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森の魔道師  作者: またき
3/4

後編

ルゼの許可が下りないなら勝手に行ってしまえばいいんじゃないか?

そしてルゼが帰ってくるまでに帰ればなんの問題もない。1人は心細いけど、森を出てみたいという好奇心は押えられなかった。


朝ご飯を食べ、ルゼをにこやかに送り出した後、しばらくして家を出た。

彼の行く方角へ、森を下って行けばきっと街に辿り着くだろう。必死に彼の足跡を探し、獣道に足をとられながら歩いていく。

…正直、体力ないのを忘れていた。

どれだけの時間が経っただろうか、辺りはすっかり日が昇り、午後の日差しがぽかぽかと降り注ぐ。へとへとで座り込みそうになる膝を叱咤し、持って来たマントを頭からかぶって、日焼けしないよう日陰を進む。もう年だから簡単に肌を許してはいけないのだ。

しかし、ヤツらに遭う事もなくすんなり出口らしき開けた場所に出て、なんとも肩透かし気味だ。


「…別に…危なくなかったじゃん。ルゼの心配性」


乱れた息を整えて、人のいそうな場所を探す。

だけど森から出たそこは一面緑でなにかの作物のようだ。気が遠くなりそうだ…とりあえずまだ緑が行く手を阻むむ。歩くにも足が棒のようになっているがここまで来たら進むしかない。帰りの事は後で考えよう。きっと回復している筈、だし。…多分。


またしばらく歩いていくと、ようやく壁が見えてきた。見慣れないあのぐねぐねした文字が書かれたアーチ状の門をくぐると、所狭しと家が並び屋台が並ぶ。ドンチャンと音が聞こえるのは大道芸が演技を披露しているようだった。


「わぁ…!凄い凄い!ファンタジーの世界だー!」


見慣れない服に果物、色とりどりの髪色や目を持つ人達を見てテンションが上がってしまう。

たまにルゼと採りにいくルールエの実も、屋台に山積みになって売られている。ここで買って帰ってきてくれれば楽チンなのになぁ。

ロンドンとかイタリアとかの外国の町並みに憧れていた私は似たような景色に心を奪われる。それよりも色彩が鮮やかで形も奇抜だがとても見ていて飽きない。

大道芸のお兄さんが私に向かって手招きをしているので近寄ってみると、丸い小さな玉を渡される。それを投げてみろとジェスチャーされたので上に投げてみると、空で割れ、色とりどりの鳥が羽ばたいていく。

その鳥の一匹が何かを落としていったのを受け止めるとポンッとはじけ、小鳥がピィピィ鳴いてお兄さんの所へ戻っていった。


「わぁ凄いよルゼ!3段階オチだよ!油断してたー!」


と隣を振り返るとカップルさんと目が合って、くすりと笑われたのでえへっと笑ってその場を去った。うわー恥ずかしい!1人で来たくせに!もう!

熱くなった顔を手で仰ぎつつ屋台を見回る。


「あ、これいつもルゼが食べてるつまみ!こっちにはテリエのお肉発見!今日はこれでたたきでもしてみようかなぁ」


そうそうこれこれ。実際やるとちょっと照れるけど。ホントは隣にルゼがいたらバッチリだったんだけどね、…いたら私はきっと怒られるでしょうね。

駄目とは言われてないけどやんわり断られていたもんな…。うん、最悪追い出されるかもしれない。それは嫌だ。

そう思ったら怖くなってテンションは急降下してゆく。

街にいる幸せそうなカップルに目がいく。私もあの人達みたいに見世物見て、一緒にお店回って、これどうかなー?これが似合うんじゃないかー?うふふイチャイチャをルゼとだったら出来るなと思ったのに、こちらの世界では出来ないとはなんと皮肉な。

