第2話:すばらしい昼食と美熟女
俺はツキ子さんの突然の質問に驚き半分、落胆半分といった気持ちだ。
「ゲームですか?好きでも嫌いでもないですね。学生の頃はたまに誘われてやるくらいでしたし、最近は全くやってないです。と言うかゲームを持ってないですし」
素直に答えてしまったが、「好きです」と答えていたらよかったのかなと少し後悔。
「そう……。
なんでこんなことを聞いたかというとね、私が今お手伝いしてる会社で今度“新しいゲーム”が発売されるの。それで、報酬と一緒にそのゲームのソフトとハードを3セット頂いたのね、そのうち1台はお友達に譲るんだけど、もう1台はもし一郎さんがよかったら貰ってくれないかしら?」
ゲームか……でも仕事があるからなかなか時間は取れないだろうしな。
「まあ、答えてもらう前に実物を見てもらおうかな。これから田んぼに行くんでしょ?それが終わって時間があるようならウチに遊びに来ない?」
……。
「行きます!作業が終わったらすぐに伺います」
嬉しすぎてすぐに答えちゃったよ!秘密のベールに包まれたツキ子さんの家に俺が初めて行けるんだ~!
「そう?もし良かったら、私のウチでお昼をご馳走させてもらえないかな?」
◇◆◇◆◇◆◇◆
それからしばらくしてツキコさんと別れた俺は、畑から車で5分ほどのところにあるウチの田んぼにいた。多少浮かれてな。
「水路よし、畦に損傷なし、獣の近づいた跡もなし!よし、帰ろう!」
いつもなら一時間はかけてるのだが、今日は大丈夫!うん大丈夫。
ツキ子さんの家に行くぞ!
いや、ここは先ず落ち着こう。作業服で行くのもなんか嫌だし、一度帰ってシャワーを浴びて、きれいな下着に替えて、一張羅で行くわけにはいかんから、普段着(自分的には格好良い)で行くことにしよう。
それに母さんになんと言おう?
「友達」?いやいない!
「集まり」すぐバレる!
「正直に言う」?それが一番いいかな。
だけど、少しは考えねばいかん、変に誤解されたくないからな。
そうこうして俺は田んぼから10分ほどの距離にある自宅へと帰ってきた。
「ただいま」
築20年の我が家はテニスコート一面分くらいあるなかなかに広い家だ。
最近母さんが飼い始めたミニチュア・ダックスフンドの『ケント』と、狩猟犬のポインター『わかば』が俺を出迎えてくれた。
50歳を越えた母親が、何を考えたのか高い金を出して買ってきた犬にわざわざ父の愛飲しているタバコの名前を付けたのがケントだ。
そして、俺が狩猟を始めてから2年経った時に爺ちゃんがどこかからいただいてきたのが、わかばだ。こいつの名前は爺ちゃんのタバコからとった。
「おかえり、ご苦労様。疲れたでしょう?お昼はひやむぎだよ」
ケントにきゃんきゃん吠えられながら、家の中を進んでいくと、母さんが台所から顔を出した。
「うん、ただいま。先にシャワーを浴びるよ。それと、お昼はいらないよ」
「要らないの?どこかで食べてきたのかい?それにしては早く帰ってきたみたいね」
う、なかなか鋭いぜウチの母親は。
「ああ、実は畑で山田さんのところのツキ子さんに会ってね。前々から考えてたんだけど、俺もパソコンの操作とか覚えたかったんだ。それでツキ子さんとそんな話をしてたら、教えてあげようかって、言ってくれたからこれから詳しく話を聞きに行くんだ。ついでにお昼もどうぞってことだから、ごちそうになろうかと思ってさ」
うん、半分は作り話だけど、2050年の現代パソコン使えない人間なんてまずいないから、使えないと不便なことって結構多いから、母さんも納得してくれるだろう。
「ツキ子ちゃん?そう言えばパソコンを使うお仕事しているって、聞いたことはあるけど、……お前変なことするんじゃないよ!あの娘は年はだいぶいってるけど、美人さんだからちょっかい出す奴も村にはいるから、心配してるんだ。ご両親も早くに亡くなってるしね」
