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王子様、焦る。 前

長くなってしまったので、前後編に分けました。

「殿下、国境の警備計画です」

「期限は昨日のはずだろう。まあいい、よこせ。…なんだ、ガイアス城砦の人員が減っているな。どうした?」

「城砦司令官のアンガス殿より、ここ1年小競り合いもなく、不穏な動きも見られないため、少し人員を減らすとのことですが」

「ふん、それにしては物資の申請が減ってないな。ガイアス城砦の分だけ保留にしとけ。後で探らせろ」

「はっ」

「それと、ブリアニール城砦だが、衛生兵の数が足りていないようだが、手配はどうなっている? アレは西方国境の最前線で、火種は常にくすぶっている。医療品関係の申請が漸増し続けているようだから、炎上する前に東方司令部から何人か回せと言っておいたはずだ。それは先月のことだったな?」

「申し訳ありません、すぐに確認いたします!」

「30分時間をやる。東方司令部のザカリエーニと連絡を取り、いつまでに何人回すかの確約を取って報告しろ。渋るようなら俺から直接連絡を入れる」

「り、了解いたしましたっ」

秘書官があわてて出て行くのに目もくれず、ラズウェルは書類をめくる。ドアがぱたりと閉まった音を確認して、大きなため息と共に目を閉じて、眉間を揉み解した。

重厚なオーク材の執務机は、書類で埋まっている。処理しても処理しても、次から次へと舞い込んでくる書類の山は、ここしばらく減った気配がない。

こうして机に縛られるのは性に合わないが、立場的にそうも言っていられない。国内は平和とは言え、隣国は内戦状態にあり、とばっちりで西方国境では小競り合いが絶えない。これ以上エスカレートするようならば、王軍の派遣も視野に入れなければならない。

人員を投入すれば物資も必要になるし、けが人が増えれば代わりの人員を補充しなければならないし、補償金や補助金もバカにならない。

国内が平和なのに、軍事費を拡充すれば、国民感情に影響するのは必至だ。人も物資も、とりあえずは平和な東方司令部からのやりくりでやり過ごす算段だった。


ふと、眉間を揉み解していた指が止まった。


東方国境は隣国エスターシャ王国と接する。エスターシャはサンクエディアとは同盟国であり、友好関係にあるため、交易も盛んだ。

その国境近くに領地を持ち、居を構えているのが、フェルニール伯爵家だった。

深いため息をつき、くるりといすを回して窓の外を見る。

思い浮かぶのは、館で出会った少女、フェリシア・フェルニールのことばかりだ。


あの時、最後にフェリシアを怒らせた後、結局会うことも出来ずに王都に戻るはめになった。それを、どれほど後悔したか知れない。

相手は地方伯の娘だ。領地は王都より遠く、向こうはそうそう王都に出てこられないし、こちらも会いに行く理由がない。

しかも、戻ってきたと思ったら、サボっていた間のつけが回ってきたかのように仕事が山積みで、会いに行く算段も取れない始末。

それならせめて手紙でも、と思わないでもなかったが、そんな柄ではないのは自分が一番よくわかっている。

なにせ女性に対してアプローチするなど、これまでただの一度もしたことがない。女性は、向こうからやってくるものだった。より取り見取り、その中から好みの誰かを選ぶだけだったのだ。

しかも、フェリシアのようなタイプは、今まで付き合ってきた女性たちとは正反対。いつも通りにふるまえば、あしらわれ、かわされ、怒らせた挙句に逃げられた。

どうすればいいのか、皆目見当がつかない。

結局、何のアクションも起こせずに、すでに1ヶ月がたってしまった。


「もう1ヶ月か」

ラズウェルは、ため息交じりにつぶやいた。


顔が見たい。会いたい。声が聞きたい。話がしたい。日に日にフェリシアへの想いは募る。

じくじくと疼く気持ちは強烈で、今まで親しかった女性達への興味も、まったくなくなってしまった。おかげで、戯れに遊ぶこともなくなり、仕事に打ち込めたのは嬉しい副産物と言えなくもない。


思索にふけっていると、不意にドアがノックされ、ラズウェルは思考の海から浮上した。

「入れ」

短く告げると、ドアが開く。入ってきたのは、父である王の秘書官だった。


丁寧に礼をする姿は、針のように細い目、白髪と見まごう程の銀髪をきっちりと撫で付け、濃いグレーのジャケットを、アレンジすることなくマネキンのように着込んでいる。その顔も態度も一度も崩したことのない、秘書官の鏡とも言うべき人物だ。

長く父の傍にいて、最も信頼されている人間の一人でもあるが、昔からこの容姿で歳を取ったように見えない、年齢不詳の不思議な男だ。

少年期には、この男があわてたり怒ったりするところを見たくて、何度もとんでもないいたずらを仕掛けたものだ。

かわされることもあれば、返り討ちにあうこともあり、見事に嵌まったこともある。それでも、この落ち着き払った顔と態度、仮面のような表情はただの一度も、毛ほども変わることはなかった。

今も昔も、この男に抱く感情は唯一つ。

…こいつ、人間ではなく、本当は魔道人形なんじゃないだろうな?

