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年輪はまだ柔らかい  作者: 南蛇井


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第二幕|内部の揺らぎ

昼の乾原は、音を遠くへ運ぶ。


鉄を打つ響きも、

皿に水を注ぐ音も、

足裏が砂を踏む擦過も、

薄く、しかしはっきりと広がる。


ケインは建物の影に座り、

欠けた円環を膝に置いていた。


光は容赦なく形を露出させる。

滑らかな部分と、鋭い欠け目。

その差は、隠しようがない。


足音が近づく。


軽い。

まだ重さを知らない足取り。


振り向くと、若者が三人。

裂土の衣は直線で縫われ、

角張った肩が陽を受けている。


彼らは距離を詰めすぎない。

だが、退きもしない。


視線は円環に落ちる。


ひとりが言う。


「それ、滑らかだな」


指を伸ばしかけて、止める。

触れれば粉が付くかもしれない、

そんな無意識の警戒。


別のひとりが、欠けた部分を見て言う。


「割れたらどうなる?」


問いは単純だ。

責めも嘲りもない。

ただ、因果を知りたいだけの声。


ケインは答えない。


割れた瞬間の音。

乾いた衝撃。

匂いが広がらなかった事実。


それらは言葉にすれば、

意味を持ちすぎる。


沈黙が、風にさらされる。


三人目がしゃがみ込み、

砂に指で円を描いた。


完全な円ではない。

線はわずかに歪む。

地面の亀裂が、軌道を狂わせる。


「丸いの、作ってみたい」


ぽつりと、言う。


声は小さい。

だが、はっきりしている。


他の二人が顔を上げる。


「ここで?」


「転がらないぞ」


「欠ける」


即答。

反射のような否定。


だが、最初に言った若者は

砂の円を見つめたまま動かない。


「でも、滑らかだ」


彼はケインを見る。


「角がないの、触ったことない」


触覚の欠落。

体験の不在。


裂土では、角は前提だ。

力を受け止め、

衝撃を止め、

形を保つ。


丸さは、逃がす。

逃がすものは、信用されない。


ケインはようやく口を開く。


「丸いと、転がる」


「どこへ?」


即座に返る問い。


ケインは答えられない。


転がる先を、彼は知っている。

だが、それを言えば

ここに波を起こす。


沈黙。


若者のひとりが、

欠け目の角をそっと指で撫でた。


痛い、と小さく言う。


血は出ない。

だが、鋭さは残る。


「丸いままだったら、痛くないのか?」


ケインは短く答える。


「割れなければ」


風が吹く。


砂の円が崩れる。


だが、若者はもう一度描く。

今度は、少し大きく。


亀裂に沿って歪みながら、

それでも円を保とうとする線。


裂土の中で、

初めて“変わりたい”という形が

地面に置かれる。


それはまだ、思想ではない。


ただの好奇心。

ただの触れてみたい衝動。


だが乾燥は知っている。


小さな線も、

長く残れば溝になる。


ケインは円環を握り直す。


ここは、角の土地だ。


それでも今、

丸さを想像した若者がいる。


乾原の空気が、

わずかに揺らぐ。


湿りではない。


欲求の、揺らぎだった。

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