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第4話:うり坊と美熟女

 一夜明けて俺は畑の近くの山に仕掛けた罠を確認しに来ている。

 まだ薄暗い山の中は真っ暗で、俺は懐中電灯を片手に木々の間を抜けてそろりそろりと山の中に入って行く。

 この罠はイノシシのような大物を獲物とした『くくり罠』で、イノシシに自分の畑をほじくり返され激怒した知人に頼まれホームセンターで材料を揃えて自作したものだ。


 プギー、プギー

 五分ほど進むと罠を仕掛けた辺りから獣の鳴き声が聞こえてきた。

 そして罠にかかっていたのは、生後三ヶ月ほどの小さなうり坊だった。


「馬鹿な奴め、焼き肉にしてやろうか?」


 罠に獲物がかかるというのは、空気銃や散弾銃で獲物を撃ちぬくのとは違った感慨がある。

 だがこの時は罠の確認に来ただけで刃物も空気銃も持ってきてない。まさか、三日目に獲物がかかるとは思っていなかったな。

 

「お前は運がいいぞ、うり坊。今朝の俺はすこぶる機嫌が良いから見逃してあげよう」


 必死に鳴き声をあげるうり坊の足から針金を外すと、こいつは一瞬きょとんとしたように立ちすくんだが、すぐさま山の中へと消えていった。

 あんな小さな動物でも精一杯生きているんだよな、おいしそうだけど。

 大きくなったらメスを見つけて子供を作れよ、そう心の中でつぶやいた俺は地面に埋められた罠を外し、それと少し離れたところに設置してある木に結びつけておいたネームプレートも外して、自分の畑へと踵を返した。


 なぜ俺が新鮮な肉を簡単に逃してやるほど機嫌が良いかというと、昨日に引き続き今日もツキ子さんの家に行くからだ。残念ながら今朝は畑で彼女に会うことは出来なかった。

 まあ昨日の話の続きということで今日もゲームの話をするのだろう。確かアカウントを登録してキャラクターメイキングをするんだとか。なんのことやらよくわからないが、午後二時までのあと九時間がなんとも待ち遠しい。

 



◇◆◇◆◇◆◇◆



 畑から田んぼへ向かい雑多な作業を終えた俺は軽トラックを運転して自宅へと向かっている。


 家からほど近い場所で一台のワゴン車が路肩に止まり、さらにその車の前で立ち尽くす人影を発見した。

 俺の軽トラックが近づくのに気づいたのか、ワゴン車のヘッドライトを見つめるように俯いていた人影がこちらに振り向いた。


 すごい格好だな。


 その女性の装いは田舎では先ず見られないもので、長い足を包むピチピチのスキニージーンズ、赤いペディキュアが映える白いサンダル、日焼けの見られない白い肌に青いカットソーを着ている。

 どう見ても田舎の人間じゃない。年齢は三十代かな。それにしてもあのサンダルで田舎道を運転してきたのか?


「ごめんなさい!ちょっといいかしら?」


 俺の軽トラがゆっくりと近づき、彼女との距離が五メートルほどになった時に声をかけられた。


「はい、どうかなさいましたか?」


「ええ、実は車を走らせていたら、何か動物を轢いちゃったみたいなのよね。それで停車して車を見てみたんだけど、ほら、血が付いているでしょう?」


 確かに右側のヘッドライトに血痕と動物の毛が見て取れた。この毛は、狸じゃないし、イノシシかな?それにしては車の傷が小さいみたいだ……。


「まったく嫌だわ、私は友人を訪ねてこんな遠くに来たのよ。なのにこの辺りはカーナビの地図に載ってないし、標識も少ないわ、動物は轢いちゃうわで本当にもう、ついてない。

