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王子様、落ちる。

さて、あっさり振られたラズウェルですが、その後はどうなったかというと?

あれから、フェリシアの姿を見ていない。

そう、いっそ潔い程にちらりとも、フェリシアはラズウェルの前に姿をあらわさなかった。


そういえば、彼女の存在に気づいたのも、館に来て3日目のことだった。それまで、あんなに鮮やかな存在感を放つ少女が、全くラズウェルの目に留まらなかったというのもおかしな話だ。一体どこで何をしていたのか。

今も、さらに3日が過ぎた今日まで、まるで雲隠れしたかのようにフェリシアは姿を見せない。

館に来た当初、気づいていなかった時とは違い、今度は明確な目的を持って館中を探し回ったのに、どこにも姿がなかった。

かといって、どこか別のところにいるというわけでもなさそうなのが、また癪に障る。

「お嬢様が今日ベリーのタルトを褒めてくださったのよ!」

「今日のお茶はフラー茶をご所望だそうよ」

「ドレスのリボンに土がついてらっしゃるのに、『洗えば落ちるわ』なんておっしゃって」

「今日の夕食は、お嬢様のお好きな山鳥の煮込みだとお伝えしたら、たいそう喜んでらしたわ」

なんて、通りすがりの侍女たちからそんな話が漏れ聞こえてくるたびに、歯軋りしたくてたまらなくなる。どうしても、侍女達の会話に聞き耳を立てずにいられない自分が情けないのだが。


(決して、決して盗み聞きをしているわけではないぞ! ただあの女の居場所を突き止めたいだけだ!)


なんて、誰に言い訳をしているんだかと、ばかばかしい気持ちにもなるが、どうにも気になって仕方がない。

けれど、侍女達の話を聞くたびに、自分の前には姿を見せないくせに、侍女達には親しげに声をかけているのが、どうしようもなく腹が立ってくる。

だが、居場所を突き止めてどうしたいのかと問われれば、それもまた答えに窮するわけで。


(そんなもの、会ったときに考えればいいことだ!)


なんて、まるっきり開き直りの心境に至って、ラズウェルは今日もあの清楚で儚げな、しかし人目を引く花のような少女を探して屋敷内を練り歩く。

それでも、侍女達に直接居場所を聞くのはためらわれた。

変な勘繰りをされるのも嫌だが、一応名目上は仕事で来ているのだから、女の尻を追いかけていると思われるのも癪だ。

何より、まるで自分がフェリシアに会いたくてたまらないかのようではないか!

自分から女性を追うということがなかったラズウェルにとって、これは非常な屈辱に思われた。


ただ、この屋敷への滞在は、残すところあと1日。健全経営なのか、監査が順調に進んだ為、今日にも予定していた作業が終了しそうだと監査官から報告を受けていた。そうなると、明日には出立し、王都へ帰らなければならない。

それまでに決着を付けたいだけで、他意はない! と言い聞かせながら屋敷をうろつく日々が続いたが、それももうタイムリミットだ。

見つからない彼女に、そうまでして自分に会いたくないのか、それとも別に会う必要がないほど眼中にないということなのかと思い至れば、どうしてか落胆する自分がいる。

そうして、いい加減あきらめようかと思ったときに、ふと気まぐれに思い出した。


この屋敷では、ウサギの牧場を経営していると聞いた。

確かに、その毛で織られたひざ掛けや肩掛けは、希少価値が高く、非常に高価なものだ。中でも、この地で産出される織物は最高級品と位置付けられている。そこまでに品質を上げたのは、ひとえにフェルニール伯爵夫妻の試行錯誤と経営努力の賜物なのだと聞いた。

せっかくここまで来たのだから、一つそのウサギでも拝んでやるかと、場所を聞いてやってきたのは、屋敷の裏手の広く金網で囲われた原っぱだった。



ウサギ小屋と思われる、大きくて頑丈そうな木作りの建物から続く広い囲いの中には、真っ白なウサギ達がざっと見た限りでも100羽以上いるだろう。長くふさふさな毛をなびかせながら草を食み、ちょこちょこと動き回る姿は、これだけの数がいればなかなかの圧巻だ。


