王子様、焦る。 中
長くなりすぎたのでもう一話続きます。
ごめんなさい!
表向きは王妃主催の夜会のはずだが、そこに王子二人がそろっているとなると、やはり花嫁選びと言う側面が強くなるものか。
家人にエスコートされた令嬢達は、王妃に挨拶を済ませると、まるで押し寄せる波のように次々とラズウェルのもとに訪れては、少しでも気を引こうとあの手この手の駆け引きを試みているようだ。
母に引っ張り出されたのか、アクセルも多少疲れたような顔をしながらも、会場内にとどまって若い女性の相手をしている。
それを尻目に、目の前の令嬢と上の空で受け答えをしつつ、ラズウェルはフェリシアの姿を探す。
髪の色に合わせてか、シャンパンゴールドでまとめられた彼女の姿は、その可憐な美しさも相まってとても目だつ。今は、壁際のワゴンの前で、色とりどりのフードを選んでいるようだ。
その視線がこちらに向いて、どきりとする。
目が合って、にこりと笑ったフェリシアが、エスコートしている男に何事かささやいて、その腕に控えめに手をかけながらゆっくりとこちらに向かってきた。
…男にエスコートされてさえいなければ、万々歳で出迎えただろうに。
貴族の娘らしく、非の打ちどころなく装われたフェリシアは、文句なく美しかった。
薄桃色に上気した頬、かわいらしい小さな唇にはピンクの紅が引かれ、大きな目元にも薄く化粧を刷いている。
久しぶりに間近で見て、視線を外せない。知らず、息を飲む。
「こんばんは、ラズウェル様。お久しぶりです」
フェリシアが淑女の礼をとる。非の打ち所のない令嬢ぶりだ。こうしてみると、ツナギでウサギを抱える姿が想像できない。
「ああ、元気そうだな。今日来るとは…聞いていなかったが」
「父の名代で参りました。私も急なことでしたので。でも、本日は王妃陛下の夜会と聞いておりましたけれど、なぜラズウェル様がいらっしゃるんですの?」
「う、いや、それは…! 俺も急なことだったんでな!」
周りを見れば、みな王都に住む名のある貴族の娘ばかりだ。そこに、なぜか父であるフェルニール伯爵の名代で、地方貴族の娘が、しかも家人以外の男のエスコートでの登場となると、ラズウェルの花嫁候補の線は薄くなる。
そのことにひどく落胆するラズウェルに気付かず、フェリシアはころころと笑う。
「何をあわてていらっしゃるんですの? おかしな方」
鈴のように笑いながら、再びフェリシアは隣の男の腕に手をかける。
それが、腹立たしくて仕方がない。
このような場では、エスコートなしで会場を訪れる淑女などいない。だが、今回の会の性質上、大抵は父親や兄弟などがエスコート役を務めているものが大半だ。
それなのに、フェリシアの隣を占領した上、腕を組んで密着して歩くのはどこのどいつだ!? と、なるべく視界に入れないようにしていた男の顔を見て、また絶句する。
さわやかに笑った男は、ラズウェルに向かって軽く手を上げて見せた。
「やあ、久しぶりだね、殿下。ご活躍はかねがねうかがっているよ」
「お前は…アルフォンス…!」
にこりと笑って茶色いまっすぐな髪を後ろで一つにくくった男は、学院時代に主席を争ったいけ好かない同級生、アルフォンス・ヴェルハイドだった。
ヴェルハイド伯爵家は、貴族でありながら医学をたしなむ変わった一族として知られている。
物腰が柔らかく、いかにも貴族然としたいでたちで、すっきりと整った顔がラズウェルとは正反対の人気を誇っていた。
何事にも涼しい顔でさわやかにこなしていくのがむかついて、彼に負けたくなくて一方的に闘志を燃やしたものだ。
学院卒業後、ラズウェルはすぐに王軍に入り、アルフォンスは上級学院に進学して、医学の道を目指したと聞いている。会うのは卒業以来だ。
それが、なぜフェリシアをエスコートしている!?
「お前、何しに来た! なぜフェリシアと一緒にいる!?」
「何しに来たもなにも、フェリシアの父上に頼まれたからだよ」
「なんだと!?」
小首をかしげていたフェリシアが、その零れ落ちそうなアメジストの大きな瞳で、無邪気にアルフォンスを見上げた。
…くそ、そんな目でそいつを見るな、フェリシア!
隣の男を視線で射殺せるなら、とっくにやっている。だが、何も非がない相手に手が出せるわけもなく、歯噛みして見ているしかない。
「アル、ラズウェル様と知り合いですの?」
「ああ、学院の同級生だよ」
そのフェリシアの気安い様子と、『アル』と愛称で呼ぶ親密さが、じりじりとラズウェルの胸を焦がす。
二人の関係は何だ? どこで知り合った? なぜそんなに親しいんだ? フェリシアのエスコートが、フェルニール伯爵公認で、この場にいると言うことは、まさか。
…二人は、将来を誓い合った仲なのだろうか?
聞きたいが、聞けない。なにより、今日は母の夜会だ。母の顔をつぶす真似はできない。もちろん、女性を巡って取り乱して醜態をさらすなど、自身のプライドにかけてできるわけがない。無論、アルフォンスに弱みを見せたくないのもあった。
だけれど、アルフォンスの隣で笑うフェリシアは、見ていたくない。
好きな女がほかの男に笑いかけるのを黙ってみていなければならないなど、苦行以外の何物でもなかった。
「ああ、楽隊が来たようだ。そろそろダンスが始まるな。じゃあ、ひとまずこれで失礼するよ。行こう、フェリシア」
「そうね。ではラズウェル様、失礼致しますわ」
「あ、おい!」
だが、ラズウェルが葛藤しているうちに、そう言ってアルフォンスはフェリシアをさっと連れ去ってしまう。
その唇の端には、満足げな笑みさえ浮かんでいた気がして、いつものように強気に出られない自分に腹が立って仕方がない。
こんな場でなければ、奪い返しているものを!
