お題【筒抜け】
久々に実家に帰省したら、母が変なものを買っていた。
それはリビングのテーブル横に普通に置いてあって、横から見たらまるで丸椅子。だから普通に座ろうとしたら、座る部分が何もなくて、あやうく転びそうになった。
持ち上げて見ると底もない。これ、薄っぺらい金属で出来た、ただの筒じゃないの。
「母さん、これナニ?」
「筒抜けの筒」
「イミわかんない」
「アレよ、アレ。中、くぐるの」
「くぐる? もしかしてこの筒の中を?」
「そう。観音さまの鼻の穴のサイズなの」
鼻の穴? それって、観音さまじゃなく、大仏さまじゃなかったっけ。またなんか怪しい通販で騙されて買っちゃったのかなぁ?
それにしても……私は改めて筒を見直す。
装飾は何もない。観音さまとやらの写真がプリントされているわけでもなく、のっぺりとした銀色。この中をくぐれるかどうかギリギリの感じがまたよく出来ていると思うわ。
でもさ、だいたいくぐったからって何になるってのよ……と言いつつ頭を突っ込んでみる私。
あ、肩が若干キツイけれど、いけなくはないかも?
ぐい、ぐい、と、肩を中に入れようとする。もしかしてエクササイズ用だったりして? とか考えていたら突然の耳鳴り。
私は慌てて筒を脱いだ。
その最後、筒から頭を抜こうとしたとき、視界に何か顔のようなものが見えた。
その瞬間、私の背中に悪寒のようなものが走る。
なに、今の?
私はもう一度、筒に頭を入れつつ、さっき顔が見えたあたりに筒を向けてみた。
うわ……あれ……。
母のエプロンのポケットあたりに、黒い影のようなものが見える。その影が顔に見えなくもないのだ。
筒を外すと何も見えないのに、筒越しだと顔が見える。
何これ。新手のAR?
でもその「顔」は、直視すると背中がざわざわして長いことは見ていられない。
私は筒を置いた。
「ねぇ、母さん。最近、病院とか行った? 前に年一くらいでは検査してねって言ったの、ちゃんとやってる?」
これがどんなトリックかは分からない。私の気のせいかもしれない。だけど父さんは病気がもっと早く見つかっていれば、もう少し長生きできたはずだったから。それがいまだに自分の中にひっかかっていて。
この筒にはその想いを強く刺激された。
「あー、そのことね。だってあたし元気なのよ。ちょっとお腹が重たい時もあるけれど……元気なのに病院行くのってなんだか申し訳ないし……何か病気だって言われたらそれも怖いし」
「あーのーねー、母さん。病気だから行くだけが病院じゃないの。健康であることを確認しに行く場所でもあるの、病院は。私が手続きするから、ちゃんと行ってちょうだいっ」
「はいはい。わかりましたー」
どうにも緊張感のない母だったが、無理やり行かせた人間ドックで、大腸に初期の癌が見つかった。
今は技術も進んでおり、内視鏡手術ならば日帰りも可能だという。
大事をとって一泊させたけれど、母はいたって元気なまま入院し、手術し、退院の日を迎えた。というか退院日は入院の翌日なんだけどね。
「あんまり実感ないのよねぇ。あなたと病院、一緒になって私を騙したりしていない?」
朝から迎えに行った私に開口一番こんなことを言う母。そんなことを言えるって状態にホッとする。
「まったくもう……なんのメリットあってそんな面倒なことすんのよ」
母とこんなバカな会話が出来るのも、早期発見さまさま。もとはと言えばあの怪しい筒のおかげでもあるんだよね。
母と一緒に帰宅した後、筒のことも含め仏壇の父さんに報告しようと思ったのだが、あの筒がどこにも見当たらない。
「あれ? 母さん、あの筒抜けの筒、どこにしまったの?」
「筒抜けのナニ?」
「つーつ。ほら、観音さまの鼻の穴とか言ってたアレ」
「ナニソレ、知らないわよ。それに鼻の穴って言ったら、大仏さまじゃないの?」
母は本当に覚えていないようだった。しかも、なんか間違えているのが私みたいなことになってるし。失礼な。
それにしてもあの筒は一体全体なんだったのか、そしてどこへ消えたのか。
もしかしたら空の上の父さんに頼まれて、本当に観音さまが鼻の穴を貸してくれていたのかもしれない。
私は筒を探すのを諦めて仏壇の前に座り、父さんと観音さまと、ついでに大仏さまにも心の中でお礼を言った。
筒の話はこれでおしまい……だったら良い話なんだけど。実は続きがある。
実家に顔を出した日の午前中、私も会社の健康診断を受けていた。
金曜日だったし、午後は休暇にしてそのまま実家に来たのね。それで母さんのアレとか手術とかでドタバタして、無事に退院してようやく落ち着いた頃に、その結果が届いた。中性脂肪がちょっと増えてますという以外はいたって健康……という結果のはずなのに、最近ずっとお腹が重いんだよね。シクシクと内側に響く痛みまで感じる。
母さんにああ言った手前、私も病院に「元気であることを確認」しに行ったんだ。
そしたらね、大きいのが見つかった。
医者が言うんだよね。私が念のためにと持って行った健康診断の結果は、本当に私自身のものですか、って。まだ一ヶ月も経っていないのに、健康診断の結果の状態から、今の私のこの状態になるってのは普通、考えられないって。
医者が見せてくれたレントゲンに映った影が、その位置が、あのとき筒の向こうに見えた影にすごく似ているように思えて仕方がなくて。
<終>




