二つ目の場所……弁護士事務所の人が、僕に新しい家を用意してくれた。僕の本当の父やその家族が住んでいた所らしい。

 相続税は僕名義の通帳の中身で全て賄えた。


 父達の死に際の話を聞いて、母が最後まで折り方を教えてくれなかった白い奴の使い方を僕は理解した。

 もっとも、僕には折れないからもうどうしようもないのだけれどね。


 ただ、折ることが出来る幾つかの折り紙は重宝した。

 僕が恋をした相手に結婚間近の婚約者が居たからだ。


 彼女は素敵な笑顔の人で、誰にでも……この僕にさえも敬意を持って接してくれる。

 彼女が笑うと、世界が隅々まで明るくなり、僕の無機質な心の世界には色の付いた花々が咲いた。

 金になびかない所も気に入った。

 そういう女性が独りでいることは滅多にないなんてのは重々承知だ。でも僕は、どうしても彼女がよかった。


 僕は母に教えこまされた、黒い(やっこ)と、黄色い(やっこ)とを作った。彼女の婚約者は彼女に暴力を振るうようになり、そんな彼女を慰める僕を、彼女はすぐに信頼してくれるようになった。




 母にはろくな思い出がない。だが、とても感謝している。




<終>

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