第4夜【Title】
この作品は某歌手さんのある一曲を聴いて作られました。
限界
それは、枠という名の呪縛
それは、可能性を妨げる束縛
人は、限界を取り払える
己の、浪漫の為に――――
━━━━━━━━
―エルフィン南部・太古の森―
群青で塗り潰された天蓋に浮かぶ満月は妖しく笑うかのようにその姿を次々と変えていく。夜のカーテンに隠れる度に満月から半月へ。半月から三日月へと変えていくその様は魔性を体現する魔女のようにさえ見えた。
まるで、遥か眼下に横たわる深淵の森で起こっている出来事を、否、これから起こる出来事も含めて、まるで全てを見通しているかのようで薄気味悪くも見えた。
そして、それは起こった。
ォォォオオオオオオーーーー………━━━━
夜の帳に包まれた深緑の森、刺さる様な視線に凍える様な冷気が何処からか流れ出ている。熱帯雨林を模したフィールドであるにも関わらず、それは留まることを知らず尚も拡大していく。
逃げる様に次々と、見えないそれをまるでそこに在るかの様に後ろを振り返りながら、野生たちは慌てふためき夜の森を駆け抜ける。その向こうにあるものを、何かも判らずに。
ピピッ……━━━━
自身を振るい高める為に叫びを上げてからやたらとシステム音が耳元を擽っていた。それが何であるかは理解できなかったが、何も理解する必要なんて無かった。
人間であるにも関わらず、機械的にそれが頭の中へシフトされているのが理解できたからだ。そして、それが何であるかを体感した後、笑みが止まらない自分に恐怖したのを覚えている。
《 固有スキル―――流星 取得 》
激昂し、高ぶるダークシャドウに煽られ、周りで静観を決め込んでいたブラックシャドウらも野生の本能を同様に高ぶらせ蜘蛛の巣を囲むように押し寄せてきていた。
少女からはもう、異形の蜘蛛の集団に五体バラバラにされた挙句骨しか残されていない少年の姿しか想像できない程だがしかし、錯乱しながらもただ無事を祈るように手を握り締めた。
「安心してくれ」
刹那、時が止まり二人しかいない世界に舞い降りた幻想を見たかの様に、優しい声が蜘蛛の檻の中から漏れ出ては耳を揺らした。それが耳朶を打った瞬間か打つ瞬間かは判らないが、彼女の強く握られた掌と強張った頬が緩んだのを彼女自身は気付いただろうか。
「固有スキルねぇ……こんなに早く手に入れるとは思ってもなかったな」
厄介者を手に入れたかのように一人呟きつつも、身体は打ち震え早く試したい衝動に駆られて。
固有スキル――ジョブスキルと違ってプレイヤー個々に与えられる特殊スキルを総称して固有スキルと呼ぶ。そのどれもがどういった経緯で発現するのか解明されていない未知の代物だが、運営側からはちゃんと情報として固有スキルの存在が認められている。
ほぼ全てと言っていい程に、最強、否、特化に特化を重ねた一辺倒の強さを持つことから決して優れたものだけではないが、使い手によっては無類の強さを発揮するものとして固有スキルの所持がトッププレイヤーとの分れ目とも言われている。
更に、固有と云われるだけあって、一度発現した能力が他のプレイヤーに現れる事は無く、最強の一歩へという意味合いへ拍車を掛けている。
ジャリッ……━━━
間合いを見計らう剣士同士の戦いを彷彿とさせるかの様に、ダークシャドウとアルマは蜘蛛の巣の中で円状に歩き始める。張り詰めた空気の中仕掛けるのは愚劣な無謀者か智を兼ね備えた賢者のどちらか――勝負を決めるのはいつも後者で、それは勝敗を決した時まで判らない。
だが、それでも。
「ま、折角手に入れたんだし、じゃじゃ馬だって使いこなして見せるさ」
常識という言葉が気に食わないアルマだから。
「行くぜ――《流星》!!」
真夜中を眩しく照らす銀色の光がアルマを中心として広がっていくのを彼女は見た。それは眩くも軽やかで強烈な光ながらも眼を覆い隠すような素振りをせず直視していられる不思議な光。
ヒュッ……━━━
瞬間、少女の視界から、意識から少年の姿は塵芥の如く掻き消えた。置き土産の様にして残るは、爛々として光る白い光に合わせて雪にも似た白い燐光。そしてそれが降り注ぐその光景はまさに流星。
ダークシャドウの十の瞳に蜘蛛の巣を縦横無尽に駆け巡る白い線が仕切りなしに映っては消える。レベル差がありボスであり、予想が上回ろうともスピードを超えなければそれは意味を成さない。当らないのだから。それを知ってるかの様にダークシャドウは目配せをするだけで攻撃態勢に入ろうとはせず。
