⑥ レティシアの視線
壇上の中央に、円環がある。
宝石のついた外套が、その形に沿って垂れている。
赤い絨毯の上に落ちる影まで、きれいに丸い。
レティシアは、それを見上げる。
距離は数歩。
近づこうとすれば近づける。
触れようと思えば、触れられる。
だが彼女は動かない。
泣かない。
叫ばない。
言い訳もしない。
視線だけが、まっすぐに向いている。
王子だったものは、中心に空洞を持ち、向こう側を透かしている。
その穴越しに、広間の壁が見える。
燭台の炎が、揺れずに立っている。
彼女は円周を目でなぞる。
焼色の均一さ。
層の重なり。
縁のわずかな湿り気。
崩れはない。
焦げもない。
完璧とまではいかないが、実用には十分だ。
誰かの咳払いが遠くで聞こえる。
侍女が小さく衣擦れを立てる。
それらは背景に退く。
レティシアは静かに言う。
「温度は、適切だった」
声は大きくない。
独り言に近い。
感慨はない。
誇りも、後悔も、混じらない。
ただ、工程の確認。
焼成は成功した。
予定外の破裂はない。
内部はしっとりと保たれている。
それだけで十分だった。
彼女は微笑まない。
口元は動かず、目も細められない。
感情が欠けているのではない。
感情を差し挟む工程ではないだけだ。
壇上の円環を見つめるその横顔は、
罪を問われる者のものではなく、
焼き上がりを確かめる職人のものだった。
そして広間の誰も、その違和感を指摘しない。
空洞の向こうで、炎だけが静かに揺れている。




