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Cross Fate Online  作者: 邪夢
6/53

第3夜【Bloodiness】

 血染め

噴出す鮮血に、迸る血戦

肉を抉られる感触に、肉を斬る感覚


高揚感に身を埋め―――やがて、覚醒する


可能性が今、産声を上げる


━━━━━





―首都エルフィン南部・太古の森―


 キリキリキリキリッ………━━━━━


 夜の帳が森を包み込む頃、其処だけが真昼間と同じ刺す様な獰猛さに包囲され、挙句の果てには耳を劈くような金切音とそれを発する醜悪で異形な蟲の大きな口に晒されていた。

 まるで食べ残しのように森の彼方此方には食べ掛けだったり手付かずの獲物だったりと、本来彼等が食すであろうリビングもとい糸の巣には一匹も姿は見えず、ある意味で森の其処以外は静寂と平穏に包まれていた。


 意気込んだもののどうするかという心の嘆息がまず最初に浮かんだ考えだった。我ながら格好いいと思いたいところだったが、それはこの後の出来次第ということで、そもそもその良し悪しを左右するであろう眼前の敵を再度見据えたがしかし、何度見ても赤いネームと見えない不可視のレベルが絶望感しか与えない。


 イベントではないだろうが恐らく他の蜘蛛は手出ししてこないだろうなと、絶望する裏腹に一人独白する余裕さえあったのか、背に隠した彼女を一瞥する。


 「立てるか?」


 見たところ同じジョブではないものの初期装備と窺えるものばかりで身を固めている少女は声を出さずに首を縦に振った。外傷は膝に擦傷がある位で他に見受けられるものはないから嘘や我慢で返事はしていないだろう。


 幸いなことにこの蜘蛛の糸は絡め取る能力は高くはない為、最悪彼女一人だけならば逃げることはできるだろうと踏んだアルマは再三叫び声ともいえない異形の音波を腹の底から捻り出す怪物を凝視した。


 ダンッ……━━━━


 アルマは考える――だが、明確な案は出ず。


 格上且つボスモンスター且つ未知数の相手。そして自身は経験も装備も何も持たないビギナープレイヤー。まず出切る事は相手の出方を実践で学ぶこと。

 正気の沙汰じゃできない所業も、フラグと勘違いしているヒーローになら可能なのだとアルマは自身で罵倒しながらも自らを奮い立たせ突っ込んだ。


 「シャアアアァァァァーーーー!!」


 大鎌の様に鋭い八本の脚は一本ずつ、苛めるようにアルマへと多段攻撃を繰り出す。決して遅くはないその攻撃にアルマは地面をブーツの底で叩いて一撃を避けては次いで薙ぎ払われる二撃目を屈んで避け、三撃目をその脚をまた叩いて空中に逃げた。

 手応えを感じたかの錯覚を覚えたアルマだが何のことは無い。八発中半分にも満たない三発を避けただけであり、空中に身を置いた以上、余程の事が無い限り物理的に防がなくてはならない。

 甚振る様に振るわれた四発目、まるでフルスウィングされた金属バットが鳩尾に入ったかの様な強烈な殴打が全身に痛みを駆け巡らせ、その巡る痛みは衝撃を産み、アルマを背後の太い幹へと吹き飛ばした。


 「がっ……」


 込み上げる血は喉を通り越し苦味だけを後味として地面へと飛び散る。

 現実世界でもそうはない血反吐という体験をアルマは存外と楽しむ様に笑みを浮かべ、木へ寄りかかるようにして口を拭いながら再び剣を構えて。


 ジャリッ……━━━


 先程の攻撃――正確には一撃でアルマの体力ゲージは七割以上消失していた。

 ボスモンスターで更にかなりのレベル差があるということから妥当な一撃だと割り切ると同時に、二撃連続で攻撃を食らうことは死を意味する事を脳裏に刻んだ。


 死ぬ事によるペナルティは過酷なもので、キャラクターにはソウルと呼ばれる所謂復活限度回数なるものが初期設定で十まで設定されており、これがゼロになることでキャラクターロストに繋がる。

 ソウルの増減については諸説あるが、始まったばかりのタイトルということもあり未だその全貌は解明されておらず、解析を主とする後衛プレイヤーたちが血眼になって研究しているとのこと。


 はっきり言って十回死んでも勝機が見えてこないボスを相手に無駄も何もあったもんじゃないが、それでも愛着が湧いているキャラクターをロストするという事態だけは避けなくてはならない。


 「蟲だか蜘蛛だかボスだか……知らねーけどよッ……――《ハイスラッシュ》!!」


 ジャンプ一番からの回転一刀両断を繰り出す。が、しかし―――


 十の眼からしてみればアルマの動きは手に取る様にわかるようで。

 攻撃されるであろう箇所から攻撃が発生するであろう場所まで予測してはそこに八本の鎌を構えとけばそれで終わりの簡単なお仕事。


 初期装備の大剣とはいえ、キャラクター次第では岩をも斬るその刀身を差し出した脚一つで弾き甲高い金属音を響かせる。そんな蟲がいていいのかと一人独白するも此処は仮想世界であって現実世界ではない。


