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七章 ジェンダーパラドックス

昼からは全くというほど掲示物に集中できなかった。

新垣くんとはちょこちょこ話ながら作業の手は動かしてはいたものの、ときどきいつもの考え事する癖が出て、彼を心配させてしまっていた。

「海斗くん…だいじょうぶ?」

この言葉を何度聞いたかわからない。そのたびに僕は、

「あっ、ごめん。癖でぼーっとしちゃうんだよね」

などと後頭部をかきながらごまかした。

新垣くんは不思議そうな顔をしていたけど、まあ当然といえば当然の反応である。他人には理解できない。

人と話している間に考え事してしまうなんて、節操のない困ったさんな癖だ。

心の中ばかりおしゃべりになってもなぁ…。直したほうがいいのかも。

「えっと…何の話だったっけ?」

「だから、その…女の子ってどう思うって話」

そうだそうだ。こんな話を出されたから、さっき昔をリマインドしたことも相まって、ついつい結衣ちゃんのことが頭をよぎって、癖が発動していたんだ。

今度こそはさすがに自制し、新垣くんに返す。

「どう思うって言われても…。僕はそんなに女の子と接点あったわけじゃないしなぁ。強いていえば、前の学校で仲良くしてくれたが一人いたけど」

「なら、その娘のことはどう思ってた?」

「うーん、太陽――かな」

太陽?と新垣くんが首をかしげる。

そりゃこんな比喩表現されては漠然とイメージも湧かないだろう。

というより日常会話に比喩を用いるなんて、なかなかにかゆい行動をした気がする。

それでも嘲笑しない新垣くんの優しさに少しだけ好感を抱いた。

僕は、以前に心のなかでつぶやいたように、その意味を新垣くんに説明した。

「そうか。いいなあ、優しい女の子だったんだ」

「うん。僕のはじめての友達で、今でもその子とは手紙を交換したりするんだよ」

今年に入って携帯を買ってもらった僕には電話をしたり、メールをしたりといった手段もあるけれど、僕らの間の繋いでいるのは手紙だった。

一応、番号とアドレスを書いて送ったことはあったけれど、結衣ちゃんのほうが「メールも電話もきんし!ゆいがいいっていうまで続けようよー」と返してきたので、月一のペースで交換することを約束した。

はじめてもらった最初の一通は、今も鍵つきの机の引き出しに大切にしまってある。二通目はいつくるのかな。

「海斗とその子の関係、なんだか憧れるなぁ」

「でも、だいぶ離れてるからね。愛知と北海道じゃかなりの隔たりあるから、なかなか会いにいけないし、寂しくなったりもするよ」

「けれど今もその子は仲良くしてくれるんでしょ?ボクには、そんな女の子はいないから…」

女の子という言葉に少しだけひっかかり覚える。

あくまで僕と結衣ちゃんの関係は友達。彼女しか友達のいなかった僕には、男の子の友達、女の子の友達の違いの感覚はわからない。

けれど僕は結衣ちゃんを友達であることは変わらない。の、はずだけど…。お別れ会が終わった後の出来事を思い出すと、彼女は僕を友達と見ていたのだろうか。

思い出すと、少しだけ恥ずかしい出来事ではあるけど。

まさかぼくのはじめての……ゲフンゲフン。何を考えているのか。ダメだ…彼女が絡むと誘発的に追憶癖が出る。

隅に追いやられていた新垣くんの言葉に改めて返す。

「城之内くんに聞いたけど、新垣くんはこのクラスの女子と幼馴染なんでしょう。その人たちは違うの?」

「前まではそうだったと言えるかも。いや、ボクが勝手にそう勘違いしていたのかもしれないけど…」

勘違い…。彼の言葉が微妙に琴線に触れる。

「最近はなんだかそうじゃないんだ。ボクはなんだか、邪険にされることが多くなったんだ。ボクは昔から何も変わっていないのに、ちょっとしたことで冷たく突き放されたり…」

「何か心あたりは…?」

「…竜崎くん…あるいは…ボクが…弱いせいかな。ボク…よく泣くし、運動もダメだし、周りがよく見えず、声も小さいし、自分も気づかずにひどいことしてるかもしれない…。でも、本当に何がダメなのか、わからないんだ。皆、嫌うだけ嫌って、ボクの何がいけないのか言おうとはしないんだ。言われれば…直すのに……」

言ってて悲しくなってきたのか、最後あたりはほとんどべそをかいていて何をいっていたのか分からなかった。

うーん。蒼空がまだ家にいたころよく男子生徒の文句とか聞かされていたから、少しだけここの女子生徒の気持ちが分からなくもない。

小学四年生前後になると、女の子のほうが成長が早く始まるせいもあり、おませさんになって自然と優越感が発生し、自分らは大人、男子を子供と思うようになる。

幼い頃はお互い等身大だったから気にならなかったけれど、成長するにつれて次第に男女の違いというものがでてきて、女の子はそれに男の子よりもはやくに気づく。

蒼空も最近、自分よりいくつも歳の離れた俳優さんに憧れを見せていたし、「オトナ」というものに惹かれるものがあるのだろう。

だが、自分の抱いている「オトナ」像に著しくかけ離れた男子が教室にいるせいで辟易し、そんな彼らを「カッコワルイ」とする。

蒼空は以前は泣いている男の子みても近寄って慰めていたが、最近ドッジボールでボールをぶつけられて泣いてた男子を見て『男の癖に泣くなんて女の子みたいでかっこわるー。ナヨナヨしてるなんて体中に毛虫がついたみたいにムズムズするよ。もっと大人にならなきゃね!お兄ちゃんもだよ!』なんてえらそうなこと言ってきた。

当時は妹が不良になった、こんなに可愛くない女の子になるなんて、と少しだけ頭が痛かった。

けれど、この歳になるとそれも当然の話なのかもしれない。

そう。男である僕がこうやって妹を、自分の中の女性像に反しているとして『可愛くない女の子』と評するように、女である蒼空も『泣く男はかっこわるい』と、自分の中の男性像を男の子に押し付けていたのだ。

きっとここの女子の皆もそうなのだ。新垣くんの『弱いと見える挙動』に、嫌悪感を抱いているのだろう。

想像の域を出ないが、可能性としてはある話ではある。

明日は女子の皆さんに話を聞いてみようかな―――。

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