五章 給食
お昼になったので、掲示物作りの作業は一時中断し、クラスは一斉に給食の準備にとりかかった。
コの字型に並んでいた机たちを、一人一人が引きずりながら同じ班の子の机とくっつける。
その後、ナプキンを机に被せ、箸箱をそれの隅に配置。
給食当番の班は、迅速に配膳台をだし、給食のおばちゃんが教室前に持ってきた専用台車から、給食の容器を運びその上にドーンと乗せる。
それは主に液体や煮物系統が入っている大鍋だった。卑近な例で言えば、やきそばとかカレーが入っている奴。
あれが一番重くて大きいから、下手すると落としてぶちまけてしまいそうになるんだよね。
前の学校でカレー洪水を見事にひきおこし、泣いていた子がいたのを思い出した。
次に運ばれてきたのが、均等な大きさの容器二つ。大抵副菜やデザートなんかが入っている。これも例で言えば、サラダやから揚げ、フルーツポンチ。
たまにあれには納豆が入っていて、盛り付けのときネバネバになって非常にめんどうくさいんだ。糸ひくし、だいたい大惨事だ。
続いて水色大きな直方体の容器が運ばれてきた。主に炭水化物類が入っている。あれが茶色だと食パンやクロロール(コッペパン)がはいっていたりする。
今日の色はご飯、またはソフト麺が入ってる奴だ。献立表を見ると今日は後者。どこにいってもあるんだなぁ、ソフト麺。
それぞれの容器に対応した食器が横に置かれ、給食当番の子はさっそく盛り付けと配膳をはじめる。
ターンタターンタ タタタタター↑♪
ターンタターンタ タタタタター↓♪
と、アイネクライネナハトムジークをBGMにしながら、流れるように机に給食が置かれていく。
お、やっぱり麺のお供としてミートソースがついてる。もうこの二人の関係はきってもきれないね。
でもたまにソフトくんがカレーさんに浮気して二人の子供、カレーうどん君ができてしまうという昼ドラ的三角関係ができてしまうこともあるんだよなぁ。
おお、今まさにお昼だからタイムリーだ!すごい、もしかしたら僕は愛憎劇の脚本家になれるかもしれない。
――なんてくだらないことを考えているうちに、全ての配膳が終了した。
日直の新垣くんが、教壇の前にたち、
「手をあわせてください」
『いただきます』
と合掌をしながら皆で与えられた食物に感謝した後、僕たちは給食を口に運んでいった。
まずはビニールを破ってソフト麺を器に開放し、箸ですこしほぐした後にミートソースをかける。
箸でミートソースと麺をよく絡め、数本をすくいとり、この学校はじめての給食を一口。
うまい!どこでも変わらない味だけれど、逆にそれが安定した食の幸せを感じさせてくれる。
さらに勢いよく、と行きたいけど、これはあまり激しくすするとソースが跳ねて、ナプキンに染みをつくってしまうので注意しなければならない。
他の人を見てみると、女子の大半はつけめん風にして食べていた。食器を汚して食べるのは行儀がよくないと親に教わったのかもしれない。そういう人もいるよね。
過去に通っていた学校でいぬまんま(ごはんを汁物系統に入れて雑炊風にするアレ)をやって、先生の逆鱗に触れた子がいたし、結構食事のマナーというのはシビアな世界なのかもしれない。
他のメニューはアメリカンドッグと、海草の酢の物、デザートにプリン。言うまでもないけど牛乳もしっかりある。父さんの世代はビンだったようだが僕らは紙パック式。
これの場合、給食を食べ終わった後、リサイクルのためにパックを展開し内側の表面のビニールを剥がさなければならないのが少し面倒だったりする。
「おーい!プリン一個余ってるぞ!ほしい奴ジャンケンだー!」
教卓の前で竜崎くんが放った声に反応し、四人の戦士が立ち上がり、彼の前にあつまった。
城之内くん、佐伯くん、田山さん、そして僕。
ここでもあるんだね。名づけるならば『余りもの争奪ジャンケン』。
ちらっとみんなの食事風景を見ると、加賀さんの机のうえにだけプリンがなかった。お腹を抱えているので、調子でも悪いのかもしれない。
おそらく彼女がこの黄金の輝きを放ち多くの舌を虜にするデザートを手放したことによって、この戦いが始まったわけだ。
竜崎くんと田山さんの二人は、交差させた両手を組みそれを反転させ、あまりにも有名なジャンケンでの自分の勝ち手が読めるアレをしている。
はたから見てるとなかなかシュールな光景だ。誰が生みの親なんだろう?
『よし、見えた!!』
二人の声がハモり、彼らが臨戦態勢を取る。
それに合わせて僕らも。
「いっくぜー!後だしダメよ――」
『ジャンケン、ポン!!』
僕の出したのはパー。他の四人はグー。
…偶然とはいえこんな漫画みたいな勝ち方あるとは――。
「うああぁぁあぁ!負けたああぁぁあ!俺には見えていたはずなのにぃぃいい!」
竜崎くんが両手を目にあて、体をそらして大仰に悔しがる。
田山さんも「チックショー!」などと、女の子にあるまじき言葉を叫んだ後、自分の席に戻っていった。
なんだか似たもの同士のように感じるなあ。二人ともどちらかといえば平均より背が小さいし。
他の二人は特に何の反応もせず冷静に退いていった。
僕は勝ち取ったプリンを手に取り、それを―――
新垣くんの机の上にそっとおいて、何事もなかったのかのように席について食事を再開した。
「どうして?」
「いや、欲しかったんでしょ?それ」
僕が言うと、新垣くんは目を丸くした。
「何でわかったの?」
「ん?ナイショ。僕はいいから、遠慮せずたべていいよ」
「・・・ありがとう」
「はは、どういたしまして」
教卓まで歩いて行くときに、僕は新垣くんが物欲しそうにプリンのほうを見つめていたのを見逃さなかった。
だけど、彼の性格や立場上、あの面子の中に飛び込んでジャンケンに参加する勇気がなかったのだろう。
そりゃ僕だってプリンをたべたくないわけじゃないけど、今はプリンよりも新垣くんに感謝の言葉をもらえるほうが美味しい気がした。
こうして新垣くんとのコミュニケーションを増やしたい、という理由もあったけどね。
もっと彼の声を聞いて、少しでも彼を知って、少しでも仲を深めたい。
今、僕には新垣くんという友達がいるけど、もし彼が友達になってくれていなかったら、今もきっとひとりぼっちだ。
だが、もう一人でも平気だった自分には戻れない。友達の存在の大切さを知った、今では。
新垣くんは僕と友達になってくれた。だから、このプリンは友情の証として彼にあげたかった。
「あ…あの…」
うつむき加減に新垣くんが上目遣いでこちらを見てきた。
「は…はんぶんこ…しよう?」
「え?いいよ、全部新垣くんが――」
「ううん」
新垣くんは僕の言葉を否定で遮り、
「海斗くんがボクのためにとってくれたんだから、ボクも海斗くんのために何かしたい。それに……」
顔をあげて、
「二人でたべたほうが、美味しさも二人分だよ」
微笑みながら言った。
……ああ、城之内くんがいったとおりだ。
心根の優しくて、人のためになることが好き――か。
素でこういうことができて、素でこういうことが言える。
言われたほうはすごく恥ずかしいし、くすぐったいけど、人の心を温かくしてくれる。
こんなことが前にもあったような―――
――一人より二人のほうが美味しいよ。一緒に食べよ。ゆいたち、もうともだちなんだから!