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 第3章 20:森の小道を明るく照らす

 


 夜の森は、昼とはまるで別の顔を見せる。


 木々は重なり合う影を深く落とし、風に揺れる枝葉が静かなざわめきを生む。月明かりだけでは足元は心もとなく、慣れない旅人ならすぐに道を見失ってしまうだろう。


「ここか……噂の小道は」


 冒険者は、腰に工具袋を下げ、片手にランタンを持って森の入口に立っていた。


 久々にアルファ村長からヴォーイギルド長経由の依頼だ。

 夜間でも安全に通行できるよう、森の小道に光を設置すること。だが同時に、森の奥では「動物でも人でもない影」が目撃されているという話もあった。


 首から下げた双眼鏡が胸元で軽く揺れ、スケッチブックの革表紙が夜露を吸ってしっとりと冷たい。

 安全確保と調査──。

 二つの目的を胸に、闇の中へ踏み出した。


 まずは道を照らすことから始めた。

 曲がり角、木の根が浮き出た足場の悪い場所、霧が溜まりやすい谷筋。


 そうした迷いやすい箇所に、ランタンを一定間隔で設置していく。

 光は柔らかく、森を威圧しない色合いを選んだ。反射材を木の幹に巻きつけると、わずかな灯りでも道筋がはっきりと浮かび上がる。


「……これなら、夜でも迷わないな」


 作業を進めるうち、周囲の気配が少しずつ賑やかになっていくのに気づいた。

 藪の奥から、小さな影がぴょこんと飛び出す。


 リスのような小動物が、ランタンの光を不思議そうに見つめ、尻尾を揺らしている。別の方向からは、丸い目をしたフクロウが枝に止まり、首を傾げてあなたを観察していた。


「怖くないよ。

 ちょっと明るくするだけだ」


 そう声をかけると、小動物たちは警戒を解いたのか、あなたの足元をくるくると駆け回り始めた。


 光は人のためだけでなく、森の生き物にとっても安心をもたらすのだと、ふと実感する。


 だが──。


 その時だった。


 ランタンの光が届かない少し先で、何かが揺れた。


 人の背丈ほどの影が、木々の間をすべるように移動したように見えた。


 作業の手を止め、双眼鏡を構える。

 影ははっきりとした輪郭を持たず、枝葉の隙間に溶け込むように消えていく。


 昼間に見れば、ただの木漏れ日と影の重なりだろう。しかし夜の森では、それは確かに「何かがいる」ように感じられた。


「足跡は……ない」


 地面を照らし、揺れた枝の高さや向きをスケッチブックに書き留める。


 翌日、同じ場所を昼に観察すると、不思議な影が現れた位置には、複雑に絡み合った枝と葉があった。

 太陽の角度によっては、人の形にも獣の姿にも見える、錯覚を生む構造だ。


 夜と昼、光と影。


 何度も森に足を運び、記録を重ねた。

 ランタンを増設することで、夜の影は次第に正体を失っていく。


 光が増えれば、不安は減る。

 正体不明のものほど、人の心を惑わす存在はない。

 やがて作業が完了した夜。


 森の小道は、柔らかな光に包まれていた。

 ランタンの灯りが連なり、反射材が星のように瞬く。


 そこを村人たちが恐る恐る、やがて安心した足取りで歩いてくる。


「こんなに明るいなら、もう怖くないね」


「夜でも安心して通れるよ」


 笑顔と感謝の言葉が、胸に温かく広がった。


 後日、あなたは集めたスケッチと記録をヴォーイギルド長に提出した。

 机の上でページをめくりながら、彼は頷く。


「なるほど……。

 影の正体は光と構造の錯覚だったか。よく調べてくれた」


 森を出るときを思い出した。

 振り返ると、灯りに照らされた小道の先で、小動物たちが変わらず駆け回っていた。


「光ひとつでも、人や森を守る力になるんだな」


 剣を振るうだけが冒険じゃない。


 見えない不安を照らし、安心を残す──。

 それもまた、この世界で誰かを守る行為だ。


 そう実感した、静かで確かな一日だった。


 


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