表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
年輪はまだ柔らかい  作者: 南蛇井


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

65/90

第十章 交差帯(こうさたい)編 ― 境界は線ではなく、場になる ― 第一幕|帯の誕生

境界の夜


夜は、どちらのものでもなかった。


裂土の乾いた冷気と、霧界の湿りを含んだ静けさが、ゆるやかに重なり合っている。そこに生まれたのが、交差帯だった。


かつては鋭く断ち切られていた境界は、いまは帯のように幅を持って横たわっている。

亀裂はまだ走っている。だがその底には、わずかな湿りが残っていた。乾ききらない。崩れきらない。


霧は漂っている。

だが、すべてを覆い隠すほど濃くはない。輪郭は保たれ、地面のひび割れも見える。見えすぎもしない。


世界が、互いに少しだけ譲った結果の空間だった。


リオは、その縁に立っていた。


一歩踏み出す。


足裏に伝わる感触は、硬さだけでも、ぬかるみだけでもない。

沈まない。だが、拒まれもしない。


彼女はさらに数歩進む。


小石が転がっている。

それを、つま先で軽く押す。


小石は転がる。

だが勢いよく進まず、どこかで止まりかけ、そしてわずかに動きを変え、また転がる。


止まる。

けれど、完全には止まらない。


「……」


リオはしゃがみ込み、その挙動を見つめた。


止まりながら、進んでいる。


裂土では、物ははっきり止まる。

霧界では、止まらない。


だがここでは、両方が同時に起きている。


彼女は小さく息を吐いた。


音が、空気に溶ける。


吸われすぎない。

跳ね返りすぎない。


裂土の音は硬く反響し、霧界の音は呑み込まれる。

だがここでは、声はそのままの形で、少しだけ遠くへ届く。


リオは試すように言葉を落とした。


「……聞こえる?」


返事はない。


だが、言葉は消えなかった。

空間のどこかに、薄く留まっている気配があった。


危険地帯だったはずの場所。


踏み込めば崩れ、呑まれ、押し返されるはずだった境界。


それが今は、立っていられる。


居られる。


胸の奥に、奇妙な感覚が芽生える。


緊張ではない。

恐れでもない。


ただ、落ち着きに近い何か。


リオはゆっくりと座り込んだ。


地面は冷たい。

だが、凍えるほどではない。


霧が足元をかすめる。

だが、まとわりつかない。


彼女は目を閉じる。


裂土でもなく、霧界でもない場所。


どちらにも属さないはずの空間で、

彼女は初めて思う。


ここなら、待てる。


境界は、もはや刃ではなかった。

裂くための線ではない。


それは、帯だった。


滞在を許す、厚みを持った場。


遠くで、何かがわずかに動いた。


止まりながら、進む気配。


夜は深い。

だが、その深さは恐怖ではなく、包み込む広がりへと変わりつつあった。


交差帯は、静かに息をしている。


そしてリオは、その最初の証人だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