囲いの中には、つなぎを着た小柄な人影が見て取れる。ここの世話係だろうか。

「おい、お前」

「はい?」


ここに、ウサギはどれくらいいるんだ。

…と、問いかけようとしたラズウェルのあごが、かくんと外れた。…ような気がした。


振り返ったのが、よりにもよって、フェリシア・フェルニールだなどと、誰が予想できるだろうか。


「あら、ラズウェル様。ごきげんよう」

つなぎのまま、にこりと微笑んで優雅にお辞儀をして見せるそのアンバランスさに、開いた口が塞がらないとはこのことだ、と、冷静に自身を分析してみたりしても、状況が変わるはずもなく。

長い白金の髪をゆるく三つ編みにして背中に流し、両腕に3羽ものウサギを抱きしめて微笑むその愛らしさに、一瞬息が止まる。

…それが、つなぎ姿でなければ!


「おっ、お前はここで一体何をしてるんだ!?」

「それは、ウサギの世話をしている、としかお答えしようがございませんわねぇ。私の毎日のお仕事なので」


見てわからないのかしら、とでも言うように首を傾げられて、かっと頬が熱くなる。

…それが、怒りか羞恥かなど、追求したくもない。


「そんなものは見ればわかる! 俺が言いたいのは、なぜ伯爵令嬢のお前がウサギの世話などしているのかということだ!」

「ウサギが好きだからですわ」


はぐらかすような答えに声を荒げれば、こともなげに切り返されて、何も言えなくなった。

当のフェリシアは、相変わらずどうしてそんな当たり前のことを聞くの? という風情で、言い負かされた形のラズウェルは悔しくて仕方がない。


「お前は毎日ウサギの世話をして過ごしているのか」

「ええ、まあ。体が空いているときには大抵ここにおりますわね」


なるほど、だから屋敷の中には姿が見えなかったというわけか。

その間、俺に会おうという気は全くなかったわけだな。…と、喉まで出かかった言葉を、間一髪で飲み込んだ。これではまるで、つれない男に拗ねる女のようではないか。

くそっ、と歯軋りしたい気持ちで、ラズウェルはフェリシアをにらみつける。

埃と干草にまみれ、薄汚れたぶかぶかのつなぎを着ている少女の身なりは、お世辞にもいいとは言えない。けれど、着慣れた感があるせいか、ちっともおかしく見えないのが不思議だ。

しかも、彼女の美しさをいささかも損なっていないように感じるのは、自分の目がおかしくなったからだろうか?


「貴族の令嬢というのは、屋敷の中で花を愛でたり、茶会を開いたり、化粧をしたり、自分の身なりを整えたりして過ごすものだろうが! 牧場でウサギの世話をする令嬢など、聞いたことがない!」

「そうですの? それはそうしなければならないという決まりがありますの?」

「い、いや、そうではないが、暗黙の了解というものがあってだな!」

「都会の作法は私わかりません。それとも、ラズウェル様はそのような女性がお好きなの?」


反対に問われ、ラズウェルは言葉に窮した。

そんな面白味のない女なんか願い下げだと常々嘯いていたくせに、それをフェリシアに求める矛盾が、ひどく自分でも滑稽だと思った。

言葉に詰まったラズウェルの沈黙を答えだと取ったのか、フェリシアがにっこりと笑う。


「それならいいではありませんか。私はこうしているのが好きなのです。せっかくの癒しの時間ですのに、邪魔しないでいただけませんか?」


つれないその言葉に、ラズウェルは唸った。


自分が『女はこうあるべきだ』と一言言えば、女性はみな我先にとばかりにその言葉に倣った。そうして自分の気を引くべく、必死になる女性達を見て、満足感を覚えていた。どこか一段高いところから、自分をめぐって火花を散らす女性達を見て、いい気分になったものだ。

けれど、フェリシアはそんな言葉に惑わされない。それどころか、自分を貫く為に、反論も辞さない。しかも、その口から出る言葉はどれもこれも正論だ。

フェリシアと話していると、自分がものすごく卑小な人間に思えてくるのはなぜだろう?


