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ミライはユキとともに  作者: 北山淳
夜刃・十六夜解放編
3/12

第二章

「……おに……ちゃん……お兄ちゃんっ! 起きてっ!」


 声が聞こえる。呼びかけられている気がする。まだ眠いから後にしてくれ。


「むぅ……お兄ちゃん、起きろ――――――――っ‼」


「ぐごはぁっ‼」


 いきなり腹部にやたら重い一撃が降ってきた。俺は鈍く痛む腹を守りながら眠気眼(ねむけまなこ)を擦る。目の前にはぷくっと頬を膨らませて、いかにもご機嫌斜めな少女が立っていた。


「んむ……? なんだ、有佳か。おかえり」


 夜来有佳(やらい・ゆか)。俺の妹だ。母親譲りの(つや)のある真黒な黒髪を肩にかかるくらいで切りそろえて、前髪の両端をヘアピンで留めている。なぜ両端なのかといえば本人曰く、前髪の内側に向かってカールするくせっ毛を気にしているかららしい。


「たーだーいーまー。ほんとお兄ちゃんっていつ何時(なんどき)でも寝てられるんだね」


「はあ、ありがと」


「いや褒めてないし。洗濯物取り込んでおいてって書いておいたメモ見なかったの?」


「いや、見たんだけどさ。ベッドで横になってたらいつの間にか……」


 俺の腑抜けた反応に有佳は、はぁ……とため息を()いた。


 何かものすごく飽きられている気がするが、取り敢えずありがたく受け取っとこう。


 有佳は、眉をひそめると腕を組んで、


「お兄ちゃん、この音、なんだと思う?」


「この音…………?」


 有佳は頷くと自分の唇の前に人差し指を立てた。


「な、なんだよ?」


「いいから、しっ!」


 有佳の真剣な様子に俺も黙って周りの音に耳を傾ける。


 ………………ドドッ。


「ん?」


 いま何か音が聞こえたような気がする。


 …………ドドドドッ。


「ね?」


「確かにするな……」


 有佳は微妙な顔で頷く。


「これね、実は家の前からでもこの音がするんだよね……」


「は? まさかこの音、ウチから⁉」


 驚く俺に有佳はまたも微妙な表情で頷いた。


「お母さんたち、出かけてまだ帰ってきてないよね……?」


「お前が見てないならそのはずだけど……」


「「…………」」


 俺たちの間に沈黙が流れる。


 おかしい。絶対おかしい。俺たちの他には誰もいないはずなのに。だったらこの音は何なんだ? 何の音だ? 誰かいるのか? 父さんと母さん以外にウチに出入りするなんて俺と有佳ぐらいしかいないのに。


 俺はベッドから降りて立ち上がった。


「有佳。俺、ちょっと見てくるよ」


「え……、下に行くの?」


「ああ、少し様子を見てくる。有佳はここで待っていてくれ。状況だけ見たらすぐ戻ってくるからさ」


 俺は有佳の肩を軽く叩くとそのままドアノブに手をかける。すると有佳は俺のシャツの裾を引っ張った。


「待って……私も行くもんっ!」


「おいおい、ここを出たら何があるか解らない――――」

「――――でもっ! 私も気になるの‼」


 有佳はじっと俺の目を見た。俺は一瞬たじろきながらもふぅーっと息を吐く。いつもそうだ。真剣にものを言うときこいつはこういう目をするのだ。


 俺は有佳の頭をポンポン撫でた。有佳は眉を潜ませ少し顔を赤くする。


「お兄ちゃん、もう私そんなのには騙されないんだからね」


「そうか? それもそうだな」


 俺たちは顔を見合わせると一頻(ひとしき)り笑った。そして頷く。


「よし、さっさとこの音の正体を突き止めようぜ」


「お――――――――っ!」


 何やら嬉しそうな有佳を後目(しりめ)に気を引き締める。俺は有佳に気付かれないように拳を強く握りしめた。


 階段を降りると耳を傾けなくてもはっきり解るほどに音は大きく聞こえる。


「ここから音がするね」


「ああ……」


 部屋から恐る恐る一階に降りてきた俺たちは、玄関を右に曲がって長い廊下を直進した先にある一番奥の客間の前にきていた。伝統的な日本家屋の我が家は和室が多いので無論、客間も和室である。