「わかってるよ。亡くなったツキ子さんのお母さんは、母さんが小さいころに良く面倒見てくれた人なんだろう?でも本当にパソコンの使い方を教わるだけだから大丈夫!シャワー浴びてくるよ」
俺はそう言い放ち、足早に風呂場に向かった。
「やれやれ、どちらかと言うとツキ子ちゃんの方が危ないかもね。一郎が小さい頃からよくウチに遊びに来てたのに、仕事が忙しいのかココ10年位顔を出してないけど、あれは少し変な目でウチの子を見てくる感じがあったし。でもまあ、あれでツキ子ちゃんも若さが残ってるからね、だいぶ貯めこんでるのかね……」
◇◆◇◆◇◆◇◆
母親のおせっかいから抜け出し、準備を終えた俺は原付きバイクに乗ってツキ子さんの家に来た。
「お邪魔します」
玄関の引き戸を開けて俺は奥に向かって声を出した。
「あら、一郎さん来てくれたのね。どうぞ、上がってちょうだい」
うはっ、ツキ子さん髪をアップにしてる!小さくて整ったお顔が輝いて見えますよ!
しかも着物に割烹着って、もう惚れました!俺は長男だけど婿にしてくださいっ!
「は、はい」
通された先は八畳ほどの居間で、中央にはちゃぶ台がある。
「疲れてるでしょう?冷たい麦茶入れるから、座ってて。座布団も使ってちょうだいね」
部屋の隅に重ねて置いてあった座布団をちゃぶ台の前に置いて、彼女は台所に消えた。
出るべきどころが出た、魅力的な後ろ姿を俺に釘付けにしたままに……。
綺麗だ。あのうなじ、胸の膨らみ、おしりの肉付きの豊かさ、左目の下の泣き黒子。
田舎にはもったいないほどの美人さんや~。
「はいどうぞ、よく冷えてるから美味しいわよ」
夢想を彷徨っていた俺が正気に戻ると、ツキ子さんがお盆に載せた麦茶を俺に出してくれた。
「いただきます」
なんだかただの麦茶でさえ、彼女が出してくれると特別なものに感じられてしまう。
「うふふ、一郎君ったら、ただの麦茶をそんなに美味しそうに飲んでくれて、おばさん嬉しくなっちゃうわ。ご飯も準備出来てるからすぐに出すわね。あ、手伝ってくれなくても大丈夫よ。私はお昼は食べないから、一郎君の分だけ作ったの。楽しみにしててね」
ご飯を出してくれると聞いて、手伝おうと腰を浮かせた俺を制したツキ子さんは、またもや魅惑的な後ろ姿を披露して居間を出た。
どぅは~~、たまらん!
あんなアラフォー女性が存在していいんですか?
大和撫子や~、もうどんな美辞麗句も意味を成さないな。ただ無心にこの時を記憶せねば!
あんな美人が手作りの料理を俺に出してくれるなんて、毎日神棚を拝んてきた御利益がついに効果を発揮したんだろうか。
それから10分ほどして、ツキ子さんは次々に料理を運んできた。
ホカホカツヤツヤの白米、唐揚げ、野菜たっぷりのお味噌汁、山菜のおひたし、きゅうりのぬか漬け、これまた具が沢山の煮しめ、などなどもうさすが和服美人!あっぱれ!
「すごい美味しそうです」
俺は見慣れたものながらも、ツキ子さん補正が効いているのか、とても美味しそうに見える料理の数々に感動していた。
「嬉しいわ。一人暮らしが長いとそう言ってくれる人がなかなかいないから、お世辞でも感動しちゃう。頑張って作ったからどれもおいしいって、言ってもらえるはずよ。特にこの唐揚げはきっとすごくおいしいわ。お隣の小川さんが、今朝採れたキジバトを届けてくれたの。それを捌いて、臭みをとって揚げたから、新鮮で美味しいと思うな。私、キジバトの唐揚げが大好きなのよね」
そうニコニコ顔で俺に話かけてくるツキ子さんがまた可愛らしい。
小川だろうが大川だろうが誰が届けたって?言ってくれれば俺が生態系を破壊してでも、いくらだって届けたものを!