と。


その彼が尋ねてくることはめったにない。あるとすれば、王命が発令された時くらいだ。

先ほど確認した状況の通り、西方国境の情勢が芳しくない。議会で王軍の派遣でも決定したのだろうか。

わずかな緊張感を孕んで、ラズウェルは机の上で指を組む。

秘書官は机の前まで進み、もう一度手本のようなきっちりとした礼をとった。

「殿下にはお変わりなく」

「ああ」

それだけのやり取りで、秘書官は小脇に抱えていたケースから一枚の紙を取り出し、机の上に滑らせた。冗長な口上を嫌う父王に長年仕えているだけあり、仕事が早い。

「陛下からのご下命でございます」

金の枠線が書かれた上等で厚手の紙には、間違いなく王印も押されている。

手に取り、一読したラズウェルの表情が固まった。

みるみるうちに限界まで見開かれた目で、噛みつかんばかりの勢いで何度も何度も視線を紙の上で往復させたラズウェルは。


「なんじゃこりゃぁぁぁ!!」


と、絶叫した。

「王命でございます」

「んなこたわかってる! さっき聞いた! 確認するな!」

薄く笑っているとも見えるような見えないようなポーカーフェイスで慇懃に繰り返されて、沸騰した頭で怒鳴り返した。

「失礼致しました。何度も読み直されているので、理解できておられないのかと思いまして」

「やかましい!」

なんとも失礼な物言いだが、昔からこうなので今さら咎める気もない。しかし、どうもおちょくられているような気がするのは、果たして気のせいで済ませていいものか。

「あのクソ親父、何考えてんだ!?」

その紙には、父の癖のある字で、こう書かれていた。



『今週金曜日に、王妃シェルミラ主催の夜会が開かれる。

表向きは、歳若い貴族令嬢との交流目的の会ではあるが、ラズウェルの花嫁候補を集めてある。


出ろ。

正式な王命として発令してある。無視したら、王命不履行罪及び不敬罪でお前を拘束する。覆すのなら議会の承認を取れ。』



「万が一にも逃げ出さない為の配慮でございます」

「うっせぇ!」

悪態をついて、ラズウェルは頭をかきむしる。

王命を発するには、議会への報告だけでいい。しかも、事は王太子の花嫁選びだ。いずれ国事となる案件だけに、王命の発令に特に問題はない。

しかし、王命を覆すには、それ相応の理由をもって議会での承認を受け、王に申告しなければならない。

つまり、発令は簡単だが、覆すのが難しいと言うことだ。

ラズウェルが無視すること前提でわざわざ王命として発令するあたり、王のニヤニヤした顔と、宰相の嫌みったらしいモノクルをかけた顔が思い浮かんで、わめき散らしたくなる。


…好きな女がいるから出ないとか、言えるか!!


そんな理由を公表したら、恥をかくだけだ。議会の承認が取れるわけもない。

「っざけんなぁぁっ!!」

いすを蹴立てて咆えたところで、秘書官が慇懃に礼をする。

「状況がお解りのようで何よりです。それでは、確かに申し伝えましたので、これで。失礼致します」

「二度とくんな、ボケェっ!!」

感情を綺麗に消し去った背中に、八つ当たりで腹の底からの怒声をお見舞いしてやったが、当然動揺することなく閉まったドアにその背を消した。

どさりといすに尻を落とし、ラズウェルは残された机の上の命令書を見る。

何度読み返しても、文面が変わることはない。見間違えでもない。当たり前だが。

「あああ、最悪じゃねーかよ、オイ…」

フェリシアとどうこうなるより先に、外堀を埋めにかかられたか。

国政でも何でも、あの王と宰相二人がそろっていて成功しなかったためしがない。


今回ばかりは、勝てる気がしない。


ラズウェルには珍しく、弱りきった唸り声を出して、頭を抱えて机に突っ伏した。







天井の高いホールは、白い漆喰の柱や梁の間を、明るい色合いの天井画や壁画が埋め尽くし、とても華やかな雰囲気だ。

シャンデリアがランプの光を反射して、きらきらときらめく。

壁際に設けられたコーナーには、飲み物やフィンガーフードなどがずらりと並べられ、見栄えよく盛られたカナッペやクラッカー、ワンスプーンのデザートなどが贅を競う。

国事や国王夫妻の聖誕祭など、年に数回しか使われない大ホールの方は、国賓が訪れることもあり、豪奢で重厚な雰囲気だが、ここ中ホールはどちらかといえば女性的な雰囲気にまとめられていて、幾分砕けた雰囲気の夜会によく使われている。