 しかし普段は使わない部屋である(ゆえ)に掃除に母さんが出入りするぐらいで俺たちも自分の家ながら部屋の存在を意識することはなかった。


「ここって客間のはず、だよね?」


「確か……そうだったはずだ。なんだ、今更」


「そ、そうだよね! 今更ごめん。私、あまりこの部屋入った記憶なくてさ」


 言われてみれば確かにそうだ。俺も昔からこの部屋に一度たりとも入った記憶はない。


 小さい頃から『この部屋には絶対入らないこと』と念を押され、入ろうにも必ず両親に足止めされていた。二人とも何故かこの部屋だけは頑なに入れてくれなかったのだ。しだいに俺たちはこの客間から興味を()らされていた。


「…………」


 記憶の中で何かが引っかかる。俺は何かを忘れている気がする。


「お兄ちゃん、どうしたの? 怖い顔しちゃって」


「い、いや、何でもない」


 有佳は、そう? と首を傾げると障子の取っ手に手をかけた。


 その瞬間。


 ドゴォッというすさまじい爆音。俺は咄嗟に障子を開く。


「「――――⁉」」


 俺たちは呆気にとられた。目の前には客間にはあり得ない()()()()があったからだ。


「あ、穴……?」


 そう、部屋の中央、客間の畳が引きはがされて穴が(あらわ)になっていた。しかし、はがされたはずの畳は周りには存在していない。すっぽり底が抜け落ちたように大きな穴が開いている。


 俺はその穴に近づくと恐る恐る覗き込んだ。


「ゆ、有佳! これ、階段になってるぞ……‼」


「え⁉」


 有佳も俺の横までくると覗き込む。


 一見、中が真っ暗でよく解らなかったが、コンクリートで側壁を固められた空間の中に同じくコンクリートで造られた階段が地下へ続いていた。しかし見えているのは手前だけで奥がどうなっているかは視認できない。


「これは何なんだ?」


「うちにこんなものがあったなんて知らなかったよ」


「そうだな。けど……」


 知らないのは当然なのだ。畳下の地下に続く階段どころかこの部屋のことすら知らないにも等しかったのだから。知ることが許されなかったのだから。


「この家、もしかしたら俺たちの知らない何かがあるのかもしれないな」


「お兄ちゃん、それはお父さんも、お母さんも私たちに何かを隠してるって言いたいの?」


 俺は頷き、それに続けた。


「もともとこの家は少しおかしいとは思わないか? 周りは東京都の都市計画で近代住宅に改修されていったのに、この家だけは改修対象になっていなかったり、家の周りに明らかにおかしい数の監視カメラがあったりするだろ? そして今回の謎の階段だ。何もないわけがない」


 有佳は押し黙る。やはり心当たりはあったようだ。


「じ、じゃあ、今まで私たちが特に気にしないで生活していたのは?」


「そう仕向けられていたんだろうな、意識がこちらに向かないように」


「そんな……」


 有佳はショックを受けたのか(うつむ)く。俺はそんな有佳の頭にポンと優しく手を置いた。


「落ち込むなよ、有佳。父さんや母さんが何を思ってこれを隠していたのか俺は知らない。けど、間違いなく俺たちにメリットのないことだ。あの父さんが無駄なことをするとは思えない。少なくとも自分の利のために動くような人じゃない」


