第五幕|リオの揺らぎ
風削崖は、いつも風が支配していた。
吹き上げ、削り、
余分なものをすべて奪う場所。
匂いは残らず、
声も長くは留まらない。
だが今日は違う。
崖の縁に、白が絡んでいる。
薄い霧が、岩肌に触れ、
流されきらずに残る。
風は吹いている。
それでも、消えない。
初めて、風の中に白が留まる。
リオは崖の縁に立つ。
足元の亀裂は、まだ鋭い。
だがその奥に、わずかな湿りが光る。
彼女は白い帯を見つめる。
霧は裂土を覆わない。
だが触れている。
境界が、曖昧になる。
「境界、なくなる?」
リオが言う。
恐怖ではない。
拒絶でもない。
確認。
ここが裂土である理由は、
乾燥という線引きにあった。
あちらは霧。
こちらは乾原。
はっきりしていた。
ケインは隣に立つ。
白い霧が彼の肩に触れる。
すぐには消えない。
「なくならない」
短く答える。
リオは視線を向ける。
「変わるだけだ」
ケインは続ける。
霧は裂土を飲み込まない。
岩は崩れていない。
亀裂は残っている。
だが裂土もまた、
霧を完全には拒絶できない。
白は、ただ触れている。
触れ続けている。
境界は消えない。
しかし、固定でもない。
リオは足元を見下ろす。
砂を蹴る。
いつもより重く落ちる。
「混ざるってこと?」
「重なる、かな」
ケインは言い直す。
混ざると、溶けて一つになる。
だが今は違う。
乾燥の上に、湿度がある。
湿度の中に、乾燥が残る。
重なり。
霧が風に流され、
岩に沿って伸びる。
白は裂土の形をなぞる。
裂土もまた、霧の動きを変える。
互いに影響し合う。
リオは小さく息を吐く。
「ここ、変わるね」
拒否でも賛同でもない。
予感。
ケインはうなずく。
「変わる」
肯定は静かだ。
風が強く吹く。
白が揺れる。
だが、消えない。
境界はまだある。
しかし線ではない。
帯になり、
厚みを持ち始めている。
リオは崖から一歩下がる。
「なくならないなら、いい」
その言葉には、わずかな安心がある。
裂土が消えることへの不安。
霧に呑まれる未来への警戒。
だが今は、どちらも起きていない。
霧は滞在している。
裂土は立っている。
混ざりはじめている。
風削崖の上で、
白と灰が重なり合う。
境界は消えない。
ただ、形を変えつつある。




