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ミライはユキとともに  作者: 北山淳
夜刃・十六夜解放編
11/12

番外編:私のサンタさん

クリスマス企画です。間に合ってよかった、ホントよかった……。少しでもほほえましく思っていただけたら嬉しいです。




  大好きなお兄ちゃん。


  普段は家で無気力でだらけているし、二択を迫られると途端に優柔不断になるし、勉強も中の上くらいで特に目立って優秀なところはないけれど。それでも私にとっては自慢の兄である。

 一応断りを入れておくと大好きと言っても、もちろん恋愛的な意味で好きだというではない。あくまで《妹》としてお兄ちゃんが好きで、尊敬している――――はずだ。


 兄妹で恋愛感情なんて芽生えるわけがない。そう解ってはいるのだが、最近は自分でも自分が解らなくなるときがある。

 ことに私の恋愛における男子の基準は今更ながら考えてみれば、兄以上かどうかという基準で考えてしまっているからかもしれない。そういう思考回路で今の恋愛観はできている。


 それも仕方のないことかもしれない。昔から私たち家族は周りの同世代の子供たちが期待するイベントに良い思い出がない。それでも私は十分楽しかったと思う。

 私にはいつだって楽しませて、幸せな気持ちにさせてくれるヒーローがいた。


 私が困っているとき。どうしようもなくなったとき。

 何があってもいつも傍にいてくれたのはお兄ちゃん(ヒーロー)だった。





 ***





 季節はクリスマス。窓から眺める世界では今まさにふわふわとした雪が舞っていた。


 そうして薄らと積もった雪が庭先に植えられた五葉松をクリスマスツリーに変えてくれるわけではなかったが、まだ物心ついたばかりの四歳の夜来有佳には些細なことで頭の中はクリスマス一色だった。

 今日は久しぶりにお父さんもお母さんも一緒に家族四人で食卓を囲んで、お母さんが作ってくれたごちそうを食べて、たくさん話をして、最後にクリスマスケーキなんか出てきたりして。そんな夢みたいな光景が頭に浮かぶ。

 はたから見れば一般的なクリスマスだが有佳からすれば家族が全員集まって食事をするというのは特別なことだった。


 両親ともに仕事があって、お母さんは朝はいても夜はいないことが多いし、お父さんに至ってはどの食事の時間にも一緒になることはなかった。

 だから今日は特別な日。有佳にとって何よりもほしいクリスマスプレゼント。


「有佳ぁ、父さん方が来る前に部屋の中飾りつけちゃおうぜー!」


 何やら二階から去年のクリスマスに使った装飾品の数々を運んできたらしい兄がドアの向こうで叫んでいる。どうやら楽しみなのは有佳だけではなかったらしい。


「おにぃ、いまてつだいにいくよぉー。とりゃーっ!!」


 有佳は何だか嬉しくなってリビングと廊下を繋ぐドアを勢いよく開け放った。







 クリスマスの装飾は慣れたもので、ものの二十分足らずでリビング全体がクリスマス仕様に様変わりした。あとはクリスマスツリーの天辺に星をつけてツリーに取り付けたLEDを点灯させるだけだ。


「おにぃ、……それ、とどくの?」


「うっ……、心配すんな! 俺だって身長ガンガン伸びてるし! こんなのっ!」


 そう強がって見せた兄――――刻刃は星を片手に必死にジャンプして見せるがどうやったって届いてはいない。というのも有佳より三つ年上の刻刃の身長は小学校でも同じ学年の子の中では一番低いらしく、具体的に言えば四歳の有佳と頭一つ分しか変わらない。それを刻刃は人に解るくらいには気にしていたが、両親は刻刃が運動会や発表会で必ずと言っていいほど先頭に並んでいるため、『おにぃは見つけやすくていいでしょ?』と笑いながら話していた気がする。


「うぅ……なんで届かないんだよ……くそぅ」


 刻刃はとうとう床に腰を落としてそう嘆く。去年は前もって家族全員で飾りつけしたのもあって、ツリーの星は刻刃が父――――刻正に持ち上げてもらって取り付けていた。『今年は背も伸びたし、帰ってきて部屋が装飾されていたら二人とも喜ぶだろう』という刻刃のこともあって早めに飾りつけを始めたのだが、まさかの展開だった。


 何かないか。有佳は周りを見渡す。途端に目に映ったものに声を漏らした。


「おにぃ……! いす! いすだよっ! あれにのったらとどくよ! きっと!」


「あ、そっか! 有佳ナイス! さすが俺の妹だぜ!」


「えへへ」


 早速椅子をツリーの前まで移動してきて刻刃が天板の上に立ち上がる。すると丁度よくツリーの先端が刻刃の目の前になった。刻刃は持っていた星をポンと取り付けると椅子から飛び降りる。


「よっし! あとはスイッチをつけたら完成だな」


「うんっ!」


 刻刃はツリーの下にあるスイッチに手を伸ばす。


「あ! まっておにぃ。でんき、けさないとっ!」


「別にまたつけるし消さなくても」


「いーの!」


 そう言いながら有佳はリビングの証明を落として、やれやれという顔を浮かべている刻刃に「つけて!」と指示を送る。


 カチッ、という音とともに部屋の中が色とりどりの灯りに包まれて大きな緑のクリスマスツリーが浮かび上がる。先程ツリーの天辺に取り付けた星はLEDの光が反射して一層に存在感を放っていた。


