③ 咀嚼(転換点)
王子の口元に、円がある。
最初は光の加減かと思われた。
壇上は高く、窓から差す光は強い。錯覚は起こり得る。
しかしそれは、錯覚にしては立体的だった。
幾重にも重なる薄い層。
均一に焼かれた色合い。
中心には、きれいな空洞。
王子の唇は、その円を囲むように存在していた。
誰も指摘しない。
それが何であるか、すぐに理解できなかったからではない。
理解するより先に、場が整ってしまったからだ。
王子は続きを言おうとする。
「レティシア、君の罪を——」
言葉は出ない。
代わりに、静かな音がする。
もぐ。
広間は広い。
それでもその音は、不自然なほど正確に響いた。
王子の顎が、ゆっくりと上下する。
咀嚼の動きだ。
誰かが息を吸う。
だが、声にはならない。
王子は噛みしめるように、慎重に味わっている。
もぐ。
沈黙。
時間がわずかに伸びる。
本来であれば混乱が走るはずの瞬間。
しかし何も起きない。
王子は視線を前に向けたまま、言う。
「……甘い」
短い評価だった。
断罪の宣言でも、怒りでもない。
味についての、率直な感想。
その声は落ち着いている。
感情の揺れはない。
甘い。
それだけで十分であるかのように。
広間の誰も笑わない。
誰も叫ばない。
誰も説明を求めない。
ただ、事実がそこにある。
王子の口には年輪がある。
そして王子は、それを食べている。
未完の宣告は宙に残り、
咀嚼だけが、確実に進行していく。




