第5夜【Classmate】
他の作者さまの作品を読みまくってたら、iPhoneの電池が切れてしまいました。
邂逅
出会いとは、いつも突然にして必然
突然に必然、それは運命の悪戯か
かくして、時は動き出す
時計の針は、戻りはしないのに
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―西暦二四五○年・日本・新東京―
嘗ての人間が考えた明るい未来とは程遠い――人間は数百の時を経ても相も変わらず地べたを這い蹲っていた。地にはアスファルト、天には空を突き刺す摩天楼が聳えるそれは昔のそれと寸分違わぬ景色。
唯一、ではなく、過去より進化したものや誕生したものは勿論在る。例えば、最新の医療技術であったり、宇宙進出であったり。そして新たに生まれたものはと云えば。
「暑っつ……」
第二ボタンまで開けた白いワイシャツに黒のスラックスもとい学ランは夏服と言えど、夏場に着るのは御免被りたいと一人教室で愚痴る少年が一人。
175cm程の身の丈に無造作ヘアーと寝癖が合体したかの様な髪型に違和感は感じられず、それでいて染められていない黒色の髪に割と整った顔は至って普通の男子生徒。
ウィイイインーー……━━━━
無機質な起動音が教室内に響くことになってからどれ位が経つだろうか。百年以上も昔、一家に一台と言われていたそれは、現在の教育には欠かせないものとなり、いつからか教室に配置されることとなったらしい。
毎朝登校したら直、個人のデスクに備え付けられているPCを起動し人形の様にIDとパスワードを入力しログインを行う。それからは始業のチャイムが鳴るまでネットサーフィンをするのがお決まりの過ごし方だ。
早寝早起きをしようとしている訳ではない。だというのに、毎朝早くに独りでに起きる身体は時間を持て余しこうして朝の教室に一人でいるだけのことで珍しくも無い。
ガラッ……━━━━
この時間に教室の扉が開かれるのは珍しいと一人思いつつ、視線を一度だけ扉の方へと流す。
「やっぱり要だよね~」
何故か気の抜けた声でオレに溜息を付くこの女子生徒は天倉慧。オレこと新堂要のクラスメイトだが決して幼馴染だったりとかそういうフラグは一切無い。
女子にしては背が高く170cm、それにやけに似合うブラウンのショートヘアーに赤縁の眼鏡、それから覗く黒い瞳は何処か女子高生というよりは女子大学生だとか少しばかりか大人の雰囲気を漂わせている。学校指定の薄ピンク色のワイシャツにオフホワイトのベスト、赤と黒のチェック柄のスカート、赤いリボンを提げた格好は要から見ても可愛く映る。
幼馴染ではないがしかし家が隣というだけあって一緒に下校――登校は慧が起きるのが遅い――したりするわけだが、それだけで周りからしたら仲睦まじく見えるらしく、割と男子陣からは恨めしそうに見られているらしい。言わずもがな、女子陣は愉しんでいる。
「悪かったなオレで」
一瞥を済ませ一つ後ろの席に座る慧に一言くれてやりながら視線をPCの画面へと戻して。夏休みの中日にある悪しき風習の登校日はこの時代になっても衰えを見せず、茹だる暑さの中、少年少女を学校に集めるだけ集めて何も無く終わるのだから本当にやる気が出ないと溜息を付くのは要や慧だけではない。
「そういや慧もフェイトやってるんだっけ?」
フェイトのサービス開始初期の頃には選ばれたテスターしか遊ぶことができなかったが、最早正式サービス開始時期には待ちに待った全世界のプレイヤーが参加する形となり、十億のプレイヤーがフェイトに参加をしている。
慧も当然その内の一人――見た目は美少女系にも関わらずゲーオタ――なのだが、未だにゲーム内で遭遇したことすらないというのだから驚きだ。とはいえ、正式サービスしてまだ数週間な上、フェイトにダイブしているプレイヤーは億をゆうに超えるのだから、会える方が確率が低いものなのかも知れない。
「ん、フォレスティでやってるよ~」
間延びした声が背中を叩くと、ああ慧もやっぱり同じ種族なのかと一人脳内で相槌を打ちながらも実体のないホログラフキーボードを叩きサーフィンをしているとその内心を聞いたかの様に慧が続けて口を開く。ネットサーフィンの内容は勿論フェイトの攻略サイトだ。