やばい。焦りで段々わけが分からなくなってきた。早く帰らねばときびすを返すと人にぶつかってしまった。


「あ、ご、ごめんなさい余所見をしていて…」

「いえ、こちらこそごめんなさいね」


おお、目線の先にはでっかいお胸様が…ってどこを見ている自分。のろのろと視線を上げていくと柔らかなウェーブのかかった桃色の髪のお姉さんと、その後ろには見慣れた真っ赤な髪が。


「ル…ゼ……」


向こうも私に気づいたようで僅かに目を開く。

後ろめたいのと、女の人と歩いていたというのを目の当たりにして俯いて視線から外した。それを勘違いをしたのか、怪我してない?と頭を撫でようとするお姉さんの手を、つい払いのけてしまった。

そしてはらりとマントが落ちる。


「あれは…【悪擬】…!?人の形をとって街へ降りて来たのか!?」

「何故ここに…結界が壊されたのか!?」


ざわざわと周囲がどよめきだす。

一体どこにヤツらが来たのだろうと辺りを見回すと皆と視線が合ってゆく。じとり、と嫌な汗が背中を伝う。


どうやら、私が【悪擬】らしい。


桃色のお姉さんは何かを唱えようとしていたので私は逃げ出した。きっと、ルゼがいつもヤツらを消すように、私を消す為に魔法を使ってくるつもりなのだろう。

逃げていると大きな音がして、そちらへ向くと壁が壊れて私がよく知っている【悪擬】が沢山街に押し寄せてきた。

街は更に混乱して無茶苦茶になってる人だかりをかきわけて走る。私と逆に向かって逃げる人達が、顔を身体をひっかいたり殴ってきた。大きな籠をぶつけられたりもした。ただでは逃げさせてくれない。お前のせいか、お前が連れてきたのか、この化け物め、とさっきまで笑っていた人達が睨みながら言ってくる。

怖くて、辛くて、泣きたくて、足が重くてもつれて転びそうになるのを必死に堪えて街の外へ通じる門を目指す。


だけど神様は非情だ。緑色と黄色の髪の人まで用意してくれちゃってる。


はは、きっとレンジャーの仲間だよね、と思ったらもう足が動かなくなった。突然活動を止めた足はもつれて地面に突っ伏した。

顔からいってしまい低い鼻が更に低くなってしまうぜなんて思ったけど、どうせ『退治』されるんだと思うともうどうでもよくなった。頭や身体に何かがぶつけられているのもどこか遠くに感じていた。まぶたが重くてあかない。


(なんか、とても静かだ。死ぬのを受け入れるとこうなるのかな?)


ああ、死ぬのならせめて隣にいた桃色のお姉さんは彼女ですか?なんて返答が分かりきったセリフを言ってみればよかった。捨て身で言い捨てならばこんな自分にも出来ただろうに、一瞬のチャンスをふいにした。

ガッカリしていると身体が拘束され、身動きは完全に封じられた。接触する部分が熱い。どうやらもう年貢の納め時らしい。

あの蒼髪め、何が危険はないだ!めちゃめちゃ今殺される所だぞ!バカ!ていうかよく考えたら最初も死にそうだったじゃないか!


意識が朦朧としてきた。

…くそ、このまま終わってたまるか!せめて恨み言でも!何か!言え!頑張れ自分!



ああ。

でもどうせ殺されるのなら


「…ゼが、よか…た…」



一度くらい、桃色のお姉さんみたいに隣に立ってみたかったな。






そして私の意識は途絶えた。























「やっと、俺のものだよ。俺の可愛いユウ―――」


そうやって綺麗な笑みをつくった赤い髪の男が頭を撫でて呟いた言葉は、

意識のない私に届く事はなかった。





















パチリと目が開く。

…あれ、死んでも目は開くもの?景色は生前のものなの?