 振り下ろした剣を弾かれたアルマはその遠心力で再度樹木へと吹き飛ばされる。背骨に激しい痛みが奔ると同時に直接的な攻撃ではないとはいえ、衝撃の反動で体力ゲージが僅かに減少するのを横目に見た。

 腰に提げているポシェットに腕を突っ込み乱暴に掻き回してはお目当てのレッドポーションを取り出し一気に口へと流し込む。苦虫を噛み潰したような表情を浮かべて。


 「勝てねーなこれは……」


 その言葉の意味を理解していたのかどうかはわからないけれど、呟いた本人は笑っていたように見えて。微かに頬から滲み出る血を指で拭い去れば、その嘲笑とも思える笑みは掻き消えた。


 ダンッ……━━━━


 だけどな―――


 「死ぬのは、テメーだあああああぁぁぁぁぁーーーーー!!」


 その眼孔が宿すものは先の彼のものとは違う。双眸に覗くのは勝利と勇気。それが、勝てないものだとしても、負けると判っていても止まる事の無い勇猛な。



 アルマは《グラディエーター》にして《AGI》に特化した超スピード型。全てをスピードに特化した彼は初心者であるからこそ今はいい。けれど、何れトッププレイヤーのクラスに到達したと同時に嘲笑われる。《AGI》以外のステータス――即ち前衛に必要な火力を生み出す力《STR》が、壁に必要な体力《VIT》が同職と比べて極端に低いから。

 紙装甲、低火力だのと馬鹿にされ、罵られ、仲間外れになるのは火を見るより明らか。それでもアルマは突き進む。ゲームシステムなど関係無しに。否、画面の外だけで抗う今までのとは違う仮想体験だからこその可能性を信じて。


 初期ステータスポイントは一律10ポイントで一つのステータスの限界値は150となっている。無論、上げれば上げるほどステータス1に対してのポイントの割合が高くなる。初期のステータス全てを一つに捧げるビギナープレイヤーはいない。極振りと呼ばれるそれにはメリットよりデメリットが多く、いわばネタやロマンと呼ばれる部分が極端に多いからだ。魔術師系等の所謂魔法職ともなれば、話は別だが。

 けれども、前衛であるにも関わらずアルマは初期ステータス全てを《AGI》に捧げた。



 差し出された鎌を回転様に目視する。


 「そう……来ると思ってたぜ!!」


 回転しながら、差し出されたその巨大な脚に着地するや否や、潜り込む様にして蜘蛛の胴体下へと滑り込む。



 稼動し始めてからまだ一年にも満たない世界最大の仮想体験型MMORPG――フェイトには、プレイヤーの想像し得ないシステムが数多く存在しているとされている。リアリティを追求したものや、ファンタジーを追及したもの。果てには摩訶不思議なものまで用意してあると運営側が自慢げに鼻を鳴らす程だ。


 その無数にあるシステムの中でプレイヤーが最も気になるものが、固有(エクストラ)スキルシステム。

 何が発端で、どんな種類があるのかがわからない、言えるのは唯一つ。そのキャラクターの特徴を現すということのみ。



 十の眼が成す予測から逃れることは困難だがしかし、予測を立てられるということは裏返せば相手の行動が判るということ。見る限り相手のステータスに《AGI》が高いという所は現時点では見受けられない。

 差し出されるであろう腕が予めわかっているのなら、その予測に付き合ってやればそれでいい。


 スライディングで潜り込んだ胴体下には脚も届かない。ダークシャドウは慌てふためき急いで移動しようと試みるが時既に遅し。

 アルマの刀身がぎらりと鈍い銀色を放ち穿たれる。


 ビュッ……━━━


 が、その音を耳に入れた時には既に遅く。

 視界の端にそれを捉えた時には更に遅く。


 不定形物が勢い良く、それこそ風を置いて往く程の速度で放たれる。ダークシャドウの腹から噴き出されたそれは、徐々に見覚えのある蜘蛛の巣独特の形へと姿を変え、空気に触れる度に強度と粘着力を増していく。


 「ッ……糸……か……!?」


 本来ブラックシャドウらにこの様な強度を誇る糸は必要無い。囲んでしまえばそれだけで彼等の餌食になる他道は無いからだ。

 けれども親玉――ダークシャドウは違う。森全体を、子分らの分をも我が手中に収める彼はどんな場面であっても取り逃がすことは赦さない。野生の本能が、腹の虫が叫ぶから。唯、それだけのこと。


