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ロックンロールは永遠だ!  作者: はまゆう


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17/22

第21回:1982年、シンセサイザーの氾濫——アナログ・ギターの危機と復活

こんにちは、みんな。俺だ。


今回は80年代の音楽シーンにおいて、もっとも“ギタリストが肩身の狭かった”時代の話をする。1982年——シンセサイザーがスタジオを席巻し、ギター・アンプの電源が落とされていった年だ。


「ギターは終わった」なんて言われたあの時代に、俺たちは何を思っていたのか。


よし、アンプの電源を入れて(小さな音でな)、話を始めよう。


---


■ プロローグ:スタジオから消えたギター・アンプ


1982年、ロサンゼルス。


俺は当時、セッション・ギタリストとして生計を立てていた。仕事を探してスタジオを回る日々。でも、その年は様子がおかしかった。


スタジオに入ると、アンプが減っていた。代わりに、シンセサイザーのラックが増えている。壁にはギターが数本掛かっているだけ。エンジニアたちは「ギターはDIで録ろう」と言い、アンプを通さない音を推奨した。


「DI?」——ダイレクト・インジェクション。アンプやマイクを使わず、直接ミキサーに信号を送る方法。クリーンでノイズが少ないが、あの「空気を震わせる感覚」が失われる。特に歪んだギターの“咆哮”は、DIでは再現できない。


それでも、当時のトレンドはDIだった。シンセサイザーと混ぜるために、ギターも“クリーン”でなければならない——そんな風潮があった。


知り合いのエンジニアが言っていた。


「今はな、ギターの音を録るとき、アンプは使わないんだ。直接ラインで録って、あとでリバーブかける。そっちの方が、シンセと馴染むんだよ。」


この言葉に、俺は違和感を覚えたが、仕事がなければ食っていけない。仕方なく、アンプなしでギターを弾く日々が続いた。


---


■ シンセサイザーの“正体”と、ギターの“強み”


ここで、音楽理論の話を少ししよう。


シンセサイザーとギターの決定的な違いは、「音の立ち上がり」にある。


ギターの音は、ピックが弦を弾いた瞬間にピークが来る。アタックが強く、その後に減衰する。人間の声や打楽器に近い波形だ。


一方、シンセサイザーは、アタックが非常にコントロールしやすい。なめらかに立ち上がり、持続し、そしてフェードアウトする。オーケストラの弦楽器に近い。


つまり、シンセは「持続」を得意とし、ギターは「瞬間」を得意とする。


その違いが、80年代のポップスでどう使われたか?


シンセは「パッド」として、空間を埋める役割。ギターは「カッティング」や「リフ」として、リズムやアクセントを担当する。


両方あれば、完璧なバランスが取れるはずだ。


しかし当時は「ギターよりシンセの方が新しい」というイメージが先行し、ギターの役割が過小評価されていた。


---


■ 「ギター不要論」の正体


1982年当時、音楽業界では「ギター不要論」がはやり言葉になっていた。


「ギターは時代遅れだ」

「シンセサイザーが全てを変える」

「次の10年はキーボーディストの時代だ」


実際、多くのスタジオでギタリストの仕事が減った。代わりに、シンセサイザー・プログラマーが重宝された。彼らは楽譜を読み、複雑な音色を編集し、打ち込みでアレンジを施す。


ある日、知り合いのプロデューサーが言った。


「ギタリストを呼ぶより、プログラマーを呼んだ方が早いんだよ。わざわざ人間が弾かなくても、シーケンサーに打ち込めば完璧なトラックができる。」


その言葉に、俺は言い返せなかった。なぜなら、彼の言っていることは「効率」の面では正しかったからだ。


でも、心のどこかで思っていた。


「完璧なトラック」と「人間の演奏」は、別物だって。


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■ ギターが“復活”した夜


1982年の終わり、あるレコーディング・セッションでのこと。


スタジオのプロデューサーは、どこからか「老舗ギター・アンプ」を引っ張り出してきた。フェンダーのツイン・リバーブ。年代物で、くたびれていたが、どこか温かみのある音がするやつだ。


「使ってみろ」と言われて、俺はそのアンプにギターを繋いだ。


ピックで弦を弾いた瞬間——あの「空気を震わせる感覚」が戻ってきた。


歪み、倍音、フィードバック。アンプが生む「生き物のような」音。その場にいた全員が、息をのんだ。


プロデューサーがつぶやいた。


「そうだよな。この音は、シンセじゃ出せないよな。」


その一言で、その日のレコーディングは方向転換した。シンセのパッドは控えめに、ギターの生々しい音をフィーチャーしたトラックが出来上がった。


数年後、その曲はリリースされ、多くのリスナーに「ギターの良さ」を再認識させるきっかけになった。


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■ ギターの“復権”と、その後の流れ


80年代半ば、ギターは復活の兆しを見せる。


MTVで流れるビデオにも、ギタリストが再び登場するようになった。ギターソロが再評価され、エディ・ヴァン・ヘイレンのようなテクニシャンが再び脚光を浴びる。


しかし、それは「昔のギター」の復活ではなかった。


シンセと共存するギター。クリーンな音と歪んだ音を巧みに使い分けるギター。エフェクターを駆使し、新しい音色を創造するギター。


ギターは「復活」したのではなく「進化」したんだ。


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■ ある日のエディ・ヴァン・ヘイレン


1984年、ヴァン・ヘイレンの「Jump」が大ヒットした。あの曲はシンセサイザーのイントロで始まるが、エディのギターはもちろん健在だ。


彼にインタビューする機会があった時、こう聞いた。


「ギターはもう終わったって言う人がいるけど、どう思う?」


彼は笑って答えた。


「終わるもんかよ。ギターは俺の声だ。声が終わるわけないだろ。」


その言葉を聞いて、俺も「そうだよな」と思った。


ギターは道具じゃない。自分の身体の一部だ。テクノロジーが変わろうと、自分の声を出す手段がなくなることはない。


それは、ギタリストだけの話じゃない。音楽を作るすべての人間に当てはまる。


---


■ エピローグ:アンプの電源をもう一度


今、あの時代を振り返ると、「ギター不要論」は一種の“流行”だったんだと思う。


新しいものに飛びつき、古いものを過小評価する。それは人間の性だ。


でも、本当に価値のあるものは、流行に流されない。


ギターは、その後の音楽でもずっと使われ続けた。シンセと融合し、多様化しながら、今も現役だ。


ギターは「復活」したのではなく、「終わらない」ものだったんだ。


---


■ 今夜の一枚


今夜は、エディ・ヴァン・ヘイレンの「Eruption」を聴いてほしい。


1978年の曲だが、80年代のギター・サウンドに多大な影響を与えた。


あの速いフレーズ、歪み、タッピング——全てが「これがギターだ」と叫んでいる。


シンセが出てこようが、デジタルが進化しようが、この「生々しい咆哮」は決して消えない。


ロックンロールは永遠ではない。でも、ギターの弦が震える限り、その魂は生き続ける。


---


■ 次回予告


次回は「1983年、スラッシュ・メタルの夜明け——怒りの更なる加速」。


シンセに支配された時代に、反動として生まれた「さらに速く、さらに激しい」音楽。メタリカ、スレイヤー、アンスラックス……彼らが何を叫び、何を壊そうとしたのか。


80年代編、まだまだ続く。


ロックンロールは永遠ではない。でも、その「反逆の炎」は、今も燃え続けている。


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