だが、少女は嫌な悪寒を拭い去れずにいた。
通常個体より強い亜種であったり、中ボスであったり、それらのどれもが手強く、時には前線で戦うプレイヤーであっても苦戦はするがしかし、ボスモンスターは一線を画す。
それがフェイトのボスであり、《開拓者》をも唸らせる所以でもあった。
アルマの固有スキル《流星》は一定時間の間に限り、ステータス以上の速力即ち《AGI》を発揮できる自己ブーストを目的としたアクティブスキル。見てわかる通り、アルマが幾らスピードに特化したステータス割り振りをしていようと今の現状には到底届かない。
何らかの経緯で発現した固有スキルはそのアルマの考えを具現化したといっても過言では無い。嬉々として戦うアルマの表情を見ていればそれが手に取るようにわかる。
今の彼は自身の理想を手に入れた位置で戦っているからこそ、余裕という感情と余韻に浸かっているということだ。
「《流星》とはよく言ったもんだ……ぜッ……!!」
白い線が描かれる其処から少年の声が漏れる。何処か余裕じみたその声に安心感を感じる事ができたがそれでも、少女の想像はそれを瓦解させるかのように直後に起きた。
バリッ……メキメキッ……━━━━
それは白い線に囲まれながら起きた突然変異。何処かおかしくも見えるそれは光を浴びて艶やかに栄えて映り、異形から妖艶さへと姿を変えた。
蛹から成虫へ脱皮するのとは違う。在るべき姿に戻ったと言う方が正しいそれは、本当の意味でのボスモンスターとの対峙だった。
「はっ……!?」
瞬間、振り下ろされた大鎌に捉えられたアルマは地へと叩きつけられる。反動で肺の空気と一緒に血反吐が吐き出され、アイルは現実世界の時間を取り戻す。
「憎きフォレスティの子よ……」
言の葉と共に振り払われた紫紺に光る大鎌は降り注ぐ月光さえも吸い取り、戦慄を奏でるようにぎらりと閃光を放つ。
異形の蜘蛛の殻を突き破り現れたのは褐色の肌を露出させた女性。それがキャラクターで完全な人型なら誰しもが恋に囚われるであろう美貌を振りまきながら、その表情を歪めて。
ボスモンスターのレッドネームがいつの間にかその呼称を変えて―――暴虐の女王・アラクネは次々と姿形を変形させ、正にそれは怒りと同調しているようだった。
アイルはそんな眼前の蜘蛛女を見ながら考える。
スピードがあるだけじゃ勝てない
攻撃を避けるだけじゃ、相手にダメージは与えられない
避けるだけなら問題はないがしかし、それにも制限がある上にダメージが与えられないのでは体力が尽きたら最後、その大鎌に身を捧げるのを待つだけ。
どうしたら、どうしたら攻撃が通用する
先の針を刺した様な小さな攻撃なら通る。だがそれだけではいつまで経っても相手を倒す事は出来ない。むしろ、千回で倒せたとしても千回の攻撃をする前にこちらが疲弊して死ぬだろう。
なら、どうする
一つの答がアイルの中に生まれようとしていた。
「滅べ……私の呪いの払拭として!!」
その思考を断ち切るように、アラクネの八つの大鎌が振り下ろされる。瞬きも赦されない中、アイルは流星と化してその一撃を避け、再度アラクネの周りを駆け始める。
ダークシャドウのアラクネへの変化は恐らく真の能力の開放。未だその片鱗を見ることはできていないが、ステータスのアップと攻撃パターンの追加がそれと見ていいだろう。
「だとしたら、一撃でもやばいな……」
短く舌打をしながらそんな事を考えるも、嘲笑うかのようにアラクネの鎌は腕に掠る。掠っただけに関わらず体力ゲージは五割を削るその攻撃は、先程の斬撃と同じもの。やはりステータスアップはされているようだ。
「うろちょろと目障りな蝿めがッ……」
僅かな傷を幾つか傷付けた後、生まれようとした答より先に、女王が痺れを切らした。
絞るような怒気に次いで放たれるは小さな無数の蜘蛛の糸。
スピードを手に入れたアルマだが、緩急を付けた速度の増減を行えるかはまた別の話。言ってしまえば固有スキル《流星》を完全に扱えるレベルには達していないということ。
幾重にも繰り出される蜘蛛の巣を避け続けられるのも後幾許かの時間しかない。
「チィッ……!!」
その後悔と共にそれはアイルの身体を奔った。
糸を辿るように放流する雷電はアイルを打ち貫き、尚も身体の内側から痛みを駆け巡らせる。
「我が《稲妻の鋼糸》の消し炭と成れ!」
骨を軋ませるような電撃が身体を奔る中、アイルは再び先程の解を手繰り寄せる。
力は、筋力だけでは産まれない。それが、アイルが出した答で単純明快なゴール。
剣の刀身は何故、物体を切れる?