 腹から放たれた糸は瞬く間にアルマの周りに張巡らされ、蜘蛛の巣と呼ぶべき場へと変化を遂げた。

 一辺にでも触れようものなら、そこから巻き取られ自由を奪われる。意識が在る下での束縛というのは存外死より恐怖を駆られるもので、獲物の気持ちともいえるべきものを味わわされることとなる。


 「おい……!」


 アルマの悲鳴を帯びた声が蜘蛛の巣の外へと飛ばされる。


 最早一刻の猶予も無い。蜘蛛の巣に戦っていたアルマが捕まった以上、彼女との間に邪魔な障害物は無くなった。そうなれば、ブラックシャドウの大群がいつ彼女に殺到するか。


 「アンタは逃げろ!」


 彼女とてソウルを一つ失うのは最悪の事態といえるだろう。ましてや、数回とはいえ斬り合ったアルマの努力というものが報われぬということも。


 ブシュッ……━━━


 背を向ける弱き生物に怒りを覚えたのか、ダークシャドウは鎌を一振り、背に赤い筋を擦りつけた。


 「こんのっ……!!」


 体力ゲージが再度半分を割ったところでアルマは振り向き様に一撃を放とうと振り払うがしかし、寸でのところで踏みとどまる。糸といえど生半可な強度ではない上に粘着力にものを言わせて絡め取られてはどうしようもない。

 何も出来ない弱さを食い縛りながらアイルは再び彼女へと視線を送る。


 どうやっても勝てない相手に立ち向かうまではよしとしよう。

 けれど、勝機と逃げるチャンスを逃がしてしまっては唯の愚行でしかない。


 力《STR》が無い以上、アルマにできることは彼女が逃げるまでどうにかして注意を引く他無い。


 「この……ヤロウ……ッ!!」


 蜘蛛の巣に捕獲された以上、攻撃できる箇所は必然的に奴の胴体部分しかなくなる。

 振り払われた刃は一筋だけ涙を零すかのようにダークシャドウの外皮を引き裂いて。

 微かな痛みに激昂したのかダークシャドウは暴れまわり、アルマはその巨体に押し潰されそうになりながらも地面を這いずり回る。


 耳障りな息遣いが全身に巡る度に身体が熱を帯びて頭が麻痺の感覚に襲われる。

 リアル過ぎる感覚に身体が悲鳴を上げているのか。今の自分を自身で見たらさぞかし滑稽に映るだろう。ヒーロー気取りで助けに入っては何もできずに犠牲だけを支払うその様に誰もが腹を抱えて笑うだろう。

 それはいい。だけれども、信じた道に裏切りを残すことだけは赦されない。嘗て画面越しで笑われた記憶を甦らせ、それを糧に燻らせていた火種に再び、そしてあの時よりも強い炎を灯せ。


 「がッ……」


 這いずり回る背中に夥しい数の血筋が刻まれる。体力ゲージが半分を割る度にレッドポーションを浴びる様にして飲み干す。支給品のものを合わせてもそう数のあるものではない回復剤は直に底を見せた。


 残り数個のレッドポーションを見詰め、アルマは覚悟したかの様に冷や汗を仕舞い込みダークシャドウを見据えた。本来なら、そのレッドポーションの個数が残された命の残数で、ひとつ、またひとつと消えていく度に恐怖は増していく。


 レベル5のビギナープレイヤーがボスモンスターを倒すなど土台無理な話だったのだ。

 ただ、それでも退けない理由が在る。


 「逃げないなら……よく見とけよ……《AGI》の可能性ってやつを!!」


 後ろ目に逃げもしない彼女を見やるとアルマは勝ち誇ったように笑みを浮かべて叫びを上げた。

 まるでこれから起こる出来事を予想してたかのようなそれは案の定、眩い白色の光を帯びて―――


 《 称号システム――起動 》 


 横で機械的な音声が鳴る。

 ビギナープレイヤーに奇跡が起きた瞬間である。


 《 プレイヤー・アルマへ称号「超走者(オーバーラン)」付与 》


 気分がいい

 耳元で鳴るシステム音なんかどうでもいい位に


「ぁぁぁぁぁああああああああーーーーーー!!」


 世界が、加速する―――


 そして、立て続けに二度目の奇跡。

 有り得ない。レベルが、経験が豊富な者程、そう言いたくなる光景がアルマを包み込んで往く。


 《 固有(エクストラ)スキル―――流星(ハイウェイスター) 取得 》


 ごまんと生まれ、そして廃れていったVRMMO。語り継がれる数多の伝説の中、アルマと同じく《AGI》に生きた偉い人は言ったらしい。


 『 最速は、最強をも凌駕する 』


 Cross Fate Online--フェイトの中に、一つの伝説が産声を上げた瞬間だった。


 ━━━━━━━


ご意見、ご感想等ありましたら宜しくお願いします。

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