⑤ 周囲の反応
壇上には、完成した円環がある。
豪奢なマントは半ばまで焼色を帯び、宝石はそのまま埋め込まれている。
王子だったものは、立っている。
正確に、安定して。
広間は静まり返っていた。
静まり返っているが、混乱はない。
混乱というのは、処理不能のときに起こる。
いまはまだ、処理の途中なのだ。
最初に口を開いたのは、列席していた貴族の一人だった。
「……予定はどうなります」
声は控えめだった。
だが内容は具体的だ。
断罪のあとの舞踏会、祝宴、翌日の戴冠式。
日程は既に印刷され、配布されている。
壇上の円環は何も答えない。
大臣が手帳を開く。
数秒、ページをめくる音だけが響く。
「戴冠式は延期で」
簡潔だった。
理由の説明はない。
延期とは、再開を前提とした言葉である。
つまり、王子は再利用可能だという判断が、無意識に共有されている。
侍女が小声で隣に問う。
「粉糖、振ります?」
純粋な確認だった。
白を足せば、見栄えはよくなる。
儀式の写真にも映える。
誰も笑わない。
誰も怒らない。
ただ検討の余地として、その提案は空気中に置かれる。
円環は静かに艶を保っている。
側近が一歩前に出る。
彼は最も王子に近い位置にいた男だ。
忠誠と実務の中間にいる顔をしている。
壇上を見上げ、深く一礼する。
「陛下」
呼びかけは変わらない。
形状が変わっても、敬称は維持される。
側近は続ける。
「保存は常温でよろしいでしょうか」
広間に、わずかな間が落ちる。
冷蔵という選択肢もあった。
だが冷やせば風味は損なわれる可能性がある。
常温。
湿度管理を前提とした、穏当な提案。
それは忠誠の言葉だった。
王子の尊厳を守るとは、適切な環境を整えることに他ならない。
誰かが頷く。
大臣が記録係に視線を送る。
「陛下、常温保存」
羽ペンが紙を走る。
その音だけが、生きている。
断罪は消えた。
悲鳴も起きなかった。
代わりに、保存方法が決定した。
壇上の円環は、何も言わない。
しかし広間は、すでに次の段取りへと静かに進んでいる。
世界は、問題なく運行している。
しっとりと。




