お題【工事現場】
そこを通るのはいつも憂鬱だった。
駅の北側、あの工事現場は自転車で横を通り過ぎるだけでいつも嫌な気分になる。
でも部長の機嫌が悪い日は定時直前に仕事振られて、それを片付けてからだと保育園のお迎えに間に合うのはこのルートしかなくて。
いろいろ試しはした。
でも他の道は階段とか、信号の少ない大通りとかばっかり。
なんだかんだで数分は違う。
いつもより二本遅い電車だと、この数分がお迎え遅刻になるかどうかの瀬戸際だったから……せめて息を止めて全速力で自転車を飛ばすのが精いっぱいの抵抗。
工事現場って普通、ちょっと我慢していたら工事が終わるもの。
でもあそこは違う。
工事が始まってしばらくしても終わらないなって思っていたら、発注元の会社が倒産したって噂を聞いた。
後を追うように施工していたところも倒産したらしく、何もかも放置状態。
撤去にもお金がかかるとかで、そのお金を出す人が居ないからと自治体も関わらない構え。お役所って本当にシゴトしないよね。
はじめのうちは若い子たちが遊びに忍び込んだりしていたけれど、なんかいろいろ出たとかいう噂と共に、近寄る人はだんだんいなくなっていった。
それだけじゃない。近所に住んでいた人たちもじわじわと越していくし、砂漠化が広がるみたいに、日常という営みを少しずつ蝕んでゆく空虚がこの街に染みて行った。
私はこの街が好き。
住んでいるのは大学時代からだし、嫌な思い出がないわけでもないけれど、好きだからずっと住み続けている。
なのにあの付近だけはもう生理的に受け付けない。
どんよりと淀んだ一帯になっちゃって……あの辺では呼吸もしたくなくって。
今日もダッシュで自転車を飛ばしていた。
この工事現場近くでは、基本的に歩いている人は見たことないし、誰かが路地から飛び出してくるとか考えてもいなかったから。
でも今日は出てきた。
それもちょっと小さな子。
私は慌ててブレーキをかけて、思わず転んでしまった。
だけど私の怪我なんて後回しでいい。急いで周囲を見回して、今ひきそうになった子を探した。
接触した感触はなかったけれど、小さな子だったら転んだだけで大きな事故になりかねないし。
そして見つけた……でいいのかな。
その子は透けていた。
あたりはもう暗くなりかけていたけれど、それでもその子の向こう、工事用の白いついたて壁に描かれた落書きがその子ごしに見えているから。
私は「だいじょうぶ?」とかけようとしていた声を飲み込んだ。でも、飲み込めない。口の中がカラカラに乾いていて、飲み込むって行為ができなくなっている。
慌てて自転車を起こして、急いでその場を離れて、最初に頭に浮かんだ近所の神社にかけこんで、五百円玉をお賽銭にして必死に祈った。
それが良かったのかどうかはわからないけれど、あれから数週間経った今現在、私も息子も特に不幸にも合わず普通に生活できている。
もちろんあれ以来、どんなに遅刻しようと絶対にあの道は通っていない。
ただ、あのあたりで変なモノの目撃情報が増えているみたい。
生きた人が居なくなった場所にナニカが移り棲んで増えてきているんだったら嫌だなって思う。
<終>




