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第8話:台風6号と美熟女

 キャラクターメイキングをした日から二日後の金曜日。

 俺は君江さんから連絡を受け、軽トラではなく家族用の普通車に乗り駅に向かっていた。


 この二日間は特にこれと言って何もなかった。

 強いていうならば、偶然テレビのニュースでVRMMOゲーム『the Great Journey Online』について報道しているのを見たくらいだ。なんでも、世界中で大変な話題になっているらしいのだが、開発者の意向でその技術の全貌に関しては全くと言っていいほど明かされていないらしい。

 どんな下らない事でも調べまくるマスコミが開発者に関しては性別も名前もその他あらゆることがつかめていないのだとか。まあ誰が開発したのかなんてことは公開していなかったとしても法律上は問題ないし、今更出てきたとして本当に本人なのかも怪しまれるだろうな。

 それと、ゲームに参加できるのが日本人だけで、しかも日本人以外の血が流れていたり特定の団体に関係するような人物が抽選から漏れているらしい。これだけ聞くとだいぶ排他的な人間が関係しているのだな、と勘ぐりたくもなるが一部報道によると『運営会社のサーバーに対して、一日に世界中から何万回という攻撃が加えられている』なんて事も伝えられこれまた騒動が起きている。


 まあ、俺には全く関係ないことだ。



 自宅から駅まではおよそ30分かかる。

 君江さんが乗ってくる電車は最終電車で到着するのは午後11時。オレが駅に着いたのがその10分ほど前、五台ほどしか停める場所がない駐車場でタバコを吸いながら電車の到着を待つ。

 8月の頭とはいえ、谷間にあるこの辺りは風が抜けていくので肌寒い。

 LEDが使われている外灯には虫が余り集まらないので虫に煩わされることは少ない。たまにタバコの火に誘われるのか小さな虫が顔に激突したり、蚊の羽音が聞こえたりでイライラするが、車内がタバコ臭いと君江さんが嫌かもしれない。一応の気遣いだ。


 しばらくして、蝉の鳴き声とは違う一定のリズムを保った『ガタンッ、ゴトン』という音が谷に響き出した。田舎だと都会の様なうるさい騒音がほぼ無いので、かなり遠くからでも多くの音が響く。

 

 二両編成のディーゼル機関車で君江さんは定刻通り到着した。

 駅の正面で待っていると、彼女の他にも三人ほど乗客がいたようで一番最後になってスーツケースを轢いた……君江さん?が出てきた。


 白と黒の残念ながら田舎者にはわからない複雑な柄のワンピース(結構ミニ)、その上に黄緑を濁らせた?様な色のカーディガン(?)を羽織り、メガネを掛け、さらに髪がロールに巻かれている。なんだかやる気が漲った装いといえる。これは男としては若干引くが、少しでも褒めないと30分の車移動が大変な苦行となりそうだ。


よし!


「君江さん!ココです」


 俺は動揺と言おうか戸惑いと言おうか、こちらの内心の不安を相手に悟られないように注意しながら呼びかけた。


「あ、一郎君」


 君江さんは改札から出たところでキョロキョロしていたが、こちらに気付くとガラガラとスーツケースを轢き、カツカツとヒールを響かせ、あどけない笑顔を浮かべて歩み寄ってきた。


 うわ~、綺麗だな。

 単純にそういう感想が浮かぶ。

 ツキ子さんが自然体な美しさなら、君江さんは作られた美しさといえる。もちろん元々がかなり綺麗だといえるし、どちらが上とも下とも評価をしてしまうのは間違っていると言える。いや、そう言わされるほど完成されている。年を経た女性にはこうあってほしいものだ。一つ難をあげるなら、髪は綺麗な黒髪ストレートが好きだ。


