第7話:待ち遠しい日々と美熟女
なんとも恥ずかしいゴタゴタはあったが、俺は銀色タイツから服に着替え二人の待つ居間に戻った。
居間ではツキ子さんと君江さんが何事か話し合っている。
「それじゃあ、どうしてもウチでやりたいというのね?」
「ええ、あんな大きものを運ぶのも大変でしょう?それに土日の間だけなんだから、休みの日を田舎で過ごすというのもいいものだわ。
あ、あら、戻ってきたのね」
二人は縁側に腰掛けていて、俺が戻ってきたのに気付きこちらを振り返った。
「はい。やっとあのタイツから解放されて、なんとか落ち着きましたよ」
俺は二人の方へは行かずに、さっきまで座っていた位置に座った。
「それで、何の話してたんですか?」
どちらにともなく声をかけたのだが、君江さんは口を噤むというかモゴモゴとして要領を得ずツキ子さんが応えてくれた。
「あのね、今日こうしてキミちゃんがウチに来たのはホームズⅢの三台の内の一台を貰ってもらうためだったんだけど、一郎君と同じように彼女もウチにホームズ3を置いておいて、週末になったらこっちに来て一緒にプレイしたらしいの」
そういうことか。まあ運送の手間を考えればそれも有りなんだろうけど、今日こうしてワゴンで来ているのに、どうして考えが変わったんだろう。
「そうですか。僕は別にいいと思いますけど?何か問題があるんですか?」
「そうよ!何が行けないの?片道2時間の道くらい車で来たって心配ないわ。それに、一人暮らしのマンションにあんな大きなゲームを持ち込んで一人寂しく楽しみたくないもの。大体、ツキ子だって一人だと思ってたのに、こちらに来てみれば男の子と二人で……」
「そうねえ、別に私だって嫌だって言ってるわけではないのよ。でもキミちゃんはお仕事の都合もあるだろうし」
ツキ子さんは、君江さんが遠い距離を車で運転してまでここに来るのが心配なようだ。実際女の人が二時間とはいえ、山道が一時間ほど続く道のりを毎週通うのは俺も確かに心配だ。俺達の住むこの辺りには電車の駅もないし、バスの路線も5年ほど前に交通会社が潰れてしまい高齢者向けの町内バスがあるだけだ。
となると、君江さんが毎週通って来るために残された道は……。
「あの、もし良かったらですけど俺が君江さんを駅まで迎えに行きましょうか?」
「え?どういう意味なの?」
「取り敢えず今日のところは君江さんには頑張ってもらって車で帰っていただくしか無いんですけどね。次回からは君江さんに最寄り駅(ここから車で30分)まで来ていただいて、俺が車で迎えに行くっていうことも可能ですよ」
俺の話を聞いた君江さんは、年に似合わぬというか幼さが感じられるようなキラキラした目でこちらを見つめ、傍らにいるツキ子さんはなにも言わず俺に微笑んでいる。
結論から言えば俺の提案は受け入れられた。
最初はなぜかツキ子さんが「それなら自分が送迎をする」と言ってきたが、君江さんがツキ子さんの運転では不安だからと一蹴し、俺が担当することになった。
その後、君江さんが使用することになるホームズⅢを離れへ運び入れた。調整はツキ子さんが明日やっておくということで、君江さんは金曜日にもう一度こちらへ来て、土曜日のサービス開始までにアカウントの登録を済ませ、ゲームのサービス開始を待つことになった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「それじゃあ、ツキ子に一郎君、週末にまた会いましょうね」
「キミちゃん、運転には十分に気をつけてね。飛ばし過ぎちゃダメよ。あと電車に乗り遅れて一郎君に迷惑をかけないようにね」
「はいはい。心配ご無用ですよ!それにツキ子のほうが運転は荒いでしょうが!」
「へ~、以外ですね。ツキ子さんってそういう感じじゃないですけど」
君江さんが先にツキ子さんの家を出る事になったので、今俺達は彼女の家の玄関前にいる。
「そ、そんなことないわ!いつも安全運転してる!免許証も金色です!」
「あれ、そうだったかしら?確か十年くらい前に、あの峠を攻めるGT-R…「キミちゃん!」…」
「そのことを一郎君に言うつもりなら、こちらにも考えがあるわよ~」
ツキ子さん、目が、目が怖いです。
「じょ、冗談よ。そろそろ行くわね。一郎君、お迎えよろしくね!」
「はい、任せてください。端末に連絡が無くてもちゃんと先に待っていますから。あと本当に運転には気を付けてくださいね」
「うん、ありがと。それにしてもなんだか、土曜日がとても待ち遠しいわ。期待に胸が膨らみそう」
君江さんはそう言いながらカットソーの胸元をつまんだ。
彼女の乗る車の運転席を見下ろす形で立っていた俺には、チラリと彼女の白いブr「キミちゃん?そろそろ暗くなるからもう出たほうがいいんじゃないかしら?」
「そう?まだ明るいようだけど。……雷が落ちると怖いからもう行くわね」
山の天気と女心は……。
君江さんがワゴン車に乗り帰宅したので、俺も自宅に戻ることにした。
「それじゃあ、ツキ子さん。土曜日にまた来ますね」
「ねえ一郎くん?」
「はい、なんですか?」
「その、ありがとう。
こんな年にまでなって、ゲームするなんて本当は笑われたっておかしくないわ。それに、キミちゃんとのことでも無理を聞いてもらちゃって、お礼の言い様がないわね」
玄関の前で彼女は唐突に話し始めた。
「それは、まあ確かにここ数日のことを思うとちょっと驚きが重なってますね」
俺は苦笑いしながらそう言った。
「うん。
でもね、『the Great Journey Online』はほんとうに良いゲームよ。絶対に一郎君を後悔させるようなことはないわ。もちろん数あるゲームの中でこれが世界一だなんて言わない。でもそれでもGJOとの出会いがあなたにとって良いことになるって、そう言える。あれは今までのゲームとは違うわ。便宜上ゲームと言っているだけで、実際のところはゲームだなんて言えない、全くの別物と言っていいと思う。私の感想を言わせてもらえば、そうね、全くの異世界に旅立つ、そういう印象よ。
こんな言い方になってしまったけれど、もし途中で辞めたくなればそうしてもらって構わない。それでも私は……、あなたと、一緒にプレイできるのなら、とっても楽しいと思うの。
だから……一郎くん。
私は誰よりも土曜日が待ち遠しいかな」
彼女は、微笑みながらそう言い残し玄関へ消えていった。
ツキ子さんのあんな笑顔は初めて見たな。
ゲームのサービス開始まであと数日を残すのみ、色々な期待に俺も胸が膨らむ。
どんな驚きが俺を待っているのか、待ち遠しいばかりだ。
次からやっとゲームの中に入りますよ。
一話辺り、一万文字くらいの予定です。予定です!