 それにね、この車は知人に無理を言って借りたのよ。それなのに汚れをつけちゃった。またぐちぐち嫌味を言われるんだわ。

 大体なんで……。きっとこのあたりじゃあ……(ペラペラ)」


 俺の目の前でぺちゃくちゃと囃し立てる女性の話を俺は聞いていなかった。

 ワゴン車から少し離れた場所で横たわる、小さな黒い塊に目を奪われていたのだ。


「……ウリ坊」


 俺はそうつぶやき、ゆっくりと黒い塊に近づいた。


「え?どうしたの?」


「こっちにあなたが殺した動物がいます」


 おれがそう声をかけると彼女は一瞬ムッとしたようだったが、しずしずと近づいてきた。


 間違いない!この後ろ足の傷は、あのうり坊だ。


「きゃっ。な、なにこれ?狸?」


 しかしうるさいなあこの人は。

 あの優しいツキ子さんなら、こういう時どんな反応をするのかな……。


「わ、わたしが殺しちゃったの?警察につかまっちゃう?」


 何を言ってるんだ子の人。

 動物を轢いたくらいで、法律で裁かれるわけがないだろうが。

 それに、多分こいつが轢かれてしまったのは、きっと俺の罠のせいだろ。後ろ足に俺の罠で使った針金の痕が残っている。もう確実に俺のせいだろこれ……。傷を負ったために動きが鈍くなっていたんだな。

 まあ、害獣が一匹いなくなっただけだし、俺としてはなんともないんだが。


「このまま放置しちゃうと……」


 俺がそうつぶやくと青い顔をした女性はうり坊から視線を上げてこちらに向き直った。

 おう、意外と美人さんだ。

 まあツキ子さんには及ばないけど。いい熟女さんではあるな。


「どうなるの?私どうなるのかしら?」


 うわ、だいぶ取り乱しているみたいだな。俺が年下だと思って、さっきはすこし強がっていたのかもしれない。

 ……どうせこのまま放置すれば他の車にまた轢かれるか、カラスについばまれるか、誰かが処理するかだろうしな。これも何かの縁だ。埋葬してあげようかな。


「大丈夫ですよ。あなたが罪に問われることはありませんからね」


「え?そうなの?でも、私殺しちゃったのよ?」

 

