⑤ 感染の進行(緩やか)
最初に変わったのは、指先だった。
欠片をつまんでいた右手の親指と人差し指。
そこだけが、わずかに色を揃える。
血の巡りが良くなったようにも見える。
しかし赤みではない。
均一だ。
肌理が整い、光を受ける角度が一定になる。
曖昧だった境界が、静かに整理されていく。
ヒロインは気づかない。
あるいは、気づいても問題にしない。
次に頬が変わる。
感情の紅潮とは違う。
内側から滲むのではなく、外側から整う。
薄く、柔らかな艶。
涙ではない。
汗でもない。
しっとりしている。
呼吸は乱れない。
脈も速まらない。
痛みはない。
違和感も、ほとんどない。
ただ、調整が進む。
彼女がもう一度口を開く。
「王子様は……」
声が、わずかに丸い。
角が取れる。
子音の鋭さがやわらぎ、
語尾が滑らかに落ちる。
言葉そのものが層を持ち始める。
恋愛の兆しは立たない。
抱きしめる未来も、結ばれる未来も、
物語の枝は伸びない。
代わりに、別のものが立つ。
層。
見えないはずの断面が、内側でゆっくりと重なっていく。
彼女の立ち姿が安定する。
揺れない。
焦らない。
求めない。
王子との未来は閉じた。
だが年輪は開いた。
中心に向かって、静かに。
広間の甘い匂いが、ほんの少し濃くなる。
誰もそれを止めない。
止める理由が、まだ焼き上がっていないからだ。