そのざわめきの中、窮屈で退屈で、ラズウェルはあくびをかみ殺すのに苦労する。

軍の正装に身を包み、王族が待機する所定の場所で、ホールに次々と入ってくる人々を眺めながらため息をつけば、ずどんと横腹をえぐられて、一瞬息が詰まる。

「…なんすか、母上」

「そういう言葉遣いも、堂々とため息をつくのもおやめなさい」

おそらく、誰にも見咎められないように肘を入れたのであろう母は、にこやかに、かつ抑えた怒りをまとってにこりと笑う。

その姿は艶のある深い緑色のシルクのドレスに包まれ、幾分ふっくらとしてはいるが、その顔は息子の目から見ても十分に若々しい。

若作りなのか、化け物なのか。

とちらりと思えば、察してか、殺意のこもった眼で睨まれ、思わずあさっての方向を向いてごまかした。


だが、今この場で、どうして上機嫌でいられようか。


少し前ならば、嬉々として眼下の令嬢達の品定めに走っていただろう。だけれど、今は憧憬、好奇、好意、打算、その他諸々の感情をもって女性達から投げかけられる視線は、うっとうしいだけでしかなかった。

「そんなに嫌そうな顔をしなくてもいいじゃないの。あなた、女の子好きだったでしょう?」

「結婚の話が浮上してから、嫌になったんですよ。…女の怖さを知りました」

と言うのは本当の理由ではないが、間違いでもない。結婚話が浮上した途端、飢えた狼が群れるように激化した女の戦いに辟易して、王宮から逃げ出したのだから。

四方から絡みつく視線を振り払いたい衝動に駆られつつ、ラズウェルがまたため息を飲み込むと、シェルミラがぱらりと広げた扇子の陰で笑った。

「それは自業自得と言うものでしょう。あちらこちらで浮名を流して、次々と女性とお付き合いしていれば、もしかしたら次は私かも、私でもチャンスはあるかも、と思われても仕方がないものねぇ」

「…ソウデスネ」

遠慮ない母の言葉に、若干ばつの悪い思いでうなずく。確かにそれはその通りだ。


実際、隣には弟のアクセルがいる。よく似た兄弟なので、容姿は自分と大差ない。確かに今回の夜会は、王太子である自分の結婚問題が主とは言え、王位継承権第3位の第二王子だって、令嬢達にとっては垂涎の物件に違いないはずだ。

だけれど、アクセルはいわゆる研究バカという人種であり、魔術研究にのめりこんで女っ気が全くない。

そのせいなのかどうか、意欲的な女性はアクセルには目もくれない。ひっそりと壁際に下がっているようなおとなしめな女性達が、遠慮がちに控えめな目線を投げるだけだ。


だが。

無関心でいられるのも、それはそれで堪えるものだ。


自分に対して、全く熱のこもらない視線ばかり投げかける少女の姿を思い出し、今度は別の意味でため息を堪える羽目になった。

全く、世の中はどうしてこううまく行かないのだろうか。しかも、自分は富も権力も持っている、サンクエディア王国の王子のはずなのに。ままならないものが多すぎる。

「ま、そのうちお気に入りの女性が現れるかもしれないし、建前上必要な会よ。取り繕うくらいはおやりなさい」

「…わかりました、母上」

そして、何度目かわからなくなったため息をかみ殺しながら待つこと数分。

そろそろ夜会の開始時間が迫った頃、それは現れた。


繊細な意匠が彫り込まれ、大きく開かれた白い両開きのドアをくぐり、隣の若い男に手袋に包まれた小さな手を預け、ゆっくりと進んでくる小柄な少女。

まとうのは、シャンパンゴールドのシルクとシフォンが重ねられた、ふんわりしたドレス。

白金の髪を高い位置でまとめて、巻いた毛がふわふわと滝のように流れ落ちている。その絹の糸のような髪を彩るリボンと、ドレスのすそから見える靴のつま先も、ドレスと同じシャンパンゴールド。

耳につけたピアスは、細い鎖を幾重にも編んだつくりで、彼女が控えめな笑みを浮かべながら一歩一歩歩くごとに、繊細に揺れてランプの光を反射する。ここに居てさえ、しゃらしゃらと音が聞こえてきそうだ。

そして、胸の真ん中には、うさぎの目のように赤い大粒のルビーのネックレス。


「な、な…!」


扇の陰で、王妃がにやりと笑みを浮かべた。

それにも気づかず、ラズウェルはまともな言葉も発せられずに、現れた少女を見つめるしか出来なかった。


フェルニール家伯爵令嬢、フェリシア・フェルニールの姿を。

※魔道人形 現在では伝説級の魔道具。人形に魔力を吹き込み、人間のように操る。膨大な魔力と手間のかかる儀式を必要とするため、現在は製作・操作できる人間はいない、失われた魔術。アクセルの研究テーマの一つ。

王位継承権は、1位・ラズウェル、2位・王弟、3位、アクセルです。


さて、次回ラズはどんなふうに振り回されるでしょうか?

突発で王の秘書官を出してみましたが。ちょっとこの人癖になりそうww

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