⑦ 微細な異変
壇上の処理が進められるあいだ、広間の端で小さな音がした。
ころり。
王子だった円環の縁から、ごく薄い欠片が落ちたのだ。
紙よりわずかに厚く、光を受けて透ける。
それは赤い絨毯の上で止まる。
誰もすぐには拾わない。
優先順位がまだ定まっていないからだ。
やがて、一人の侍女が歩み寄る。
若く、仕事に慣れた手つきの娘だ。
彼女は跪き、指先でその欠片に触れる。
熱はない。
焦げもない。
「……」
何も言わず、つまみ上げる。
柔らかい。
思ったよりも。
確認するように、親指でそっと押す。
弾力がある。戻る。
そのときだった。
侍女はわずかに首を傾げる。
指先の感触が、いつもと違う。
肌の滑らかさの下に、微細な段差がある。
薄い層が、重なっているような。
彼女は自分の指を見る。
爪のすぐ下、ほんの数ミリ。
皮膚の色が、わずかに均一になっている。
血色ではなく、焼色に近い。
触れた部分だけが、整っている。
層はまだ浅い。
一枚にも満たない。
侍女は瞬きをする。
痛みはない。
違和感も、ほとんどない。
むしろ、乾燥していた部分が落ち着いたような感触。
しっとりしている。
彼女は袖で軽く指を拭う。
色は変わらない。
だが広がりもしない。
いまのところは。
侍女は欠片を銀の皿に乗せる。
何事もなかったように立ち上がる。
近くにいた別の侍女が尋ねる。
「どうしました?」
「いいえ」
短い返答。
指先を隠すように手を重ねるが、震えはない。
広間では、大臣が日程の再調整を進めている。
側近は湿度について議論している。
誰も侍女の指先を見ない。
見たとしても、言葉にはしないだろう。
欠片は皿の上で静かに艶を保っている。
そして侍女の指先は、ほんのわずかに、
層を持った。




