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二章 四年一組


校歌なんて当然歌えるわけもなく、僕はただ呆然とその光景を眺めていた。

始業式が終わり、全校生徒が散っていく。

時を見計らって柴山先生が僕を呼び、再び彼女の後ろをついていくことに。

そうしてやってきたのが四年一組の教室。

先生が担任するクラスであり、僕がこれから一年間勉強し生活する空間だ。

ここにくるまでに聞かされたけど、この学校は一学年一クラスしかないらしい。

先生自身もここに異動してきたときには驚いたらしい。やはり珍しい学校なのだ。

共に教室に入り、先生は教壇に立つやいなや黒板に僕の名前をチョークで丁寧に、達筆に書く。

「さ、自己紹介をお願いします」

手についた粉を払いながら、先生が促してきた。

クラスメイトから好奇の視線を向けられ、少しだけ気負いをしてしまう。

だが、今度こそ失敗はしない。

「北海道からやってきました、神居海斗です。好きなように呼んでください。これからよろしくおねがいします」

すっ、と頭を下げる。

ハキハキと明るい声で話せた。少なくともこれで根暗レッテルを貼られる心配はいらないだろう。上出来だ。

教室内の生徒から歓迎…してくれてるのかな。拍手を浴びる。

「うん、ありがとう。神居くんの席はそこの席ね。それじゃ、ホームルームを始めます」

僕は指定された席に静かに座った。

この学校はやはり特別なのだろうか。

普通、机は縦横に等間隔に配置されているものだけど、ここはコの字型になって机同士が隣接している。

ディスカッションやディベートをする時の配置といったら分かりやすいだろうか。

ざっと教室を見渡してみると、生徒は僕も含めて九人。男子が五人、女子四人。なんとも小規模な学級である。

先生が話を展開して行く。主に僕の事細かな紹介と、今後の日程等。それからプリント配布。

そんなテンプレートみたいな展開の後…。

「それでは五分間放課にしますね」

そういって先生は教室から出て行った。

放課?五分間の放課…。放課後っていうのが学校の終わりだから…って、あれ?

なんだか混乱してきたんだけど…。放課って何だ?

周りを見渡すと皆、席を離れて―――こちらにやってきた!

「ねぇねぇねぇ!神居くん!誕生日いつ?」

「血液型教えて!」

「趣味は何?」

「好きなひとはいるの?」

「スポーツは何ができるんだ?」

「北海道ってどんなところだい?」

「ったく、キョトンとしてんなって!」

きた。きたよ、転校恒例質問ラッシュ。

今までの僕だったら冷たくあしらったけど、今年の僕は違う。

「ま、待って、そんなに一度に答えられないよ」

「あ、ごめーん。転校生なんて珍しくてさー」

「あのさ、質問を質問で返して悪いんだけど…、放課って何?」

「えっ?放課は放課だよ。休み時間」

「何、それ?もしかして方言みたいなもの?」

「ん?そうなのかなー、うちらはいつも放課っていってるけど北海道じゃ言わなかったの?」

「うん。一般的には放課は放課後って言葉があって、一日の授業が終わった時のことを指すんだけど」

といったら、え―――っ!と驚嘆の声があがった。

僕とは逆に放課後という言葉そのものが初耳のようだ。

うーん、幾度も転校してきた僕だけど、愛知はなかなかにローカルギャップがある気がする。

とりあえず謎も解決できたところで、先ほどの質問に一つずつ答えてあげた。

それから自己紹介があって――


最初に質問してきたのは田山飛菜さん。元気がいっぱいだけど背の小さな女の子。

二人目は上條智沙さん。姉御肌気質のお姐さんタイプといった感じで若干大人びた雰囲気を持つ。

三人目は加賀由姫さん。短髪で少し大人しめ。田山さんとはご近所さんらしい。

四人目は川島秋さん。聞けば彼女も元々は転校生だとか。

五人目は佐伯康平くん。スポーツ万能、成績優秀のエリート。ちょっと敬遠してしまう独特の雰囲気を持っている。

六人目は城ノ内那由多くん。寡黙そうな男の子。

七人目は竜崎保純くん。スポーツカットでキメた活発でサバサバした男の子といった感じだ。


……あれ?そういえば八人目の子はいないのかな?

どこだろう。皆が周りを囲ってるから、教室の様子がよく見えない。

……見えた!人の切れ目から見えた光景は、机に伏せって寝ているように見える男の子が一人。

「ねえ、あの子は?」

遠くに見える男の子を指差して問う。

そうしたとき、少しだけその場の雰囲気に乱れが生じたように思えた。

明るく転校生を迎えるといった空気から、肌にじっとりとくる嫌な空気へ。

「あ、あー、そんなことよりさ、神居くんってかっこいいよねー」

川島さんが話をそらした。……ここはあえて言及しないほうが賢明か。

彼女の言葉にとりあえずおざなりな返事をして僕は席を立ち、あの子に近寄っていった。

その途中で後方から、『おい、そいつは放っておけって!』『えっ、神居くんって案外空気読めない系?』と、嫌な言葉を聞いたのは無視する。

「ねえ?」

声をかけるとその子は、顔だけこちらに向けて相変わらず伏せったままの姿勢で僕を見た。

「君は、名前なんて言うの?」

やんわりとした口調で聞いてみたが、次に返ってきた言葉を、僕は予想もしなかった。

「…ボクにはなしかけちゃダメだよ」

「え?」

「だから、ボクにはなしかけたらダメだって。このクラスで普通に生活したいなら…」

「…いや、質問に答えてよ。教えてよ、名前を」

すると男の子は、非常に億劫そうに、だけどどこか辛そうな声で答えた。

「……幽霊だよ」

「は?」

「幽霊だよ!」

いきなり大声で返された。彼の声に反応して他のクラスメイトの視線が僕らに集まる。

幽霊?どういうこと?仮に幽霊だとして何で姿が見えているんだろう?

