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テンプレートな展開に釘を刺す

私の言葉に、兄妹が固まった。

メソメソなルシウス様も、私を見上げて首を傾げる。


「籠絡……?」

「親しげな振る舞い、密室での会話、結果この騒ぎです。わたくしたち夫婦の仲を引き裂こうとした、そう勘繰られてもおかしくないでしょう?」


まぁ、全然引き裂かれそうな気配がないんだけど。

夫が妻の足にしがみついてる光景を見て、別れそうに見える人はいない。

ただ、実家に謀略の疑いを掛けられたノアは顔面蒼白になった。


「そのようなことは!決して!」

「ノアにはなくとも、ご両親は?妹さんは、そのつもりで来たのではなくて?わたくしが洗脳してる、などと言うくらいですもの」

「……親は関係ありません」


かろうじてそれだけ言えたようだ。

まだ不思議そうなルシウス様の目尻を拭いてやる。


「……ミュー?籠絡、って僕がミアに?それはないよ。僕らはそういう仲じゃないんだ、ミアだって『兄みたいだ』ってよく言うし」


気持ちよさそうに目を細めながらルシウス様は抗議する。

私の旦那様は、女性の気持ちに疎い。



「妹さん、ルシウス様を兄みたいだと仰るの?では兄のノアにも、同じように寄り添えるわよね?」

「……」

「どうなの?」

「……出来ません」


でしょうねー。

膝の上の夫がめちゃくちゃショックを受けている。

本人的には心底『兄のように』慕われてる、と思い込んでたようだ。

妹として振る舞う他人女子は、九割相手を異性と思って接してるからね。近づきやすさを重視しての『妹』的立ち位置なので、今後のために覚えておいてね。

よしよし、と頭を撫でるとルシウス様は膝に突っ伏した。

ジワリと濡れてるので、また泣いてるんだろう。



「困ったわねえ。『兄のように』接してないなら、妹さんとルシウス様はただの他人だわ。妻帯者に手出しするなんて、どんな教育方針なのかしら」

「手出し、は、してません」

「浮気と見えるような寄り添い方をしたわ。貴女ご自身が判断したの。令嬢としては最低ね」


ニッコリ笑ってやる。

見たところ、私よりは年上のようだ。

さぞかし生意気に思えるのだろう、悔しそうに唇を噛んでいる。

ノアが手を上げそうだったので、サリーに止めさせた。


「お前は本当に、何がしたかったんだよ?!公爵家の主人に言い寄って、うちを破滅させたかったのか?!親父もお袋も俺も首、一族全員で路頭に迷うことになるんだ!」


悲痛な叫びが応接室内に響く。

まあねえ、主人夫婦に言い寄るとか、見せしめも含めて大々的に罰するのが確定だわ。

連帯責任なら最低限一親等は免れないだろう。

ノアに責められ、妹さんは睨み返した。



「それでも!奥様の洗脳が解けたら、ルシウス様だってきっと感謝されるわ!公爵様も奥様も!この結婚から解放されるんだもの、私は間違ってない!」



膝の上のルシウス様がピクリと動く。

結婚から解放されて、喜びそうに見えるの?この姿が?

それも洗脳、と言われたらそうですか、としか言えないけど。

頭をポンポンと叩いて宥めておく。


「ねぇ妹さん。洗脳から解放するとして、それはいつまで続けるの?」

「……いつまで?」


私の呼び掛けに、彼女は不審そうにこちらを見た。



「わたくしがルシウス様を洗脳してるから解放する、今の結婚が終わったとしましょう。それで?その後、あなたがルシウス様の伴侶になれるとでも?そんな訳ないわよね。身分の差があるし、あなたは公爵夫人になる教育も受けてない。ルシウス様が望めば万に一つの可能性もなくはないけど、その一つがあるならそもそもわたくしとは結婚してないわ。ルシウス様はあなたを選ばない、また次のお嫁さんがやってくるの。それも洗脳として、また解放するの?いつまで?ルシウス様があなたを選ぶまで?」

