第3話:最新のゲームと美熟女 (説明書)
やります、と答えた俺は徐々に正気に戻ってきた。
「念の為に聞きますけど、危なくはないんですよね?これでも一応農家の長男なので守るべき土地がありまして、ゲームをしたまま意識不明とかにはなりたくないんですけど……」
家ではテレビもほとんど見ないし、パソコンも無いしで世の中の情報からはほとんど隔絶した環境で生活する俺には、VRという言葉が最近注目されているのは知っていても、それが実用段階にまで進歩しているという話は聞いたことがなかった。
「心配ないわよ。βテスターを使った様々な試験も行っているし、なにより国からも認可を受けているの。だから安心してプレイできるわ。ちなみに私もβテスターとしてこのゲームを何度もプレイしているのよ。あとVRの中では私もできるだけサポートするさせてもらうわ。それにゲームの中でもたくさんの人との出会いがあるでしょうし、絶対に楽しいわ」
「ツキ子さんのことは信用しています。ですけど、他にも色々と質問があるので、聞いてもいいですかね?」
「ええ、でもここに説明書があるから先ずこれを読んでね。一郎君が疑問に思ったことをわたしが答えるわね。私はちょっと用事があるから、三十分くらいしたら戻ってくるわ」
彼女はそう言うと、カプセルの上に置かれていた100ページはありそうな本を俺に渡し、離れを出て行った。
「ふ~、折角ツキ子さんの家に来れたのにゲームの話だけって……。
とりあえず、説明書を読むかな」
◇◆◇◆◇◆◇◆
『説明書 ログイン・ログアウト(一郎要約)』
全国10箇所の施設に『ホームズ3』が設置されており、抽選で選ばれたプレイヤー(その数1万人)のみがゲームをプレイすることができる。
選ばれたプレイヤーは毎週末の土曜日曜の二日間、午後一時から午後五時の四時間のみホームズ3を利用することができる。個人の事情により参加できなくとも構わない。
ホームズ3では現実時間の4時間の経過で、ゲーム内の一週間を体験することができる。
『説明書 レベル・ステータス・スキル(一郎要約)』
モンスターを倒すこと・生産系スキルを使用することで経験値を得ることが可能であり、経験値が一定値貯まるとレベルが上昇する。レベル上昇時には、ステータスポイント・スキルポイントの二つを取得できる。
キャラクターメイキングの際に自身のステータスの初期値を設定し、それ以降はステータスポイントを消費することで上昇する。
スキルは、キャラクターメイキングの際に5個のスキルを選択できる。最大で10個のスキルを装備することが可能で、収得するのはいくつでも可能である。スキルポイントを消費することで、新しいスキルを収得することが出来つ。
また、スキルにはレベルがあり、スキルを使用していくと熟練度が貯まっていき、一定値に達するとレベルが上昇する。最高値まで上がると、上位スキルに変更できるものも中にはある。
『説明書 ゲーム内の生活(一郎要約)』
プレイヤーは『the Great Journey Online』の中で七日間生活することになる。そのためこのゲームでは料理を行うことが可能で、もちろん食事を摂ることもできる。ゲーム内では特にスタミナや空腹度については設定されてはいない。しかし、「なんとかなく空腹感を、疲労感を感じる」ということがあるかも知れないので、念のため擬似的なものになるが飲食・睡眠などの機能がゲーム内には用意されている。
◇◆◇◆◇◆◇◆
俺が説明書を流し読みしていると、ツキ子さんがお茶を持って離れに戻ってきた。
「どうかしら?何か質問はある?」
「そうですね……、特にはありませんが、ツキ子さんから何か注意点なんかはありますか?」
俺は読んでいた説明書を膝の上に置き、俺の隣に腰掛けたツキ子さんに尋ねた。
「そうねえ、GJOはとてもリアルに世界が作られているの。建物だとか風景はみんなそこに実際にあるように見えるわね、とても美しい景色が広がっているわ。そして、ここが問題なんだけど、プレイヤーの外観やゲーム内部のAI達も人間に似せてとてもリアルに作られている。つまり、魅力的な女性や、格好良い男性が数多くいるのよ。そうすると色々な問題が起きることになるんだけど、このゲームの中でもし何か問題を起こしたり、運営の方に通報が届くとゲーム内の集積データから瞬時にその瞬間のログが再生されて、問題を起こしたプレーヤーは即刻強制ログアウトさせられるわ。更に犯罪に近い行為を働いた場合には警察にも連絡が行くから、一郎君ならなんの問題もないだろうけど、一応注意だけはしておいてね。
あとは説明書に載っている通り、このゲームは18歳未満プレイ禁止というところかな。まあ、私達は十分に超えているわね、特に私が」
「い、いや、ツキ子さんは昔からすごく綺麗です」
しまった、思わず本音が……。
「そ、そうかな……。ありがとう一郎君」
赤面してる!ツキ子さん赤面してるうぅ~!かわいい!