いや、こんな考察するまえにそんなものはこの世に存在しないくらい、僕だって知っている。

自称幽霊くんは再び顔を伏せ、

「もう…二度も言わせないでよ…。ボクのことは放っておいて…」

くぐもった声で言った。その声色に少しだけ嗚咽が混じっていたように思えたのは気のせいだろうか?

放っておいてって…いや…でも、そういうわけにもいかないんじゃなかろうか。でも、個人の意見を尊重したほうがいいのか?

と、考えているうちに休み時間の終わりを知らせるチャイムがなった。

――まだこのクラスのことがわからないうちは、そっとしておいてあげたほうがいいのかな。


初日と言うことで授業はまだ始まらず、クラスの係や掃除当番、給食当番等を決めることになった。

僕はなりゆきで黒板係に決定。転校生ということで気を使ってもらい、割とどこの学校にも存在する仕事を任された。

そんなことよりも重要なことが二つあった

一つは幽霊くんについて。二つ目はこの学級に渦巻く人間関係や環境だ。

幽霊くんは休み時間こそ伏せっていたものの、この時間は真面目に起きていた。

顔をよく見るとあまり元気がなさそうで、寂しげで、つまらなそうに見える。

――なんとなく、昔の自分を見ている気分になった。

学校へ来てもたいして友達もおらず、ただ惰性と義務による脅迫観念で教室での生活をしていた――結衣ちゃんと出会うまえの自分を。

この係決めの時間の中でも僕は不審な点を見つけた。

一応、この係決めの形態には推薦方式があるのだが、あまり気の進まない仕事――トイレ掃除など――を決めるときには、必ず竜崎くんが『結希くんがいいと思いまーす』なんてわざとらしい口調で高らかと声をあげていた。

この発言によって、あの幽霊くんの本名が『新垣結希』という名前だということが判明した。

竜崎くんの意見には、新垣くんも『いいです。ボクがやります』と肯定していたが、顔をみればあれが不本意であることは子供の僕でもわかる。

大人の柴山先生はもちろん理解しているようで、一応新垣くんの気を察してか、『本当にいい?』と確認をとっていたが、それでも彼は、蚊の鳴くような小さな声ではいと返すだけだった。

そんな光景を見ながら女の子たちはクスクス笑っていた。席が隣同士の上條さんと川島さんが互いに耳うちをして陰口をしているような場面も見られた。

これは…いや、でもまちがいないよね…完全に―――


いじめ―――だ。


転校初日に嫌な事情を知ってしまった。

なんでどこにもあるんだろうね、これ。

本で読んだけれど、いじめというのは人間の本能レベルに置きうるものであるらしい。

そもそも人間はもとをたどれば野生で生活し、弱肉強食の理に漏れなかった生き物だ。

そのためどうしても上級階級に位置したいと願うものである。下級の扱いはひどいものであり、人権も尊厳も真っ向から否定される。

しかし、どんなに頑張っても不条理ゆえにそこにたどり着けない下級存在ものが、『ならば自分より更に弱い立場の人間をつくりあげよう。そうすれば自分に理不尽な矛先がむけられることもない』、という意識が無意識レベルで生じ、結果自分より弱いものを虐げる。

そうした保身的生存本能の結果がいじめらしい。

また下級存在を自分の思うまま、利益のために動かせる。歴史にあった奴隷制度を見れば明らかである。

そして動物は本能的にそうした嗜虐心がどこかしらに存在する。

小さな子供がアリの巣穴の入り口をふさいだりアリをふみつけ殺したり、イナゴやハイエナが弱った獲物を集団で食い散らかすように。

基本自分以外の何かが弱っていく姿をみるのが好きなのかもしれない。

不良を社会不適合者とののしって悦に浸るも同じ。落ち度のある人間を叩くのは楽しいことだ。

ブログで失言をした芸能人のブログが炎上するように。

ここまでの理論をのべられれば、いじめが存在するのは必定と納得はできる。

だからといって、肯定はできないし、いじめられている人間を見殺しにしていい道理にはならない。

僕にだってそれくらいの良識はある。

僕は友達がほしい。きっと新垣くんだってこんな状況に満足しているはずがない。今の僕と同じ気持ちのはずだ。

毎日友達に会うことを楽しみに学校に来たいと思っているはずだ。

僕はこんな卑劣な空気を生み出している人たちと、友達になりにきたんじゃない。

本人が何といおうと構わない。僕は決めた。


新垣くんと友達になろう。


彼を――僕の初めての『男』友達とする。

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