「……」



妹さんは黙ってしまった。

ノアは憐れんだ目で見てる。


「ルシウス様。彼女を選びます?」


私が聞くと、ルシウス様は頭を横に振った。

もう一度、今度は褒めるように撫でる。



「残念ね。ルシウス様から解けたのは、あなたが『妹のような存在』という洗脳の方だったようよ」



◇◇◇◇◇◇◇


その後、言葉を発しなくなった妹さんは、アイゼンバーグ家の騎士に連れて行かれた。

ノアも付いていき、サリーとナンシーも退出。

ルシウス様は沙汰が届くまで、ソファに上がって膝枕続行だ。

「捨てないでミュー……」

「だといいですね」

「断言してくれない……」

拭っても拭っても涙が止まらないので、もうこのドレスは諦めることにした。



聞き取りの結果、使用人の面接に来た妹さんにノアは気付いてなく、名簿を見た時には姿が見えなかったそうだ。

待機していた部屋を抜け出し、領地から顔見知りだった他の使用人からルシウス様の居場所を聞き出し、執務室へ顔を出した。

あいにく執務室はルシウス様と採用歴の浅い使用人しかおらず、息抜きの昔話にとあの応接室へ向かった。

十歳前後の男女の境の無い頃の記憶が強いため、座る距離が近くても他の人のいない密室でも、ルシウス様は気にも留めてなかったそうだ。

話に夢中になってたら昼ごはんの時間に気付かず、そうこうしてる間に私が帰ってきた、という訳だ。


関わった使用人とノアとそのご両親は厳重注意、妹さんは解雇されて領地に戻った。

今後はアイゼンバーグ家に一切近寄らせないことを条件に、縁戚の商家に嫁がせた。

身分の差があっても、ルシウス様が既婚者だとしても、幼馴染の頃に優しくされた思い出だけでどうにか出来ると思ってたんだろうか?

それもこれも、ルシウス様の天使な容貌と、『私だけ特別』感を出す振る舞いのせいなのか。


と、言うような考察を、お義母様のお部屋でお茶をしながら話し合った。

ハイ、ルシウス様への罰です。


密会事件のあと、メリッサからの報告を受けたお義母様が、ルシウス様を単体で呼び出し。

三時間に渡る説教の末、言い渡された沙汰が『ミュリエルへの接触禁止一週間』だ。

『離縁して去勢して廃嫡』との二択らしい。

本当は『辺境での鍛錬半年』も入れた三択だったんだけど、私が「ルシウス様の体型は現状維持で」と申し入れたのでなくなった。

いや実質一択だけどね。

私達の自室が近く、接触禁止が守れない可能性大なので、その日の夜からお義母様の部屋に居候してる。

お義父様との御用は、あちらの部屋で済ませてくださるとのことだ。

ちなみにお義父様からの罰は、ハニトラ教育のやり直し。

不貞云々に関しては、ひとっつも強く出れない前科持ちのお義父様だった。



「ノアがだいぶ気にしててね。辞職する勢いだったのよ。ただまあ、ルシウスにはちょうど良いお灸になったことだし、大事にもしたくないからそのまま保留ってことで留めているのだけど。ミュリエルさん、ノアへも何か罰を考えてるかしら?」


お義母様からの問いに、書きかけていた招待状を見直す。


「……ルシウス様用に考えていた案ですが、ノアも追加します。ルシウス様単体だと保たない気がしてきました」


妹がやらかしたことへの罪悪感が強いのか、必要ないのにノアも私への接触禁止を続けてるのだ。

ルシウス様→ノア→サリー・ナンシー→私、と言う伝言ゲームが開催されている。

逆の場合はめんどいので、セザールかメリッサに依頼してる。

変なところで似た主従だな、と苦笑しつつ、招待状に修正点を書き加えた。


「……ルシウス様に掛けられる洗脳の手順が確立したら、みんなで奪い合いになりそうですね」


ふと、妹さんの主張してた『洗脳』を思い出し、お義母様に話し掛ける。

お義母様は紅茶を飲み掛ける途中で止まった。


「……それね。『洗脳』なんて滅多に聞かない話だけど、地方の子爵令嬢が話すくらいにはメジャーな単語なのかしら?」

「メジャー、というか。ちょっと前に流行った恋愛小説だと思います」

「恋愛小説?」

「政略結婚で妻が夫を洗脳して、それまで恋人だった幼馴染の令嬢を忘れてしまうんです。令嬢が様々な手を使って洗脳を解き、最後は妻が逮捕されて夫と結ばれる、そんな話です」