「ど、どういたしまして。
あ、そうだ。ちなみにこのゲームはいつからサービスが始まるんですか?」
「え~と、ちょっとまってね、確か説明書に書いてあると思うんだけど」
ツキ子さんはそう言って俺の膝の上から説明書を持ち上げた。
はうゐ!
ツキ子さんの手が俺の太ももを触った……。
「どこだったかな」と言いながらページを繰る彼女の指は、朝から作業を行っている農家の女性とは、どうしても思えないほど美しく俺には見えた。
「あったわ。今日が7月29日でしょう。だから、ああ、今週末の8月3日からサービス開始。つまりゲームをプレイできるようになるのね。
ということなんだけど一郎君、どうかしら、私と一緒にプレイしてもらえるかな?」
「はい。週末なら集まりもそれほどありませんし、猟友会の呼び出しも断れば済みますし、誰かに連絡を入れればなんとかなりますから、大丈夫です」
俺がそう答えると、ツキ子さんは俺の手を無造作に両手で掴み、上下に激しく振った。
「よかった~。一郎君がそう言ってくれて私ほんとうに嬉しいわ!」
俺もあなたのその笑顔が見れたことが、心の底から嬉しいぞ~~~!
「わわわ、ツキ子さん。手、手っ、痛い痛い」
「あ、ごめんなさいね。大丈夫だった?私ったら年甲斐もなく、ごめんね」
いえ、もう俺今日という日のこの感動は言葉になりまっせんもん。
ツキ子さんは顔を赤らめ、俺の手を離した。
「そ、そうだわ、ゲームのサービスが開始する前にアカウント登録を済ませて、キャラクターメイキングをしなくちゃいけないから、週末までにもう一度ウチまで来てもらえるかな?」
「いいですよ。御存知の通り農家は昼からの時間は空いてることが多いですからね」
それから、二人で居間の方に戻り一時間ほど楽しく世間話などをしてから、俺は家に帰ることにした。
「それじゃあ、一郎君。また明日ね。忘れちゃダメよ?午後二時くらいにウチに来てね。それまでに機械の方は準備を終えておくから」
「はい。また明日伺わせていただきます」
原付きバイクに跨りメットを被った俺はツキ子さんにそう応え、自宅への帰路についた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
俺は自室の布団の上で、今日一日の出来事を回想していた。
「淡々とした農家の人生を生きてきた俺にとっては、今日はなんともすごい一日だったな。あの美熟女『山田ツキ子』の家でお昼をごちそうになるなんて、この村一番の果報者だ俺は。
途中で気づいたけどオレの呼び方が『一郎さん』から『一郎君』って変わっていったな、なんかいい感じかも。
それにしてもあのツキ子さんがゲームをねえ、パソコンが出来る人はゲームまで作っちゃうんだな。オレも少しは勉強しとかないと、あとで母さんにうまい嘘をつかなくちゃいけないし、ツキ子さんとの会話も弾むかもしれないからな。
明日は……、作業を終えたらまたツキ子さんの……、何着て行こうかな……、……」
こうしてツキ子さんとの幸せな会話の時間を楽しむことが出来たこの日が、
俺とVRMMOゲーム『the Great Journey Online』との混沌と愛憎の日々の始まりだった。