「そういえば昨日スゴかったんだよ~!!」
いつの間にか回り込んでいた慧はスクリーンをバンバンと両の手で叩きながら子供の様にはしゃいでいた。一見して彼女がその様なことをしでかさないように見えるがそうでもない。キャラに似合わないことを普通にやってのけるのが彼女でゲーオタから始まり、勉強からスポーツなんでもござれかつ音楽等も嗜むスーパーガールなのだ。
身振り手振りで話す慧の話は何処か聞き覚えのあるものであるかのようだったが、要の頭の隅から出てきそうなところで留まっているらしく、眉間に皺を寄せながら聞き入っている。
「それで、結局迷子のまま夜になっちゃってね?そしたら、これでもかってくらいの蜘蛛に囲まれちゃって―――」
一つの確信が要の頭に舞い降りたがしかし、万が一違ってでもしたら笑われ者になるのは必至。迂闊に昨夜のことを喋ることは出来ないと見たのか、要は更に慧を食入るように眺めて。
VRMMOが世界に現れてから数十年の時が経つ今日、進出時こそダイブに対する偏見や衛生面で様々な面で危惧され、TVや各種メディアで物議が醸されたものだ。
だが、それも今は昔。今では、ダイブがほぼ当たり前の事で生活の一部といっても過言ではない。一生をあちらの世界で過ごすものものいるくらいに、VRMMOの価値観は現実世界と同じになりつつある。
そんな中、満を持して送り出されたフェイトは世界的タイトル故に要や慧以外にもほぼクラスメイト全員がやっていると言っても過言ではない。全員がゲーオタなのではなく、仮想現実という時間の制限が著しく外された世界で気兼ねなく何事にも挑戦できるというスタイルから、女の子が料理をしたり、裁縫をしたり。男子が鍛冶や商いに手を出したり。数え切れない趣味娯楽に没頭できるという面から見て、フェイトは唯のゲーオタだけのゲームでは無くなり、コミュニティーの役割も担っているゲームの枠を超えたツールと言える。
などと考えている内に慧の話は終盤に差し掛かったようで、慧のその語りにも一層熱が込められており、いつの間にか登校してきているクラスメイト達をも引き寄せて皆が一様にその話に集っていた。
「―――でね?何かよくわからない技でボスモンスターを倒しちゃったのよその初心者さんが!!ホントッ……信じらんないでしょ?」
慧の話を纏めるとこうだ。自身と同じクエストをこなしながら太古の森を彷徨い、迷子となり夜を迎え野宿を決意するも失意の少女の目の前に現れるはブラックシャドウの大群。それを白馬の王子様よろしく初心者プレイヤーが割って入り見事撃破し、終いには名乗らずに消えるという正にヒーローものと云える話だった。
この場でそれは自分だなどと言ってみろ。それこそ笑いもので馬鹿にされて今後何事も信じてもらえないという三重苦に終わるだろう。事の真相はいずれわかるにせよどうやって慧に話したものかと悩むのも束の間。
「ねぇ!要?カナメったら聞いてるのー!?」
この目の前のメガネっ娘をどうやって言い包め様かと考える暇もなく、慧はその顔を近づけてくる。それは傍から見ればキスでもしてるんじゃないかと思うくらい近く、反射的に顔を退けてしまう勢いだ。
「だああああーーー!聞いてるって、聞いてるってば!!だから近いっての!!」
両肩を掴み向こう側へと押し出すオレを見やり、慧はムッとまるで――栗鼠の様に頬を膨らませ腕を腰に当て仁王立ちをしたかと思いきや、もういいと捨て台詞を吐いてそのまま行ってしまった。とはいえ、後ろの席に、だが。
背中に突き刺さる視線と悪寒を感じながら、今日の半日の授業を考えると憂鬱になる脳内をシェイクするように頭を振るう。そんなこんなで考え事をしている内に忘れていたことを思い出した。
「なぁ慧。そういや、今日は聖来てねーよな?」
ホームルームが始まる直前――予鈴が鳴り終わるという頃なのに、九条聖は教室に姿を現さずにいた。学生にとって学校というものは気だるいものでしかないが、学友と合間見える数少ない場でありそれは聖にとっても変わらない。仲が良ければ必ずしもそうではないが、それでも学校で過ごす時間というのもまた特別なものであるからして、遊ぶだとか喋るだとか学食を食べるだとか。聖が学校に登校する理由はたくさんある。