「ダンスなんてしばらく踊っていないわ。大丈夫かしら?」
「体が覚えているよ。それに、うちに来た時に一通りおさらいしただろう。心配ないよ」
「足を踏んでも、怒らないでね?」
「当たり前だろ。ちゃんとフォローするから安心しなさい」
「わかったわ。ありがとう、アル」
遠ざかる二人の会話の親密さが、耳に痛かった。
追いかけて、二人を引っぺがしたい衝動に駆られる。けれど、実際そんなことになれば、会場が騒ぎになることは目に見えている。
「くそ…!」
いらいらと歯噛みするラズウェルを、シェルミラは離れたところで、扇の陰でほくそ笑みながら眺めていた。
「すみません、わたくし、緊張していて…」
「ああ」
「こんなふうにラズウェル様にお手を取っていただけるなんて、本当に夢のようで」
「ああ」
「ずっとあこがれておりましたの。ラズウェル様のような素敵な方とダンスを踊れることを」
「ああ」
「本当に、あの、嬉しくて…」
「ああ」
「あの…、ラズウェル様?」
「ああ」
「聞いていらっしゃいます?」
「ああ」
楽団が優雅な音楽を奏でる中、礼儀としてラズウェルは何人もの令嬢とダンスを踊る。
リードする手つきも足取りも危なげない。軍の訓練と同じようなものだ。一度叩き込んでしまえば、体が覚えている。
だから、腕の中の令嬢など見ずとも、支障はない。彼女たちの話など、経と同じだ。誰もかれも、判で押したように同じ話ばかりなのは、示し合わせたからなのかといっそ感心したくなるくらいだ。
そうしながら追うのは、やはりフェリシアの姿だ。ダンスはあまり好きではないのか、ずっとアルフォンスと腕を組んだまま壁の花となっている。
けれど、先ほど二人で踊っていた一曲は、優雅でかわいらしく、王都の令嬢たちと比べても全く引けを取らなかった。
それでも、いつまでも二人がくっついて離れないのに業を煮やし、ついにラズウェルは『失礼』と踊っていた令嬢を引っぺがす。
もともと気が長くはない。ここまで付き合ってやったのだ、母も文句は言うまい。いい具合に場も砕けてきているし、そう騒ぎになることもないだろう。
…己のプライドだの醜態だの、知ったことか!
そのまま、フェリシアのところにダンスの誘いをしようと一歩踏み出したところで、アルフォンスと目が合った。
ふっと不敵な笑みを浮かべた彼が、またしてもフェリシアを連れ去るようにラズウェルから遠ざけていく。
かっと頭に血が上った。会場の視線が集まっているのがわかる。でも。
騒ぎになろうがなんだろうが、そんなものどうだっていい。
これ以上好き勝手させてたまるか!!
二人が人目を忍ぶように消えた、幾重にも重なり合う緞帳の向こうを想像するだけで、はらわたが煮えくり返る。
怒りのまま、ラズウェルは足音高く歩き出した。
ホールを横切り、緞帳の向こうに姿を消したラズウェルを追った数人の令嬢の前に、柔らかい笑みを浮かべた長身が立ちはだかった。
ラズウェルとよく似た相貌ながら、格段に糖度が高い表情の銀の髪の青年は。
「あ、アクセル様…」
「無粋な兄など差し置いて、私にお付き合いいただけませんか、お嬢様方?」
ラズウェルと同じ顔ににこりと微笑まれて、令嬢たちの自我は崩壊した。
「アーク、ラズが行動に出たら、お嬢さんたちを邪魔しておいでなさい」
「…なんで俺が」
「兄の恋路を応援するなんて、なんて美しい兄弟愛なのかしら」
「残念ながら、そのようなものは持ち合わせておりません」
「そう、それは本当に残念ねぇ。協力してくれたら、これをあげようと思っていたのに」
侍女、銀のお盆に赤い布をかぶせたものをさっと王妃の前に差し出す。王妃、ちらりと布をめくる。
「なっ、こ、これは…! ゲルトルード山脈に隠棲していると噂される、北の賢者の魔導書の写本の3冊目ではありませんか!! 四方八方手を尽くしても見つからなかったのに、どこでこれを!?」
「国家機密。アーク、これ、欲しくはない?」
「はい! 母上、万事お任せを!!」
「聞き分けのいい息子で助かるわぁ」
母は強し。
※北の賢者 現在の魔法の基礎を作り上げたといわれていて、1千年前から王国の北の国境にまたがるゲルトルード山脈に隠棲しているとうわさされているが、現在のところ誰も姿を見た者はいない。
だが、数十年に一度は、北の賢者作のものと思われる新規の魔道具が市場に出回り、大騒ぎとなるため、まだ生きていると思われている。
北の賢者の魔導書は、現在の魔法のすべてを読み解くとされているが、原本は発見されていない。写本ですら国宝級で、王家の宝物庫に2冊が現存するだけ。
実際には『北の賢者』という人物は存在しておらず、山中にある魔術師の村がその正体。その存在は秘されており、代々の国王夫妻にのみ口伝されている。
…という中二病的な設定w
ラズ、ヘタレすぎるにもほどがある…orz
ただの脳筋になってますがな。
周りが見えなくなってるんだろうけど、ちょっと短絡的すぎやしないかい?
察しは悪くないキャラにしたく、鋭意努力中です。