② 宣告の間(動→停止)
宣告の間は、よく磨かれていた。
床は鏡のように光り、天井の装飾は過剰なほどに荘厳だった。
中央に赤い絨毯が敷かれ、その先に壇上がある。
王子はそこに立っていた。
正面を向き、背筋を伸ばし、練習済みの角度で顎を引いている。
彼は正しい姿勢だった。
正義を宣告するのに適した角度で。
左右には貴族が整列している。
誰もが期待している顔をしている。
断罪は社交行事であり、予定表に組み込まれた催し物だ。
レティシアは絨毯の中央に立つ。
一歩も動かない。
視線も揺れない。
静止しているのは彼女だけではなかった。
場の空気そのものが、どこか準備運動を終えたあとのように、落ち着き払っている。
王子が口を開く。
「レティシア」
声はよく通った。
広間の隅まで届くよう訓練された声だ。
「君の度重なる妨害、虚偽、そして——」
貴族たちがわずかに身を乗り出す。
ここからが山場だと、全員が理解している。
「君の罪を——」
その瞬間。
王子の声は、続かなかった。
止まったのではない。
途切れたのでもない。
続くはずの言葉が、存在しなかった。
王子の口元に、円があった。
白く、幾重にも重なった年輪。
光を受けて、やわらかく輝いている。
一瞬、誰もそれを認識しない。
王子は言い直そうとする。
「……」
音が出ない。
代わりに、小さな咀嚼音が広間に落ちる。
もぐ。
やけに鮮明だった。
沈黙が広がる。
貴族の一人が咳払いをしかけ、やめる。
王子は自分の口に触れようとする。
しかし手は届かない。
届く前に、外側からゆっくりと固まり始めているからだ。
絹の衣装がわずかにきしむ。
肩から腕へ、腕から指へ、均一に色が変わる。
焼色は均等だった。
誰かが悲鳴を上げるべき場面だった。
だが、誰も上げない。
それはあまりに整っていた。
あまりに、丁寧だった。
王子はようやく一言だけ、絞り出す。
「……甘い」
断罪の言葉ではなかった。
評価だった。
その瞬間、場は完全に停止する。
物語が盛り上がるはずの地点で、熱が消える。
燃え上がるはずの感情が、均一に冷却される。
王子は壇上で、静かに円環となる。
中心には、きれいな空洞があった。
言われるはずだった罪状は、どこにも落ちていない。
未完のまま、空気中に浮かんでいる。
レティシアはそれを見上げる。
何も言わない。
未完は、過熱よりも美しい。
広間は静まり返っている。
そして、誰かが小さく呟く。
「……次第は、どうなりますか」
断罪は行われなかった。
ただ、止まった。
動いていたものが、正確な温度で、固まっただけだった。




