夫がテンプレートなセリフを言い放った
「彼女とはなんでもない!そう、妹のような存在なんだ!」
必死の形相で弁明する夫が、名案!とでも言うように閃いて名台詞を言い放った。
こちらは貴族スマイルの強度を上げて、黙ったまま聞いてる。
「み、ミュー?まだ怒ってる?本当になんでもないんだよ??」
結婚式から半年、ずっと傍で過ごした二人だ。
お互い声に出さなくても解り合う。
(まだ全然怒ってる……!)
(すっごい怒ってる、どうしよう、とか思ってるんだろうなー)
まぁ怒ってはいる。
夫の不貞を疑ってる訳ではないけど。
そしてテンプレートなセリフを聞き、前々から思っていた感想が頭をよぎる。
なんで、実妹がいない男性に限って『妹のような』って表現使うんだろうなー……。
それって突き詰めれば、空想の産物ってことじゃない?
◇◇◇◇◇◇◇◇
それは、ルシウス様のお休みに限って私が外出した戻りのことだった。
仕事が想定よりも早く完了し、なんなら数日休暇を取ったらどうだ?と勧められたらしい。
喜々として報告されたが、こちらにも予定と言うものがある。
怠惰な休日を共に過ごそうと誘われたが、明日の午前中は付き合えません。とお断りしたらものすごくショックを受けていた。
「定例の報告会ですもの。さすがに抜けられませんよ」
「僕も行く!」
「関係者以外立入禁止です」
自分の持ってる商会から、月の報告を受ける日だ。
ルシウス様は部外者なので参加させられない。
知り合いの全然いない職場で待機すんの?
想像し、さすがに居た堪れないとわかったらしい。
送っていく、迎えに行く!と言うのも説き伏せて、昼ごはんまでには戻ると約束し、いつもとは逆に玄関での見送りをされた。
なかなか離さないのはいつも通りだった。
んで。
順調だと報告に満足し、ささやかなお土産を携えて時間通りに帰宅したが、ルシウス様のお出迎えはなかった。
あれ?駆け寄ってくるかと思ってたけど。
セザールに聞くと、私の不在中に公爵家の仕事を片付けていたらしいが、帰宅の報告に執務室を訪れたが不在だったそうだ。
ふーん?
「今どこにいるの?」
「ただいま確認しております」
セザールが把握してないと言うことは、ノアと行動してるのかな?
セザールはお義父様に仕えるのが主なので、ルシウス様のことは大体ノアから報告を受けてる。
まぁいい、支度して昼食にしよう。
そうして自室で整えてると、ナンシーから報告があった。
「ルシウス様は第二応接室にいらっしゃるとのことです」
「応接室?」
ん?
てことは来客?でもセザールが把握してないなんてことある?
なんか納得できないけど、とにかく帰宅の報告はしよう。
そう考え、ナンシーとサリーを連れて第二応接室を訪れたのだ。
で。
目撃してしまった。
「あ、ミュー。おかえりなさい。出迎えられなくてごめんね」
ソファに座り、ニコニコと笑ってるルシウス様。
ーーにピットリと寄り添う、黒髪の女性を。
……人間、何かしらの感情が高まり過ぎると言葉が出て来ない。
実感しました。
扇をピッ!と開き、口元を隠す。
「ナンシー」
「はい」
「ご存知?」
「申し訳ございません。私はこちらのお屋敷に移ってから日が浅いものでして、存じ上げません」
「そう」
「セザール様、メリッサさん、ノアさんでよろしいでしょうか?」
「けっこうよ」
ナンシーが一礼して退出する。
サリーが私の前に立ち、ルシウス様からの視線を阻んだ。
「え、ミュー?どうしたの?」
「お嬢様に馴れ馴れしくするな外道」
サリーの強い拒絶に、ルシウス様が固まった。
「さ、サリー?僕は、え?げ、外道?おじょ?え、どうしたのミュー、サリー??」
二回目の声掛けに苛立ったらしく。
サリーはお仕着せのポケットから警棒を取り出し、構えた。
その気迫にルシウス様がヒクっ!と怯え。
女性は不安そうにルシウス様にくっついた。
まったく、この人は。
「ルシウス様。半年のお付き合いでしたけど、まさかあなたがそのような方だとは思ってもみませんでしたわ。残念だこと」