 有佳は黙って俺の話を聞いていたが、目を擦ると頷いた。


「そうだね。私とお兄ちゃんの親だもん。でもね、私――――」

「――――知りたい、んだろ? この家が隠している《何か》を」


「うん。どれだけ見ないふりして、どれだけ先のばしても、いずれ知らなくちゃいけないと思うの」


 俺をまっすぐ見つめる有佳。


 それはまさに俺の思っていたことだった。きっと俺たちは両親によって現実から守られ、あらかじめ引かれていた道筋(レール)の通りに導かれてきたのだろう。だが、いつかは現実と向き合わなければいけない時がくる。きっとこれがそのときなのだろう。たとえ現実と向き合うことで何かが変わってしまうとしても俺たちは知らなければならない。


 俺は階段を一段降りると踵を返して有佳を見た。俺が一段降りた分、偶然目線の高さが同じになる。


「有佳、早く行こうぜ」


「ふぇ……?」


 間近で言われたためか有佳は腑抜けた反応をした。俺はその反応が面白くて、クスッと笑ってしまう。有佳は不満そうに頬を膨らませたが、俺は咳払いをすると続けた。


「この奥にいるだろう父さんたちに()(ただ)すんだよ、現実(これ)を」


 すると有佳は大きく目を開いて頷いた。


「うん!」


 そう言うと有佳も一段、階段を降りる。


 そのまま俺たちは先が見えない階段を壁に手を添わせながら一歩一歩降りて行った。







 さて、どのくらい降りただろうか。前どころか後ろも見えないので何とも言えない。壁に手を添わせるようにして降りているのだが、どうやらこの階段はぐるぐると渦を巻く螺旋状に造られているようだ。


 視界が悪い分、降りている時間が余計に長く感じる。一向に進んだ気がしない。


「お兄ちゃん、これどこまで続いてるんだろ……」


「うーん、確実に進んではいるはずなんだけどな」


 こんな人ごとのようなことを言っていても先が見えないことほど心の折れそうになることはない。さすがにこうも歩き続けていてはしょうがないだろう。


 少し休もうか、そう言おうとしたとき不意に有佳が口を開いた。


「お兄ちゃん、なんか話し声が聞こえない?」


「話し声?」


 俺と有佳は声を潜める。少し遠いが何やら若い男女の声が聞こえてきていた。


「有佳、もう少し降りてみようぜ」


「うん」


 俺たちは先を急ぐように早いペースで降りていく。しだいに景色が明るみを帯びてくると階段もあと一段となっていた。


 階段を降り切ると目の前は突きあたりで声はその向こう側からしている。


 俺たちは近くまで寄ると壁に耳を押し当てた。


「まったく(かしら)はどうするおつもりなのか。このままでは夜来(やらい)派は……」


「まーまー! 紡祁(つむぎ)にいさまは心配性なのです」


「お前は呑気(のんき)でいいよな、雅弥(みやび)


「雅弥は呑気ではないのです! にいさまが心配性すぎるのです!」


「むぅ……。だいたいな、お前は毎回変な発明品爆発させるな、俺がどれだけあとで怒られるか……」


「ちっ! ちっ! 解ってないですね、にいさまは。あれは対近距離戦闘用ポケット煙幕音弾といいまして――――」

「――――だーかーらー! そんなもの大広間でぶっ飛ばすなって言ってんだよ‼」


 すると若い男が怒声に合わせて、またもやドゴォッという耳をつんざくほどの爆発音。


 男は呆れたようにため息を零した。


「おい、雅弥。またお前の変な発明品が爆発したぞ」


「てへ♡ またやってしまったです! 雅弥、行ってまいりまーすっ!」


「お、おいおい! 待てよ! てへ♡ってどこに行くんだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ‼」


 若い男たちは叫びながらその場を去っていく。


 俺たちは、はぁ……と緊張で詰まっていた息を吐き出した。有佳も安堵(あんど)の表情を浮かべる。


「あの人たち何だったんだろ」


「さあな。でも内容から察するに、今の連中がどっかの部屋で爆弾を爆発させてたって話みたいだけど」


 そう言いながら俺は階段の突当りから出て辺りを見渡してみる。それに(なら)って有佳もひょっこりと顔を出した。途端、感嘆の声を漏らす。


「うっへぇ…………」


 そんな反応も無理もない。何故なら遥か奥まで続く長い通路と柱をわざと露出させた造りは荘厳な雰囲気を醸し出していて、まさに圧巻だった。古風な日本家屋である夜来家とはまた違った世界が広がっている。