筋力だけなら押し潰すか押し切るのが精一杯。だが、其処に速力が生まれれば刀身は本当の意味で刃となり、斬る
「こんなところで…ッ…フラグを立てたままッ……」
そう――《流星》のコース上で速力に刃を連ねれば、それが唯一無二のアルマの力《STR》へと姿を変える。
「死ねるかってんだよおおおおおぉぉぉぉーーーーーーーーー!!」
ピピッ……━━━
《固有スキル《流星》を発動するSPが足りません》
絶望は姿形を変え、システム音となって鼓膜を揺らす。
「発動しろよ!ここでできなきゃッ……意味がねーんだ!!」
だが、アルマは限界を飛び越える。
《称号「超走者」のパッシブスキルをオンにします》
システム音は悉く変わる状況をつらつらと述べていく。
さっきは気にも留めていなかったシステム音だが、今はアラクネの攻撃を避けつつ、助けを乞うように耳を傾ける。
《称号「超走者」のパッシブスキル効果によりHPを糧にSPを使用することが可能になりました》
成程と納得しながら「超走者」とは良く言ったものだと独白する余裕を自身で嘲笑する。そんな余裕は何処からどう見ても存在しないのに、余裕を自身で作っているからに他ならない。
ある意味で、危機的な状況にありながら余裕を作れるというのはどんなスキルやステータスより大事で最強なんじゃないかと思いたくもなりつつあるアルマがいた。
「超走者」――称号「超走者」の所持者はその名の通り、限界を超えて走る(戦う)ことができる。HPを犠牲にSPを使用可能にすることで、固有スキル《流星》を常時使用可能にする、正に組となるスキル。とはいえ、アルマの身体がそれに耐えられればの話ではあるが。
改めてアイルは口にする。
「《流星》―――発動!!」
稲妻の網を脱し、大剣を逆手に持ち替え疾駆する。それは宛ら道化の様に現れては消え、現れては消え、暴虐の女王を翻弄し、傷を刻みながら、手中に収めていく。
「終わりだ……アラクネさんよ!!」
光速を手に入れたアルマは暴れまわるアラクネの正面へ跳躍する。
「これで最後だあああぁぁぁぁ―――《ハイスラッシュ》ウウウウゥゥゥーーーーー!!」
《流星》の速力に通常攻撃ではなく、止めの一撃――強打の《ハイスラッシュ》を重ねる。白い光から刃だけが流れる動きで獲物を捕らえる為に伸びる。
「私は……私は、女王だぞ、《稲妻の鋼糸》!!」
最後の一撃といったところか、アラクネは最大出力であろう電糸をアルマへと吐き出す。
暗黒の中、昼夜が如く明るく照らし出されるその光景に少女は腕を翳しながらも最後の一幕を見届けまいとその場を凝視する。見る見る内に減っていくアルマの体力ゲージを遠めに見た彼女は走り出す。
『おおおおおぉぉぉぉーーーーーーー!!』
両者の雄叫びが重なったその瞬間、光は爆光が如く煌き、染み渡るように太古の森を包み込んだ。
その眩い光を受けて、闇の異形たるブラックシャドウも塵になり風へと乗って霧散する。
速力を手に入れた大剣は文字通り真空を纏う刃と化して、アラクネの強硬な外殻を切り裂き両断した。同時に、アラクネ最後の電撃はアルマの体力ゲージを根こそぎ奪い取りソウルへと達した。
「こんのおおおおおぉぉぉぉーーーーーーー!!」
アルマの一撃――その威力たるや絶大なのは見ての通り。力《STR》のみでは生み出せないアルマだけの力。だがしかし、アラクネとてこの森の女王。死して尚もその電糸はアルマを放そうとしない。
ァァァアアアアアアーーー………━━━━
立ち込める光はアルマとアラクネを中心に収束を開始すれば、強烈な炸裂音を伴いながら伸縮する様に光が呼吸をして。
「これでオレも……ヒーロー……だな……」
光が破裂するその瞬間、光の中に少年の笑みを見た。何処か楽しそうに笑うその表情は少女に確かに向けられていて。その直後、破裂した光の中から今度こそ強烈な光がその場を包み込み、少女は思わず顔を覆い隠した。
ォォォオオオオーーー………━━━━
その場に残るは少女のみ。
少年も、アラクネも、起こった全てが嘘のように掻き消えて。
ピピッ……━━━
《 プレイヤー・アルマ、暴虐の女王アラクネ撃破により称号「暴君」獲得 》
《 プレイヤー・アルマ、太古の森クリアにより称号「森の守護者」獲得 》
《 プレイヤー・アルマ、ボスモンスターからのプレイヤー救出により勲章「背中の傷」獲得 》
その場に鳴るは、戦果のみ。
少年はまだ知らない
《 太古の森のボスモンスター、暴虐の女王・アラクネが撃破されました 》
勝利が残す、その意味を
システム音が、フォレスティに響き渡る。
━━━━━━━
ご意見、ご感想等ありましたら宜しくお願いします。