二人で教室を見回しても聖は見当たらず、教室に備え付けられたスピーカーから抑揚の無い機械音がホームルーム開始のチャイムを鳴らした。
「おーっし、ホームルーム始めんぞー。早く席に座らないと遅刻にすんぞー」
化学系の教師を務めることもあってか、我らがBクラスの先公こと黒鉄呼人はいつも通りの見慣れた白衣に身を包み教壇に立つと、チャイムと肩を並べるような抑揚の無い声で生徒たちを席に座らせた。
白衣はアイロン掛けもされていない事を窺わせる程に皺があちこちに広がり、それは最早呼人の人柄を鮮明に現しているといってもいいだろう。見慣れた生徒たちには何事もないけれど、初めて授業を受ける生徒や親御さんが見たら教師かどうか疑いもするレベルだ。
そんなこんなで教壇に立つ呼人はいつの間にかPCを立ち上げたのか、名簿をホログラフ上に表示させると出席の確認を取りつつ、生徒の名前を読み上げていく。
ガラッ……━━━━
「間に合った……か……?」
丁度その名前が呼ばれようとした時、前側の扉がスライドしてその男の声だけがホームルームで静まっている教室に響く。
180cmを超える長身に無造作に跳ねている焦茶の髪の毛に真っ黒な瞳。走ってきたのか息を僅かに乱しながら入ってきた聖を目に、女子一同はひそひそと言葉を交わしていた。無論、頬を赤らめて。
「お前が遅刻なんて珍しいな聖」
呼人がそう言えば、クラス一同がそう思ったことだろう。何せ、聖は文武両道で通っているのだから当然と言えば当然。要や慧だって当然その内に数えるが、二人は大体の事を察したような顔を浮かべ、ばれないように俯きながら笑っていた。
その一部始終を見ていたのか席に着くや否や、要と慧の背中に聖の視線が突き刺さる。その痛々しい視線を確信として。嗚呼、やっぱりそうなんだなと二人はまた思う。
「んじゃ、今日半日頑張れよおめーらー」
呼人の締まりのないセリフでホームルームは幕を閉じた。ともすれば、生徒たちは緊張の糸が途切れたような勢いで騒ぎ出しそれぞれの話題に花を咲かせる。
勿論、要と慧、それに聖はフェイトについて。他の生徒たちの多くもやってはいるが彼等は三人だけでつるむ事が多く、それを他の皆も承知している。云わばクラスによく在る仲間内というやつだ。
「よー聖、お前どうせまた遅くまでやってたんだろ」
含み笑いをしながら窓に凭れ掛る要が言う。慧は巨大な積乱雲が聳える空を窓から眺めていた。
「うるっせーなぁー……いいだろーが、せっかくの夏休みなんだしよ」
顎を掌に乗せ、逃げる様に視線を窓の外へ投げる聖はやはり図星の様だがしかし、その表情にはそれ以上に楽しくて仕方ないという感情が見え隠れしている。
「そういやぁ、聖お前……もしかしなくても、アルカディアか?」
顔は窓の外を向きつつも視線だけを要へと移し、そうしてまた視線を戻すことで返事とした。それを見やり、要は嘆息をひとつ。
フェイトオープン前には一緒にフォレスティでプレイしようと話しをしていたというのに、ミスにしろ故意にしろ、共に狩りをしようだとかそういった楽しみが一切できなくなってしまったことに要は肩を落とした。
「悪い、何かバグでな」
申し訳無さそうに向き直すといつものチャラけた雰囲気を押し止め、聖は俯きながら呟いた。慧はその素振りをほんの少しだけ見やるとまた直に窓の外へと視線を戻した。
フェイトのアカウント登録は勿論生体指紋登録の為、一人に対して一つのアカウントのみ適用される。また、登録が面倒なこともあってか作り直しは手間が掛かるものや、そもそも出来ないものもある。残念ながら、フェイトは後者になるが、出来ない理由については特殊なその戦争というテーマが根幹にあるからに他ならない。
「気にするなって。ただし、フェイトん中で出くわしても容赦しねーからな」
何しろ、途中までやっていた種族を見限ってもう片方へ行けば、ストーリークエストが進んでいる際には情報が駄々漏れになることは容易に想像できる。
「お前こそな」
少し残念そうにしながらも要はそう言うと慧と一緒に窓の外に浮かぶ巨大な積乱雲を眺めて。
「ありゃーラピュタでもあんじゃねーの?」
続け様にバルス等と戯れる要と慧の背中を見詰める聖の表情はどこか羨ましそうに、悲しそうに窓に映った。
