② 支えられない現実(物理の勝利)
ヒロインは足場を確かめるように踏みしめ、両腕を円環の下へ差し入れる。
抱えればいい。
持ち上げればいい。
それだけのことだと、体は理解している。
指先が縁に触れる。
しっとりしている。
しかし弾力は思ったよりも密だ。
生地の内部が均一に詰まっている重さ。
彼女は力を込める。
持ち上がる。
ほんの数センチ。
その瞬間、重心がずれる。
中央が空いているせいで、腕が安定しない。
抱きかかえるという行為は、対象が人型であることを前提にしている。
これは、円だ。
想像より重い。
体温ではなく、密度が腕にかかる。
王子の名残は質量へ変換されている。
ヒロインは歯を食いしばる。
「大丈夫です、わたしが——」
わずかなきしみ。
音は小さい。
ぽろ。
縁の一部が、指の圧に耐えきれずに外れる。
崩れたのではない。
欠けた。
形は保たれている。
円は依然として円だ。
ただ、ほんの一片が欠落しただけ。
欠片は赤い絨毯に落ち、転がる前に止まる。
ヒロインの手のひらには、薄く丸みを帯びた断片が残る。
それは温かくも冷たくもない。
軽いが、存在感がある。
王子は倒れない。
立てかけられたまま、しっとりと艶を保っている。
欠けた部分は痛みを示さない。
血も出ない。
ただ、均一だった縁に、わずかな空白が生じる。
ヒロインはその欠片を見つめる。
自分の手のひらに残った、王子の一部。
物語なら、ここで奇跡が起きる。
だが起きない。
物理が勝っている。
円は、抱きしめるために作られていない。