目の前には見慣れた緑。元の世界ではこんな景色見た事ないからきっとリリエンの森のだろう。

ワケが分からないと混乱して頭を抱えようと手をあげると大きな手に掴まれる。


「やっと起きたね、ユウ。待ちくたびれたよ」

「へ!?」


声がする方へ顔を向けようと―――しようにも真後ろにいるせいで見る事ができない。どうやらルゼの足の間で抱っこをされているようだ。ルゼは木に身体を預けて私の指に口付けている。

その口付けは頭の天辺へと場所を変え、耳の裏、耳たぶ、首筋へと下がってゆく。


「ちょ、ちょっと待ってル…ゼ!ぁ、一体…どういうこと、なの!?」

「んぁ?傷だらけだから消毒中」


そんな所怪我してたっけ!?後ろから攻められ、ルゼの右手は怪しい手つきでさわさわと私の太ももを行き来している。


「そうじゃなくって…っ!」

「どうしてユウが生きてるかって事かな?」

「…うん、そう…」


足を持ち上げられたと思ったら胡坐をかいたルゼの上に横座りという形になった。

子供があやされるように抱きかかえられて、頭をぽんぽんと撫でられる。ゆらゆらと揺れるのが気持ちいい。


「そりゃ勿論俺がユウを助けたからさ。ユウが【悪擬】じゃないって事、一番知ってるのは俺でしょ?ずっと一緒にいたんだから」


ぶわっと涙が溢れてくる。さっきまで【悪擬】だって言われて殺されかけたけど、ルゼだけは助けてくれたんだと思うと涙が止まらない。

ぎゅっとルゼの服を掴みながら一番聞きたかった事を嗚咽交じりになんとか声を出して聞いた。


「も、ぃろの…お姉さ…は?どして…いっしょ、ぃた…の?」

「仕事で来てただけだけど?仕事じゃなきゃ他の奴らと一緒に行動しないさ。馴れ合う気はないし」

「…ほ、んと?」

「本当だよ。他には?色々聞きたい事あるんじゃない?今のうちだよ、答えてあげられるのは」


他…?他なにか聞きたい事ってなんだっけ…?いきなり言われても今私凄く混乱している。

考えようと思考をこらすも、降ってくる口付けに意識がそぞろになる。


「わか…なぃ…っ。ど、してキスす…の」

「どうしてって、好きだからに決まってるじゃないか。それともユウの世界でキスは違う意味だったりするのかな?」

「!」

「君が違う所から来たのは最初から知っていたさ。俺は魔道師だ、あいつ(・・・)の魔力の跡くらい読めるよ。あいつのした事もその意味くらいも。言う通りになるのは癪だったが、ユウが俺の好みだったからよしとしたけどね」


うっそりと微笑み頬に指を滑らすルゼの色香に酔ってしまう。頭がじんじんして、聞きたい事も言いたい事もどろどろに溶けてどこかへ行ってしまうよう。このままルゼに流されてしまっていいのか。ルゼの事、信じていいのだろうか。


「うん、信じて。俺だけ信じて、ユウ。君が好きだよ、愛しい。可愛いユウ、愛してるよ。俺を受け入れて。怖いものはここにはない。ああ、【悪擬】も全部やっつけてきたからもういない。だから安心して。俺を愛して?」


更に深められた笑みが近づき、返事を吸い出すかのように長い口付けが唇に落とされる。

答えは最初から決まっている。


「…ん、ぅん、ルゼぇ…っ。私ルゼが好き…、ずっと好きだったよぉ。ごめんなさい、ルゼ、教えてくれてたのに。外は怖いって。なのに私勝手ばっかり。ルゼはどっか行っちゃわないで。1人にしないで。私にはルゼしかいないの!」


太い首に腕を回し、赤い髪をかき抱く。

ぎゅっと痛いくらいに抱き返される。

その痛みが心地いい。

首筋にかかるルゼの熱い吐息が、身も心も震わせる。


「勿論。絶対1人にしないよ。これからは、これまでの分もずっと一緒にいようね。もう俺の言う事破って離れちゃ駄目だよ?」

「うん。もう街には行かない。どこにも行きたくない。ルゼの傍がいい」




―――刷り込みというのは、恐ろしいと思った。




いつまでも囚われて、離れられない。




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