「いよいよ解らなくなってきたな……一体いつからこんなのがあったんだ…………?」


「ここのことも、あの人たちも、お父さんたちの秘密に関係あるのかな?」


「どうだろうな。でも取り敢えずは先に進むしかない。さっきのこともあるし、ここからは周りに気を付けていかなきゃな」


「わ、解った!」


 緊張しているのかぎこちない様子の有佳の頭を、俺はポンっと優しく撫でた。有佳は一瞬で顔をにまにまさせたが、あえて俺は触れないで進むと何故か背中を殴られた。何故だろうか。


 そんなやり取りの後、俺たちはたびたび鳴り響く爆発音にビクビクしながら進んでいった。


 それにしてもここはやたらに交差する通路が点在し、気を抜くと自分がどこを通ってきたか解らなくなりそうだ。まさに迷路のような、とはこのことだろう。


「なあ、有佳?」


 俺は先程から無言状態だった有佳に声をかけた。反応がない。


「おい、有佳……――――⁉」


 後ろに振り向いた俺は驚愕した。少し前まで俺の後ろにはり付くようにしていた妹は俺の後ろではなく、若い男に()()()()()()()()()()


「お、お兄ちゃん……!」


 男の見た目は十六~七歳くらいといったところだろう。俺とそう年齢は変わらないように見える。


 黒が基調の時代感のある装いをしている。例えるなら平安装束(へいあんしょうぞく)に近い服装だ。ただ腰から下は動きやすくするためなのか、一般的なスラックスに似たデザインになっている。


 そういえば色々ありすぎて忘れていたが地下(ここ)は空調が入っているらしく、日も直接当たらないせいか少しばかりひんやりしている。道理でこんな格好でいられるわけだ。


 泣きながら掠れた声で必死に訴える有佳を少年は一瞥(いちべつ)して、


「騒ぐな、小娘」


 その鋭く殺気立った言葉に足が(すく)んでしまったのか、有佳はそのまま崩れ落ちるように床に膝を付けた。あまりの恐怖からか肩をわなわな震わせている。


 俺は全力で目の前の少年を睨んだ。


「おい、お前……俺の妹に何してんだ…………?」


「その台詞(せりふ)は貴様にそっくり返させてもらおう。貴様ら、ここで何している?」


「なんでお前にそんなことまで話さんくちゃならねぇんだよ」


 俺の苦し紛れの返しに男は呆れた表情を見せる。


「まったく、雅弥(みやび)を追っている途中、何か騒がしいと思えば」


 騒がしい? 俺たちは声を潜めて慎重に進んでいたはずだ。


 俺の疑心を読んだのか、ああ……と少年は付け加えた。


「俺は職業柄、聴覚が敏感でね。半径五〇メートルまでの音は聞き分けることができるのさ」


「はあ……?」


 にわかに信じがたいセリフである。そんなことがあり得るとしたら、それはもはや人間ではない。人間の範疇(はんちゅう)を超えている。


 だからこそコイツの挙動は意味が解らなかった。理解できない。


 コイツはなんだ? 父さんたちの知り合いなのか? そうすると父さんは一体、俺たちに何を隠しているって言うんだ?


「取り敢えずお前たちには大人しく捕まってもらうぞ」


 少年は有佳に手錠のようなものを付けるとゆっくり近付き、俺の肩に触れようとした。


 俺は即座に振り払う。


「触るんじゃね――――」


 後頭部に強い衝撃。目の前にいたはずの少年は俺の前から一瞬で消えたかと思うと俺の背後を取っていたようだ。人間味はまるでない。


「な、んで……」


 最後に少年のため息を聞いた気がするが、俺の意識はそれ考える前にぷつりと切れた。

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