「君江さん、こんばんわ。電車で疲れてませんか?」


「そんなことないわよ、ゆっくり走る列車の旅も趣があっていいものだったわ。それと迎えに来てくれてありがとう」


「どういたしまして。

 カバンは後ろに載せますから貸してください。

 あと……今日は一段と綺麗ですね。こんな田舎に君江さんみたいな人がいると、皆驚くでしょうね」


 俺は不慣れな言葉をなんとか紡いだ。出来としてはいまいちだけども。


「そ、そうかな?これでも少しは抑えたつもりなんだけどね。この年になると、見栄えばかり気にしちゃうのよ。笑わないでね!」


 嬉しそうな顔をしてくれた。

 もちろんお世辞じゃなくて、十人中十人が綺麗だと言える君江さんだからこそ、ああ言ったのであって、本当にお世辞ではない。気配りとでも言おうか……


 駅から車を出していい感じに世間話などをしていると、30分ほどで車はツキ子さんの家に到着した。



 ツキ子さんと君江さんにお茶でも飲んでいくように誘われたが、俺は遠慮した。

 これから君江さんがあの全身銀色タイツを着てキャラクターメイキングを行うのをぜひとも見たかったのだが、残念ながらこれから自宅でやらなくてはいけないことがある。


 先日、うり坊を罠で捕まえた(逃したけど……)、あれはくくり罠と呼ばれるもので作ろうと思えばだれだって作れる。もちろん許可無く仕掛けると罰せられる。俺はあのような罠を幾つか仕掛けていて、二日に一度山や林に見まわに行く。毎日見に行かなくていいのか?という疑問を持つ人もいるかもしれないが、毎日山の中に踏み入れるほど暇な人はあまりいないし一応の備えもある。罠を仕掛けた人は必ずその罠の所有者を示すネームプレートをその近くに設置し無くてはならない。名前と電話番号なんかがそこには記載されていて、狩猟や山菜採りに来た人が罠にかかっている獲物を発見したら、連絡をくれるようになっているのだ。

 ここまで話すと罠に獲物がかかった様に聞こえたかもしれないが、じつは違う。

 今朝山に罠の確認に行くとそこには前からの知り合いで狩猟を趣味でしている公務員の鈴木さんがいて、どうせなら自分も行こうと言ってくれたから二人で罠の確認へ行った。

 1つ目と2つ目の罠にはなんの変わりもなかったのだが、最後の3つ目の罠が無くなっていたのだ。

 これは盗まれたとかではなくおそらくというか、絶対イノシシだ。設置場所の周りには多くの足跡が残されている。これらから推察するに昨夜の内になかなかの大きさのイノシシが俺自作の罠にかかり、大暴れ、更に大暴れ!そしたらあら不思議ワイヤが切れて逃げられました。

 といったところかな。

 だから今夜は罠を強化するために、いくつか新作を作っている。


 そう言えば、ゲームの中で罠を作るスキルを取っていた。

 あれがどの程度の罠を作ることができるのかは分からないが、随分とファンタジーな罠を作れるようになるんだろうな。

 地面から火が噴出すとか、凍らせるとか、モンスターを空高く吹き飛ばすとか、毒・麻痺・眠り・混乱、想像は止まらない。

 だが今は鉄臭さが消える様に加工したワイヤを使ってイノシシでも逃げられないような罠を作って、リベンジしなくてはいけない。




◇◆◇◆◇◆◇◆



 翌日、『the Great Journey Online』サービス開始日


 雲量8ほどの曇天。

『大変強い勢力を持った台風6号が九州に上陸いたしました』

 テレビでは台風が接近中という厳重な注意を呼びかけるニュースが流れている。

 

 あっそ、俺は今からツキ子さんのおウチに行かなくてはならないんだ。

 台風が来ているのに外出するということで親からはだいぶ非難を受けたが今回は無視だ。

 車庫から車を出して道路に出る。

 嵐が近づいているからかやはり風が強くてプランターが倒れていたり、だいぶ前の選挙ポスターやビニール袋が宙を舞っている。


 ツキ子さんの家につき、居間にあげてもらった。


「いやあ、外はすごい風ですね。夜には台風が来るみたいですから、なにか備えとかしなくちゃいけないなら手伝いますよ?」


 俺はツキ子さんの正面に座り、外を伺いながら言った。


「そうね。台風6号だったかしら?だいぶ大きいみたいで心配ね。でもウチは雨戸を閉めるくらいしかやることはないから大丈夫よ。

 それにこれから、ゲームが始まるからそっちに集中しましょう。キミちゃんが客間の方にいるから呼んでくるわ。一郎君は先に離れの方に行っててね」


 


「一郎君こんにちわ、外はすごい天気ね。まあ停電でもしない限りなんともないでしょうけど、ちょっと怖いわよね」


 ツキ子さんと君江さんが二人で離れに入ってきた。


「こんにちわ、心配はないと思いますよ。最近ではこの地域でも土地整備がかなり進んでますから土砂崩れもまず起きません。今日は安心してゲームが出来そうです」


 現在時間は午後12時30分。

 ツキ子さんの家の離れには三台のホームズⅢが置かれている。右端の一台と真ん中のモノとの間に衝立が立てられていて、それを俺が使うことになる。なぜ衝立があるかといえばホームズⅢを使用する際、使用者は専用のスーツを着ることになる。……それが衝立の理由だ。

 もうパッツパツだからね!男でも相当躊躇する事まちがいなし。これを着ている女性陣を観るのは最高だろけど、俺には『全身銀色タイツ』を着て面と向かって女性と話をする勇気はない。


 今回は流石に下着は着けている。前回はノーパンタイツだったために、えらい目にあった。

 まあ今回はタオルを巻いているからくっきりと見えたりはしないのだが。

 ツキ子さんたちはスーツの上に浴衣を羽織っている。もしその浴衣が何かの拍子に落ちたら……なんて想像をしてしまう。


「さて準備ができたわけだけど、ツキ子、今のうちに確認しておくことはある?」


 左側のホームズⅢの側に立つ君江さんが、傍らに座っているツキ子さんに尋ねた。


「そうね……じゃあゲームがどう進むかについて簡単に説明させてもらおうかしら。

 初めてゲームにログインするとチュートリアルが始まるの。その時に教わると思うのだけどゲームの中ではプレイヤーがフレンド登録した人に連絡できるから、ひとまず三人で集まりましょうね。

 チュートリアルは大体20分くらいで終わります。そうしたらプレイヤーは『始まりの町:サンライズタウン』に出ることになるの。サンライズタウンは初心者用の町で、色々と最初の内は役に立つ細々としたものが売ってるから便利な場所ということになるかしら。

 そういうわけで、私はこの町でまずは『ホーム』を買おうと思うの」


「『ホーム』ですか?