「え、え??」
「自宅に愛人を招き入れるなんてねぇ」
ビシ!と凍りついた。
ギギギ、と今更横を見て驚きの顔をする。
「ミア!ちょ、離れて!」
慌てて引き剥がそうとするも、女性はますますしなだれかかる。
「ルシウス様、あの人怖い……」
「怖くないから!いや、怖いけど!でも離れてお願い!!」
必死の懇願に、渋々離れた。
すかさずソファの端まで移動するルシウス様。
いや、今更だから。
「みゅ、ミュー。あの、違うんです。そうじゃなくて、彼女は違うんです本当に」
しどろもどろの弁解に、笑みだけ答える。
「ミュー!本当に違うんだ!そういうんじゃなくて、疚しい気持ちも一切ないから!お願い信じて!」
立ち上がってこちらにやってこようとするルシウス様の鼻先に、サリーが伸ばした警棒の先端を突きつける。
「座ってろ」
もはや全く敬っていないドスの効いた声に、ルシウス様は再度ソファに腰を下ろした。
すでに涙目だわ。
「……やっぱり……!」
女性が呟いた時、扉がノックされる。
ナンシーの先導で、使用人三人が入ってきた。
セザールは目を見開き、深々と頭を下げた。
メリッサもため息をつき、同じく頭を下げる。
ノアは両手で顔を覆い、膝から崩れ落ちた。
使用人が増えたことで、サリーがようやく警棒を仕舞う。
三人の反応にルシウス様はまた怯えた。
「申し訳ございません。若奥様」
「申し訳ございません。わたくしどもが至らぬばかりに、ご不快なものをお見せしました」
「「深くお詫び申し上げます」」
セザールとメリッサがより礼を深くする。
「ねえ。そもそも、あの方どなた?」
「……ミア・シルクエン嬢です」
「ノアの妹です」
あら。
崩れ落ちたままのノアをマジマジと見る。
確かに黒髪、顔つきも似てる……かも?
そのノアがまったく立ち直れない。
「兄さん?どうしたの、具合悪い?」
妹さんが心配するが、サリーが怖くて近寄れないみたい。
「……悪くなったよ。お前らのせいでなぁ……!」
地を這うような低い声だ。
だよねー。
「で?どうするの?」
私がそう問い掛けると、ノアもふらつきながら立ち上がった。
「事態の把握のため使用人一同に聴取、後に処罰と訓戒を行います」これはセザール。
「旦那様、奥様にご報告し指示を仰ぎます。その際、若奥様のご希望を最大限にお通しするよう進言いたします」これはメリッサ。
「お嬢様がご実家に戻られることを想定し、荷造りを始めます」これはサリー。
「私も付いていけるよう、セザール様に契約の変更を依頼します」これはナンシー。
「……貴族籍から離籍し、平民に落ちます」これはノア。
後ろ三人、思い詰め過ぎ。
ほら、ルシウス様が涙堪えてプルプルしてるじゃないよ。
「サリー、ナンシー、それはまだ早いからひとまず待機で。ノアもよ。セザールとメリッサは動いてちょうだい」
二人が再度一礼して退出する。
ノアは項垂れたまま、サリーとナンシーは氷点下の目つきでやらかしたルシウス様を睨んでた。
「の、ノア、ノアは知ってるよね?僕とミアはただの幼馴染で、疚しい関係じゃないって!ミューもサリーも聞いてくれないんだ!」
ノアを味方だとでも思ってるのか、味方に引き込みたいのか。
私に話し掛けられないのでルシウス様はノアへと叫ぶ。
「……二人っきりでメイドも連れずに応接室に閉じこもって、何が疚しくないんだよ……!」
ノアの呻きのような抗議に、今日何回目かにルシウス様は固まった。
サリーとナンシーが頷く。
これはやらかしよねぇ。
ルシウス様がどんなに疚しくないと言い張っても、扉も開けずに妙齢の女性と二人っきりで過ごしてたのだ。
傍から見たら完全に密会。逢引。あとはアバンチュールとか?
妹さんは押し黙ったままで何を思ってるのかわからないが、ルシウス様は言った。
「だって、彼女とはなんでもない!そう、妹のような存在なんだ!」
うわぁ、浮気男の常套句出ましたぁ。