「確かにあなたはこの小さい動物を死なせました。でも俺もよく殺しますよ」


 俺がそう言うと女性はビクッとした。


「別におかしな趣味を持っているわけではありません。俺は猟師をしてるんです」


「漁師?こんな山の中で?」


 あらら、そっちじゃなくて。


「そうじゃなくて、山の中で熊とかを撃つ人です」


 そう笑って言ったのだが、彼女はきれいな顔を引きつらせたまま立ち尽くしている。


「まあ、いいです。あなたはどこかに向かっているんでしょう?こいつの片付けは俺がしますから、あなたはもう行ってくださって構いませんよ」


 一応気を使ったつもりなのだが、少し面倒に感じているのも事実だ。何と言ってもこれからツキ子さんに会うのだから。


「あの、この子はこれからどうするの?」


 やはり女性としてはこういう事はショックが大きいものなのかな。


「そうですね、家がすぐそこなのでシャベルを持ってきて穴掘ってこいつを埋めて、その上に石でも置いて、お花を供えるってところですね」


 俺がそう応えて合掌すると、彼女も俺に倣って手を合わせた。


「私の名前は大道寺(だいどうじ)君江(きみえ)。あなたは?」


 合掌を解いて向き直った俺達は、なぜか自己紹介をすることになった。


「俺は村上一郎です。あ、もし良かったら、車を綺麗にしませんか?ウチはあそこに見える瓦屋根の家ですから」


 俺は彼女の車に付いているうり坊のモロモロを、ウチで洗い落とすように提案してあげた。さすがに慣れない人には辛いだろうからな。


「いいの?ありがとう……」


 なんだか目を潤ませている……。


「泣いてるんですか?」


 君江さんは顔を赤くしながら俺を睨んできた。

 いやいや目をうるうるさせて睨まれても、こっちはなんだかドキドキするだけですから。



 洗車を終えた君江さんは約束の時間をだいぶ過ぎているということで急いで友人の家へ向かった。

 もちろん何度もお礼を言われたし、連絡先を交換したりした。こちらから連絡する予定なんて無いけどね。

 なんの縁だか数時間前に命を助けてあげたうり坊を、俺はいま埋葬している。

 ……生き物を殺していいのは、食べるときだけだ。


 俺は家に帰りケントと戯れ、シャワーを浴び、いそいそと昼食を済ませ、普段着に着替えてから午後一時半に原付きバイクで家を出た。



 ツキ子さんの家の前まで来ると、見覚えのある車が止まっている。

 さっき知り合った君江さんが運転していたあのワゴン車だ。

 もしかしたら友人というのはツキ子さんの事なのかもしれない。


「ごめんくださいっ!」


 俺は引き戸を開け声をかけた。

 すると、玄関のすぐ向かいにある居間の障子戸が開けられ、和服姿のツキ子さんが顔を出した。


「いらっしゃい。どうぞ上がって」


「お邪魔します。ツキ子さん、表に車が止まってますけどお客さんですか?」


「ええ。大学で同期だったお友達でね、ほら言ったじゃない。ホームズⅢを1台譲る予定の相手が来ているのよ。すまないんだけど少し相手をしててもらえるかしら、さっき作った麦茶が冷えてるはずだから、持ってくるわね」


 そう言われて俺が居間に入って行くと、そこには大きく目を見開いた君江さんがいた。こういうこともあるんだな。


「あ、先程はどうも」


 君江さんに対して俺は頭を下げて挨拶をした。


「え?なんで?どうして一郎君がツキ子の家にいるの?」


 なにがなんやらわからない、はてなマークが頭の上に浮かんでしまっている。

 しばらく、変なことを早口でまくし立てていると、後ろからツキ子さんがお盆に麦茶三つ載せて居間に入ってきた。


「あらあら、やっぱりさっきの話の『素敵な青年』って、一郎君のことだったのね」


 素敵な青年!?なんのことですかツキ子さん!


 その言葉に君江さんはいち早く反応を見せた。


「こ、こらツキ子!なんてこと言うのよ!それはここで言わなくたっていいじゃないのよ!」


 彼女はまたもや顔を赤らめ出した。

 なんだよ、君江さんはあの時そんなことを考えていたのか……へへへ。


「あれ違うのかしら?パッチリした黒目が印象的で、日に焼けた精悍な「ダメッ!」……」


 君江さんがツキ子さんの口を両手で抑え、上にのしかかるように畳の上に転がった。

 うわ、ツキ子さんの太ももが見えちゃった。脳内に記録!

 「「キャッ」」という可愛らしい声を上げて転がった二人の頭には、ツキ子さんの手から離れた麦茶をかぶってしまっていた。



「話は聞かせてもらったわ。あなたが『the Great Journey Online』にツキ子が誘ったっていう男の子だったのね。さっきはいきなりの再会だったものだからビックリしちゃって、取り乱してしまったの。恥ずかしいところを見られちゃったわね」


 そう言った君江さんは、ツキコさんと同じ柄の浴衣を着ている。白生地に広がる淡い青の朝顔が印象的だ。「うふふ」と微笑むツキ子さんは淹れなおした麦茶を持ってきてから縁側に置かれた安楽椅子に座っている。さらに付け加えると両者とも髪を結い上げているので、元々の色気が更に扇情的に感じられる。

 聞いたところによるとツキ子さんは昔から和服が大好きで、俺の故郷のこの村では道を和服を着て歩いていては悪目立ちしてしまうので自重しているが、家の中では和服を着て夜は浴衣という古き良き日本の女性を体現しているように思う。まさに俺の好みでございます

 更に大学時代は着物で学生生活を送っていたそうだ……。


「まあ確かに、あの時は少々大人気ない振る舞いでは有りましたね。でもこうしてお二人の浴衣姿を見れたので、結果オーライですよ」


 俺は本心でそう言ったのだが、君江さんは口を紡いで恥ずかしそうに俯き、ツキ子さんは「あらあら」と微笑み手を頬に添えた。

 ちょっと気まずかったので話を本題に戻す。


「えと、それでツキ子さん?今日はどんなことをするんですか?」


「うふふ、なんだか今日は楽しいわ。

 君江も落ち着いたみたいだから、離れに移動しましょうね」


 ツキ子さんの案内にしたがって離れへと向かう。

 いや~、これぞまさに『立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花』ですよ

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