「おお……!」


「きれいだねぇ……」


「だな!」


 有佳は刻刃と顔を見合わせる。ツリーの灯りに当てられて暗闇に浮かぶ兄の表情は嬉しそうで、


「そうだね! おにぃ!」


 有佳も同じように笑った。







 楽しかった時間も束の間。その報せは突然訪れた。


「おかーさんとおとーさん、遅いねー……」


「そうだな……。電話してみるか」


 刻刃は備え付けの電話の受話器を取った。両親へは予め登録したボタンを押せば繋がるようになっている。


 プルルルル……、という断続音のあと馴染みの声が聞こえてきた。


『もしもし?』


「父さん? 俺、刻刃! 今日はいつ帰ってくる――――」

『――――すまんが、今日は家に帰れそうにない』


「え……、なんで……」


 受話器を耳に当てる刻刃の表情が曇る。それは幼い有佳にも解るものだった。不穏な空気が流れ出す。


『少し忙しくなってしまってな。母さんは帰れるようだから母さんと有佳と三人でやっててくれ』


「いや、でもっ……」


 ……ブツッ。ツー、ツー、ツー。


 刻刃は切れてしまった受話器をゆっくり台座に戻す。しばらくそのままだった刻刃だが、溜まっていた空気を吐き出すと踵を返して、どうだった? と訴える有佳に首を横に振った。


「帰ってこないの? なんでっ? なんでっ?」


「父さんは解らない。けど母さんは帰ってくるってさ」


「なんで? おとーさんもいなきゃ……、いなきゃダメなのっ! そうじゃなきゃ、そうじゃなきゃ……」


 クリスマスをやる意味がない。せっかくの家族全員が集まる数少ない機会なのに。有佳はやるせない行き場のない気持ちを吐き出していく。


「おかーさんもいて、おにぃもいて、ゆかもいて……おとーさんもいなきゃ、ダメなのっ!」


 そう繰り返す有佳は涙でぐしゃぐしゃになった顔を小さな手で擦りながら、刻刃に向かって叫ぶ。


「ゆかはサンタさんにおねがいしたのっ! クリスマスは……、クリスマスはみんなでいられますようにって! おねがいしたのっ!」


 刻刃は有佳の悲痛な訴えに目を伏せることしかできない。しかし有佳にはそんなものは見えていない。


「サンタさんのうそつきっ! うそつきだ! おかーさんも、おにぃも、おとーさんもっ! みんなうそつきだっ!」

 有佳はそのままリビングを飛び出した。







 有佳は二階の自室まで駆け上がると扉を閉めてベッドに潜り込んだ。止めどなく流れる涙をタオルケットで拭う。


 いっそこのまま寝てしまおう。そしたらクリスマスは終わって、このやり切れない気持ちをリセットできるはずだ。


 有佳は真っ暗な部屋の中で、止まらない嗚咽を押し殺しながら目を瞑る。


「おにぃにひどいこと、いっちゃった……」


 うそつき。実際には兄は嘘など一つもついてはいない。母も、今日は帰れないと言った父も、誰も嘘はついていない。少し予定が変わってしまっただけだ。

 ただ、有佳はあんなに楽しみにしていたことがなくなってしまって、誰のせいでもないのに裏切られたような感情が、行き場のない激情が有佳にそう叫ばせていた。


「おにぃ……、ごめんね……っ。ゆか……ひどいこといっちゃったよね……ぐすっ……」


『有佳、謝るのは俺のほうだよ。ごめんな』


「おにぃ……?」


 扉を開けず、壁越しに聞こえてきた刻刃の声は少しだけ震えていた。それだけで有佳は何となく解ってしまう。何故兄が扉を開けずにいるのかを。


『有佳、俺があんな騒いだから余計に期待させちゃったよな。母さんと父さんが二人して帰ってくるなんて、そんな保証どこにもなかったのに。去年が特別だったってだけなのに。それなのに……、ごめん、な……』


 静まり返る廊下に響く嗚咽。有佳の前ではいつも強がって見せていた、兄の涙声。

 父が帰ってこないと知って寂しかったのは有佳だけではなかった。悲しかったのも有佳だけではなかった。全部、有佳と同じ気持ちを刻刃も感じていたのだ。それなのに有佳は自分の気持ちを刻刃にぶつけてしまった。


 叫んで、吐き出してしまいたかったのは刻刃も同じだったのに。


「おにぃっ……!」


 有佳は勢いよくベッドから降りると扉を開けて、咽び泣く刻刃に抱きついた。


「ゆ、有佳……?」


「おにぃ……、ごめん、なさい……! ゆか、おにぃのきもち……ぐすっ……ぜんぜん……、わかってなかった。……だから、おにぃはあやまらないで……うわああああああああん!!」


「有佳、それは俺もなんだぞ……、たっく、泣くな、くそっ」


 刻刃は泣きながら有佳を抱き寄せる。


 背丈が有佳とそう変わらないはずの兄の身体は思っていたより大きく、温かくて、有佳を安心させるには十分だった。


「――――よしっ、母さんは帰ってくるんだ! クラッカー構えて待ってようぜ!」


 ついさっきとは打って変わって、ニカッと笑う刻刃に、


「らじゃー!」


 有佳も額に手を当ててポーズをとりながら、無邪気な笑顔を浮かべた。







すこーし、初回から書き足し、構成を変えてみてます。兄妹愛、スバラシイ……。

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