「そうなんですか?俺もたまに鳩を撃ちますから、言ってくれればお届けしますよ」
「うん、ありがとう。でも私は少ない量をたまににつまむだけだから、少しでいいのよ。それに冷凍して保存してあるから今は十分にあるしね。それより冷めちゃう前に食べて。食べ終えたらさっきの話の続きをしましょ」
パクリと一口噛みしめる毎に俺は言葉に表せない感動を感じた。
すごいよツキ子さん!おいしいよお~~。
しかも、おれが食べるのを彼女が満面の笑みで見つめている!
こんな生活を送れるなら、俺は人間をやめてもいいぞぉ~~、ジョジ○ーーーーーー!
至福のときを過ごした俺は、お茶で一服した後この家の北側にある離れに案内された。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「えっと、あのツキ子さん?これは一体なんでしょうか?」
離れに案内された俺の目の前には、透明なプラスチックかなにかでできている人一人が寝て入れる程の大きさのもの(カプセルとでも言うのかな?)が二つある。部屋の中央にある電子レンジくらいの大きさの機械にコードが何本かつながっているそれは、先ほどまで今日という日の幸せに浸っていた俺には、あまりに異質なものに感じられた。
「あのね、このVR潜入用全神経読込機『ホームズ3』について説明するのは、とっても大変だから、簡単に3行で言わせてもらうわね、
人間の脳みそをスキャンして、
肉体以外のほぼ全てを仮想世界に送る。
そこでゲームをプレイする。
そのためのハードがこのホームズ3なの。
ええ、困惑しているのはわかってるわ、「なんじゃそりゃ?」って顔してるものね」
それは困惑しますよ。いくら田舎者で、あなたの美しさに現実と妄想の狭間をフラフラしていたおれでも、そんなものすごいことをいきなり言われればビックリしますって!
「とりあえず、なぜこれがここにあるのかを説明させてもらうわね。こっちに来て座ってちょうだい」
ツキ子さんは俺にそう告げて、部屋の隅にある二人がけのソファーに腰掛けさせた。そして隣には彼女が……。
◇◆◇◆◇◆◇◆
いい香りだ~。
瞳が綺麗。
ほんの少し目元にシワができてるけど、それもむしろイイです!
あ、また変な方向に向かっていたな。
彼女の説明により判明したのは以下のとおりだ。
・超優秀なSEであるツキ子さんが、実は業界では誰もが知る有名人だということ
・ツキ子さんはここ数年在宅作業でとあるゲーム会社のSEとして仕事を受けていたこと
・その仕事が終わり、半年ほど前にこのゲームの情報が公表され、世間では大変な人気になっていること
・ゲーム会社の社長に仕事ぶりを高く評価されて、ハードとソフトをいただいたこと(頼んだら3つ貰えたらしい)
「つまりはそういうことになるのよ」
ツキ子さんは、少し誇らしいのか、小鼻をピクリとさせて胸を張った。大きな胸を。
「そうですか、ツキ子さんってすごい人だったんですね。びっくりデス。オレなんて、ノウカをしてるだけでもタイヘンだったのに……」
憧れていた女性が実はこちらの想像の斜め上を行くほど、すごい存在だったなんて、すごいというか、ショックというか。
おれはなんとも複雑な気分になってしまった。
「それでね、このゲームソフトの名前は『the Great Journey Online』というの。
そして一郎君、あなたに私と一緒にこのゲームをプレイしてもらいたいのよ。
お願い!」
「はい。いいですよ」
俺は半ば気を遠くしたまま彼女の潤んだ瞳を覗きこみ、乾いた声でそう返事をしていた。