 ……ああ、宿屋じゃなくてプレイヤーが所持できる『家』ということですね」


「一郎君、正解です。

 ホームの機能としては、あなたの言うように、宿屋を必要とせずに眠ることができるし工房付きの家なら生産スキルも使える、それに倉庫として使うことも出来る。

 つまりは家ね!」


 一瞬の沈黙の後君江さんが口を開いた。


「……まあ、いいわ。つまりはそのサンライズタウンに私達で家を買うっていうことが、最初の目標になるのね?」


「でも、そうは言っても簡単じゃないのよ、キミちゃん。

 一応は家を買うんだから、結構なお値段がするの。

 それに、いつもみんなで一緒にプレイするというわけにも行かないだろうし」


 え?パーティーを組んで三人でプレイするんだと俺は思ってたんだけど……。


「一郎君にはまだ伝えてないけれど、私は生産系のスキルとしては『アクセサリー作成』の1つだけ。そしてキミちゃんは『消費アイテム作成』を持つ片手剣の戦士系キャラクター。一郎君は『畑作』でしょう?

 だからそれぞれ素材集めをしなくちゃいけないし、最初の内は生産系スキルを使うにはバラバラの工房だったり、農地が必要になるの。もちろん協力してパーティーを組んで素材集めをすることもあるだろうけどね」


 それもそうだな、俺は生産系スキル『畑作』を持ってるけどこれはどう考えても工房では使えない。


「あとね、一人ひとり戦い方に慣れる時間も必要だと思うのよ。私はβテスターとして幾らかの経験があるけど二人は全く無いでしょ?最初の内は一人でゲームに慣れる時間を取ったほうが安心出来る気がするの」


 ツキ子さんの言うことも一理ある。剣とか槍ならなんとなくでも使えそうだけど、俺のは『弓』だからな。スキルがあるから少しは使えるんだろうけど、練習もなしにいるのはたしかに心細い。


「もちろん連絡をくれれば、私はすぐに二人の所へ行くからね。

 私はその間に色々知り合いと情報交換をしたり、物件を探しておくから」


「ツキ子、あんたはゲームとなると不思議なくらい頼もしく感じるわ。

 わかった。二人と離れるのはちょっと心細くはあるけれど、私は片手剣なんて触ったこともないし剣道も知らない。足手まといにならない程度にモンスターを倒してレベルを上げてるわね」


 

 ツキ子さんたちと話をしていると、午後一時五分前を知らせるアラームが鳴った。


「さあ、時間よ。一郎君、キミちゃん、ホームズⅢの準備はもう出来ているからあとはカプセルに入るだけで自動的にアカウントの照合が行われるわ。そして時間が来たらVRの中に入ることになる。これから現実時間で四時間、ゲームの中では一週間の生活が私達を待っているの!」


 聞いているこっちがびっくりする位の大きな声でツキ子さんは宣言(?)した。


「ええ、なんだかすごくドキドキするしちょっと怖いけれど、とっても楽しみだわ!ねっ?一郎君もそうでしょう?」


「はい。俺たちを何が待っているのか、どんなことが起こるのか、君江さんと同じで俺もすごくドキドキしてます」


「うふふ。ふたりとも、安心して大丈夫よ。

それじゃあ、あとは『the Great Journey Onliine』の世界で会いましょう」


 ツキ子さんがそういうのを聞いて、俺は衝立の向こうの自分が使うことになるカプセルの方へ近づいた。

 開閉ボタンを押すと「プシュッ」という音と共に蓋が開く。


「よし、一番乗りはこの大道寺君江ね!」


 君江さんの元気な声が聞こえたので、何の気なしに、そうあくまでも自然に、俺は衝立の上から顔をのぞかせて、二人の方をチラリと窺った。


 そしたら見えたんだ。

 ツキ子さんの豊かな双丘を包んでいるであろうブラジャーの後ろ部分が浮き出ている!

 ツキ子さんの肉付き豊かなおしりを覆うパンティーの線が、くっきりと!

 銀色全身タイツを企画制作した人たちに感謝を伝えたいと思います。


「ありがとう」




 ちょっと元気が出すぎてしまった部分があって、

 ちゃんとスキャンされるのかと少々不安だったが、

 キチンとアカウントの照合が行われたので、ちょっと安心。




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