「もうよろしいですか? そろそろエサをあげたいので、用がないならお屋敷へお戻りください」

「見ていてはだめなのか」

微笑みながら、柔らかなのにどこか有無を言わせぬ声音を向けられて、反射的に言ってしまった言葉はもう取り戻せない。けれど、うろたえる前に、手の中の3匹を足元に放したフェリシアに、無邪気に問い掛けられた。

「それは私を? それともウサギ?」


その言葉に一瞬固まったラズウェルは、次に盛大に噴いた。


「う、ウサギに決まっているだろう! おかしなことを言うな!」

「冗談ですわ。そんなにむきにならなくてもよろしいのに」

「お前は相変わらず口の減らないヤツだな!」

ころころと笑うフェリシアの笑顔に釘付けになりながら、ラズウェルは動悸が収まらないのを感じていた。

興奮したり、怒鳴ったりしたせいだけではない。もう落ち着いてもいいはずなのに、いつまでたっても心臓のリズムは走ったままだ。

フェリシアの足元には、囲い中のウサギがわらわらと集まって来ている。

もこもこの毛玉が群れるのを、慈愛あふれるまなざしで見下ろすその視線に、胸の奥が疼いた。それを、ラズウェルは気づかなかった振りでねじ伏せる。


フェリシアは、エサ箱にエサをたっぷり入れてやり、水桶に水を満たす。満腹になったウサギ達に順番にブラッシングをして、耳の中や口を覗いたり、体を触って具合を確かめているようだ。

その間、ラズウェルのことは完全放置。それこそ見向きもしないつれなさに、ラズウェルの方がだんだんいらだってくる。


「おい、少しはこっちにも気を使ったらどうだ!」

つい痺れを切らして声を上げれば、フェリシアにため息交じりで振り向かれた。

「まぁ、随分とさびしがり屋さんですのねぇ。この子達とおんなじですわ」

「なっ! またお前は、動物と一緒にしやがって…!」

犬の次はウサギか! しかも、仮にもサンクエディア王国の王軍軍団長に対して、寂しがりのウサギはないだろう。けれど、フェリシアは困ったような顔で、まるで駄々をこねる子供に言い含めるかのように、ラズウェルをなだめにかかる。

「わかりましたわ。この子達の世話が終わったらお相手して差し上げますから、少しお待ちくださいませ。ラズウェル様はもう大人なのでしょう? おとなしく待っていられますわよね?」

「誰に物を言っている!? 大体、お前は俺よりウサギの方が大事なのか!?」

「それはもちろん。当家を繁栄させてくれる、大事な金づるですもの」

にっこりと言い放たれて、思わずラズウェルは片手で顔を覆って肩を落とす。

こんなに儚げで清楚でおとなしげな外見の癖に、口から飛び出す言葉が色々残念なのがどうにも口惜しい。

「お前な、そのあけすけなものの言い方はどうにかならんのか?」

「もう、うるさいですわ、ラズウェル様」


フェリシアは、とたんに愛らしい唇をつんと尖らせる。


「口を開けばからかったり、悪口を言ったり、あれをするなこれをするなってそればっかり!」


そう言って不機嫌にぷいっと顔を背けるさまは、歳相応の幼さと、みずみずしさと、なんともいえない愛嬌があって。

ラズウェルの頭に、一気に血が上っていくのがわかる。


「そんなに勝手なことをおっしゃるなら、お相手して差し上げません!」

そう言い捨てて、フェリシアは身を翻してうさぎ小屋の中に引っ込んでしまった。

あっけに取られて一瞬固まったラズウェルは、慌てて柵に取り付いた。

「ちょ、ちょっと待て、何で俺がお前に相手してもらってることになってるんだ! おい、お前!」

ところが、何度呼ぼうがフェリシアはもうでてこない。


一体何がどうしてこうなった!? しかも、何で俺はこんなにがっかりしている!?

もっと顔が見たいとか、声が聞きたいとか、どんな風に表情が変わるんだろうとか、あまつさえ触れてみたいとか! それが出来なくて残念だって思っているのか!

どくどくと暴れる心臓は、もはや押さえようがない。それが誰のせいかなんて、考えなくたってわかる。


「な、な…!? なんだ、なんなんだ、なんでだ!?」


姿を隠してしまった愛らしい少女に、胸の中で激しく踊る心臓を持て余したまま、ラズウェルはその場に立ち尽くすしかなかった。

俺様のくせにヘタレってw

バカではないはずなんですけどねぇ。

こんな感じでフェリシアに振り回されていきますよ。

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