お題【平成最後のお話、令和最初のお話】
「お前んち、屋根裏部屋ってある?」
そう聞かれたのは、平成最後の飲み会も終盤に差し掛かった頃のこと。
「いや、ないよ。うちマンションだし」
「だよな。うちもマンションなんだよ」
正直、なんなんだこの会話、と思った。
笹井のやつ今日はそんなに飲んでるように見えなかったけれど、だいぶ酔ってやがるな……そこで話は終わるはずだった。いつもなら。
「なぁ、今夜さ、うちに来ないか?」
「今夜? なんだよ急に」
俺も笹井も終電ならまだ全然余裕の時間。
週末だし明日休みだし、何か観せたいものでもあるのだろうか。
もしかしてまたオススメ映画の連続視聴地獄か。指輪物語三部作エクステンドエディション十時間などまだマシな方だ。24はシーズンごとだし一時間分が45分だし実質二十四時間ないからなんとか乗り切れる。酷いのは……。
「おい、聞いてるか? 酔ってんのか?」
酔ってるのはお前の方だろと言いかけて口をつぐむ。
「いいよいいよ。付き合うぜ。なんだ、今の時期だとスター・ウォーズか? エピソード1から8まで連続で観ようってのか?」
すると笹井の表情が少しだけ緩んだ。
「連行決定」
俺はそのまま笹井の家に連れてゆかれることになった。
コンビニでビールと乾きモノを買ったとこまではなんとなく覚えている。
気付いたら、俺は笹井の家のリビングでこたつに入り、高畑勲作品のDVDパッケージの山に額をぶつけていた。
妙に冷えるな。
風邪引いたりしてないよな。
こういう時はビールより焼酎お湯割りで殺菌消毒だな。
立ち上がろうとして隣の笹井の顔に驚いた。目が真っ赤なんだ。
「おい……笹井?」
画面を見ると火垂るの墓。こいつ、気持ちが入ってんなと言いかけた俺に、笹井が予想外の一言を放つ。
「眠れないんだ。寝るのが怖いんだ」
「どういうことだよ?」
そりゃ、戦争をテーマに扱った作品だ。悲しさもあり、寝付きはそんなに良かぁないだろう。でも、何か違和感がある。笹井は深い深いため息をついた。
「屋根裏部屋のな、夢を見るんだ」
俺は思わず天井を見上げる。
笹井の家は七階建て中古マンションの六階。上に部屋がないわけじゃないけれど、屋根裏っていうのとはちょっと違うよな。
笹井の様子が変だなとは思いはしたけれど、先ほどウトウトして夢なんて何も見なかった俺は、こいつビビらせようとして芝居しているのか……ぐらいで流してしまった。
それにしても本当に寒い。こりゃ酒やめてちゃんと寝ておくか。
「ちょっと飲み過ぎたかも。本格的に仮眠とるわ」
こたつに潜り込み、出ている肩にはジャケットを掛け布団代わりにする。
ああ、そういや元号変わるんだっけ。時代の変わり目をこんな風に迎えるなんてな……と、自嘲気味に笑っているうちに、俺は多分寝てしまったんだ。
気が付くとなんだか騒がしい。
テレビは俺の右側だったはずだが、真っ暗だから消えているのだろう……いや、俺、もしかして今うつ伏せじゃねぇか、これ。
息苦しいし。それに騒がしいのも横じゃない。目の前にある床の下からだ。
不意に、俺はなぜか笹井の言葉を思い出した。「屋根裏部屋」というアレだ。
体がゾクッとする。ヤバい。
本格的に風邪か。薬飲んでおくか……あれ。起きられない。これ、まさか金縛りか。
身動きがとれないまま、息苦しさがだんだん増してゆく。と同時に、床下の音もだんだんハッキリとして……これは……映画? ……これ、観た事ある映画だ……ぽんぽこか?
「おいってば!」
ハッと目覚めた。
……あれ? 夢だったのか? 眩しさの中、笹井が左側から覗き込んでいて、俺の右側ではテレビが平成を冠したたぬきアニメを映している。
「うなされてたぞ」
俺は起き上がる。そして自分がうつ伏せではなく仰向けだったことを確認する。なんか嫌な夢だった……でも、恐怖というよりはむしろ寂しさの方が強かった。
「わりぃ」
「もう、令和になったぞ」
喉が渇いた。それに不思議と寒気も消えている。
「とりあえず乾杯するか」
「だな」
笹井と乾杯したあと、なんだか妙に天井が気になって、持っていた缶ビールを天井に向けてちょっとだけ振った。
心の中で「乾杯」と、天井に向かって気持ちだけ送りながら。
俺たちはその後、山田くん、かぐや姫と観て、気が付いたらこたつに額をつけて寝ていた。
今度は夢を見なかったし、笹井も特にうなされずに寝ているようだ。
俺はもう一度天井を見上げ、特に変わっていない事にホッとして、それから笹井を起こす。
「俺、帰るわ。またな」
「……ああ……ああ。またー」
笹井の表情も、昨日よりかは緩んでいた。
後日、笹井から一通のメールが届く。LINEじゃなくメール。なんでまた面倒な方で……と開いたそこには、ことの顛末が書かれていた。
「連休中に、上の部屋の家族だかが来て、発見したらしい」
俺は、その発見された誰かが、生きていたのか死んでいたのか、いまだに聞けないでいる。
<終>