「どこかの家で近いことがあったわね」

「どこかの応接室で、ありましたね。その解く手段のひとつに、昔話をして以前の感情を思い起こす、と言うのがあったんです。妹さんはそれに倣ったみたいですね」

「小説をなぞるなんて安直な……」

「まぁ、学術的な解放手段なんて普通の令嬢は知りませんしね。小説内にある真似できそうな方法を、ひとつずつ試すつもりだったんじゃないでしょうか?」

たぶん、だけど。

私はその本を知っていたから彼女が『洗脳』と言い出しても対応できたけど、知らなかっただろうルシウス様もノアも大変戸惑ってた。


「ミュリエルさんは、学術的な解放手段なんてご存知なの?」

「ご想像にお任せします。でも、手っ取り早い洗脳方法は実施済みですよ」


不思議そうなお義母様に対して、あの時のことを思い浮かべながら笑い掛ける。



「出会い頭の印象を強烈なものにして、呆っとしてるところに優しさや面白さの好印象を刷り込む。私の夫はこれで洗脳済です」


◇◇◇◇◇◇◇◇


「ミュリエルさん、あらまた手紙?頻繁ねえ」

「えぇまあ、毎朝毎夕届きます」

「……それって」

「ルシウス様からですね」

「同じ屋敷内でなぜ文通してるの……」

「接触禁止だからでは?あれ、手紙も禁止でした?」

「手紙はいいけど……」

「良かったです。これで手紙もダメになったら、多分倒れます」

「倒れる?ルシウスが?」

「ルシウス様が。今、接触禁止だから食事も別じゃないですか。味がしないってあまり食べないらしくて。お願いですから食べるよう励ましてください、って料理長とメリッサから依頼が来ました」

「そう……」

「あと、寝室も別なので寝付けないそうです。手紙の文言に『おやすみなさい』と書いてあると、ちょっと違うようなのでとセザールが」

「そう……」

「それで、お仕事の合間にと帰ってきてから寝るまでの間に一通ずつ書かれるので。さすがに返事は、合わせて返すことにしてますが、帰ったら返事があると思うと仕事にもやる気が出るみたいです、とこれはナンシー経由のノアからですね」

「……本当にごめんなさい。なんでこんなに面倒な男になったのかしら……」

「大丈夫ですよ、面倒ではないので。内容的にも謝罪と今後の誓いと、禁止が解かれたらやりたいことのリストなので分かりやすいです。あとは食べた物の感想とか、お仕事中の面白話ですかね」

「ミュリエルさんが面倒でないなら良いの……」

「ただ、ちょっと女性恐怖症みたくなってるかもしれません。業務でお話する時もかなり警戒したって書いてありましたし、私以外の女の人とはなるべく話したくないとも」

「本っ当に、面倒くさい息子でごめんなさい……!」


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― 新着の感想 ―
ミューの「いつまで?」がかっこよ過ぎだし、その視点に気づいてつっこむのあまり見た事なくて新鮮でした。 いやほんとその通りだし。 それにしてもある意味女性免疫が低いルシウスはともかくとして、実の妹のヤ…
ノア妹やばい奴だった。夫もテンプレ男に成り下がった笑 応接室に妹みたいな(笑)奴と2人きりになったり、使用人として近付いたりできたのは、結局それを妹両親や一部の使用人が後押ししていたからなんですかね?…
ルシウスのやらかしが山のように積み上がるたびにおもしろネタがどんどん増えていくので、子供が大きくなったときに語れる『パパの黒歴史』がどんどん分厚くなってきていますおもしろ…いや楽しそうですね! おもし…
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