半日といえど彼等の貴重な夏休みの時間を浪費されると思えば一日にすら感じてしまう登校日も漸く終わりを告げ、爛々と輝く灼熱の太陽がアスファルトを照り尽くす中、下校をしている。
過去の人からすればまだ歩いているのかと呆れてしまうかもしれないがしかし、人類は何でもかんでも発展を遂げたわけじゃない。フェイトの様な仮想体験型オンラインゲームが発展したのも偶然というしかない。
「あっつい……」
そもそもの始まりは軍による仮想訓練だった。
それまでの軍の訓練というのは実弾を交えた実践訓練であって実戦を模したものではあったが程遠いものだったがしかし、ホログラムの発展により今までの訓練より遥かに実技的でありながら金銭的政治的に見ても高度なものが産まれた。
それが仮想体験技術――その場にいながらにして、様々なものをより現実的に感じることができる正に字の如く仮想の世界を体験する技術。
「聖はともかくとして、要は一度フェイトの中で落ち合わない?」
室内に居ながらにして戦場を体験し、より高度な技術と体験を身につける事ができる仮想技術は軍により飛躍的に発展を遂げ、遂にはそれが一般の人々にまで提供されるに至った。
「別にいいけど、驚くなよ?」
要にしてみれば今後何と言われるかわかったものではない大事な一面だけれど、慧にしたら何故そうなるとしか言い様がない。頭上にはてなマークを引き出している慧の顔を見ると、頭が重くなったのか要は掌で頭を抱えて。
「んじゃ、とりあえず中の時間で十八時にエルフィン中央広場にな」
慧にとりあえずの予定を伝えるとその様子を見てか聖は彼女と同じく不思議そうに要を見ていた。
「ん、あぁ……まぁちょっとあってな。ま、あっちで会ったら頼むぜ。オレの名前はアルマだ」
言う気にすらなれないのか、要は聖にそう言うと納得した様に聖も頷いて見せた。
「そうか、オレはヴェルゼだ。お前も色々と大変そうだが頑張れよ」
ふっと小さな笑みを浮かべる聖は何処か寂しそうに見えたが、彼等の目に止まったかは定かではない。
他愛ない会話に華を咲かせて歩く事数十分。綺麗に舗装された並木道に囲まれた閑静な住宅街の十字路に差し掛かると、三人は自分の道を往く様に別れてそれぞれの自宅への帰路に着いた。
要は自宅に着くとそのまま自室に戻り、ベッドもといベッド型のヴァーチャルマシンに横になる。涼しそうなアクアブルーの蛍光灯がベッドの縁から燐光の様に煌くそれはちょっとした夜のネオン街を思わせる様なイメージで。以前は高価で手が出せなかったヴァーチャルマシンも今では一家に一台と言える値段になっており、要はいの一番に買ったものだ。
まるでベッドの質感にも似たヴァーチャルマシンに身を埋めると、ヘッドセットを頭に付け目を瞑る。ヴァーチャルマシンとヘッドセットが起動し、脳波を刺激、受信することで仮想世界への転送が開始される。
「……」
今日も色々な事があったなと思い返しながら、要は静かに精神を闇に沈めて行く。ちょっとした浮遊感には未だに慣れない。足元がわからず、左右上下もわからない暗闇の世界。自身が其処にいる実感すらなくなり、それが妙な焦燥感に変わっていく。
そんな奇天烈な思考をするのも束の間、身体がバラバラに消えて行く様な感覚が頭に焼きつき、そして違う場所――フェイトの世界で再構成される。
痛みが無いが何処と無く気分のいいものではない。毎度の事ながらこれだけはどうしようもない。悪いイメージも頭の中に浮かんでくるし。
「だから嫌だったんだ……」
まぁそんな些細な事はどうでもいい。今はこの状況を何とかしなければな。
要は時間ぴったりに来た昨夜の少女の表情を見ながら苦笑を一つ、二つ、三つ。もうどうにもならない自身の表情は今の彼女にどう映っているのだろうか。
現在時刻は十八時を少し回った頃合。深緑に囲まれたエルフィンの街並みは夜の街灯にライトアップされ幻想的な雰囲気を放ち、行き交う人々の視線を奪っていた。そう、ほんの少し前までは。
「えっーーーーーーーーーー!!」
少女の悲鳴にも似た絶叫が、エルフィンの夜に木霊する。
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