第二章 「ヒロインは理解が早い」① 即応するヒロイン(王道の起動)
空気が止まった広間で、最初に動いたのはヒロインだった。
彼女の靴音が、赤い絨毯をまっすぐに進む。
迷いのない速度。
躊躇のない呼吸。
物語というものは、こういうときに彼女を走らせる。
泣き崩れる者がいれば、支える。
断罪があれば、誤解を解く。
崩れかけた王子を、正しい位置へ戻す。
その役目を、彼女はよく理解している。
「王子様を……支えます!」
声は震えていない。
決意の音程だった。
列席していた貴族たちが、わずかに視線を動かす。
ここから物語が修復される、と誰もが無意識に期待する。
王子は壇上に立てかけられたまま、円環の形を保っている。
中心には空洞。
縁は均一に整い、艶を持つ。
ヒロインは両手を伸ばす。
助け起こすために。
抱きとめるために。
本来なら、そうするために。
彼女の指先が、焼色に触れる。
やわらかい。
だが人の体温ではない。
重さがある。
想像よりも均質で、想像よりも静かだ。
彼女は腕に力を込める。
王子を――支えようとする。
そこで、わずかな抵抗が生じる。
それは意志ではない。
形状だった。
円環は抱きかかえるには適していない。
中央が空いている。
腕はそこをすり抜ける。
重心が定まらない。
王子は倒れないが、寄りかかりもしない。
物語は救済を要求する。
しかし物理は、それを許可しない。
ヒロインはもう一度、声を出す。
「大丈夫です、わたしが――」
言葉は最後まで届く。
だが、支えることはできない。
彼女の腕の中に収まる構造を、王子はもう持っていなかった。




