お題【赤木さんと青木さん】
話が盛り上がった直後、一瞬、シーンとすることってあるよね。
個室居酒屋で飲んでいた時のことなんだけど。その時もドラマの話か何かで盛り上がった後、シーンとしたんだ。
そのタイミングで隣の個室の話し声が聞こえてきちゃってね。ほんと、たまたま。
『こっちの地元では、赤木さんと青木さんってのが居たよ』
妙に通る女の人の声。女子アナがニュース読むときみたいなやつね。
いつもだったらシーンの後は誰かがプッと吹き出して、そのままおしゃべり続行なんだけど、今回は私同様、皆、都市伝説っぽい話の続きに興味深々だったみたいで、こちら側の沈黙は続いたのね。そしたら、あちら側の話の続き、聞こえてきたんだ。
『赤木さんはいつも赤い服を着ていて、包丁を持ち歩いている』
『青木さんはいつも青い服を着ていて、腕が異様に太いの』
やっぱり都市伝説系! 頭の中でついついビジュアルを想像してしまう。もしかして赤マント青マントの派生かな、とかも考えたりして。
『二人はいつも一緒に行動していて、街中で出会った人に突然質問してくるんだ』
質問ってどんな質問だろう。
『その質問に、赤木さんって答えて間違えていたら、青木さんに首を絞められて青くなって死ぬんだって』
質問の内容は分からないけれど、間違えたら殺される系か。質問はどんなやつ?
『それから、青木さんって答えて間違えていたら、赤木さんに包丁で滅多刺しされて赤くなって死ぬんだって』
ガタッ。
小さな物音だったけど、私の心臓が飛び出そうになるには十分だった。キッとそっちを睨みつけてやったら、一緒に飲んでいた友達の一人が立ち上がっているわけ。音は、個室入り口の障子を開けた音だった。
「ごめん。俺、トイレ我慢できなくてさ」
このタイミングで行く?
それよか今良い所なんだからさ、黙って行けっつーの。皆でしっしってそいつを手で追い払いながら、また聞き耳体勢に戻ったんだ。
そしたら向こうもシーンとなっているのね。あー、もう話終わっちゃったかぁ、なんて肩の力が抜けかけたその時。
『ねぇ、聞こえているよね? 私はどっち? 赤木さん? 青木さん?』
その声だけ、すごいドスがきいた声なの。さっきのと同じ女の人の声ではあると思うんだけど。
しばらくは皆黙ったままだった。こちら側も、あちら側も。
だってさ、向こう気付いてたわけでしょ。こっちの盗み聞きに。声も怒ってた感じだったし。少なくとも最初に声を出すの、私は嫌だったから、他の人がしゃべり出すの待っていたんだ。
「続き、どうだった?」
結局、最初に声を出したのは、さっきの空気読めなかったトイレ男。
皆でそいつの顔をパッと見た。今回は怒ってたとかじゃなく、あーあ、しゃべっちゃったよ、みたいな、そういう空気。
「なんだよ。ちゃんと手は洗ったってば」
洗わないこともあんのかい! と、心の中でつっこんだ直後だった。
「それよか隣の個室、もう帰っちゃったのかな。今はもうキレイに片付いちゃってて……あーあ。あの声、絶対に美人だと思うんだよね。顔見てみたくってこっそり覗いたのになぁ」
よその個室勝手に覗く?
なにこいつ、あり得ない。友達やめたい。さっきまでの黙っているのとは別の意味で私は絶句した。
ふと、急に誰かが喋り始めた。
話題も無理やり変えてたし、とにかくすごい慌ててた。
あ、そうか。こいつが赤木さんとか青木さんとかそういうワードを口にしちゃうかもしれないんだ。私もその流れに乗っかって、とにかくいつも以上にしゃべりまくった。
その日、あのバカに例のワードは言わせないまま、何事もなく解散までこぎつけることができた。そのおかげかどうか分からないけれど、私は無事に帰宅できた。
お風呂に入りながら考える。
隣の個室から聞こえた声、あれはいったい何だったのだろう。
あの問いかけからあのバカが戻って来るまで、ちょっと時間があったから、その間に帰っちゃっただけなのかもしれないし……。
一人で居ると不安が押し寄せてくる。
そんなことないはずだけど、今この風呂場の壁の向こうから、あの女の声がしたら……私は歌い出した。なんでもいいから知っている歌を。シーンとしているのが怖くって。そして歌い続けたまま。風呂から出た。
それ以来、私は一人でいるときに音が手放せなくなってしまった。
テレビをつけ、スマホとパソコンは動画サイト、携帯型のラジオも買ってきてずっと消せないでいる。もしも音が途切れた瞬間に、あの女の声が壁の向こうから突然聞こえてきたらどうしようって、不安で不安でたまらない。
<終>




