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8/11

Day7:重すぎたリール、芽生える構想

季節はあっという間に秋から冬へとうつろい、冷たい風が村を包んだ。

秋に荒食いしていた魚たちも次第に動きを鈍らせ、竿を振れる日々はどんどん減っていく。


私は冬の間にリールを作ろうと決め、家での作業に没頭するようになった。

本格的なものを作るには知識も技術も足りないし、材料だって手に入るかどうか分からない。


そんなとき目に留まったのは、母が内職で使っているボビンワインダーだった。


「あれを竿に括りつければ、リールになるんじゃない?」

そう思ったあの日から、心は決まっていたのかもしれない。


余っているものはないかと尋ねると、

母さんは驚いた顔で「ユリカも手仕事に興味を持ったのかい?」と嬉しそうに笑った。

……この世界では、女の子が家の中で器用に働けることが「良き嫁ぎ先」に繋がる。

母さんの反応は、その典型だった。


(……ごめんねお母さん。違うんだ……)

心の中でそう謝りながら、私は工房から持ち出した竹竿に、ボビンワインダーを括りつけてみた。


「これで回せば糸を巻けるはず!」

だがすぐに重大な問題に気づく。


――ガイドがない。


糸を通す輪がなければ、ただ垂れるばかりで遊び道具にもならない。

指輪が無いかと探しても、家の中には見当たらず、

この村で、そんな贅沢な装飾品をしている人は一人も居ないと思いだす。


途方に暮れていたとき、裏庭から母の悲鳴が響いた。


「きゃああ!」


慌てて駆けつけると、尻もちをついた母の周りに薪が散乱し、

その隙間から白骨化した蛇が転がり出ている。


どうやら冬支度のため、去年から干してある薪を室内に運ぼうと抱えたところで、隙間から白骨化した蛇が転がり出てきたのだった。


「な、なんだ……骨か……」


胸をなで下ろした私の目に、蛇の椎骨(ついこつ)が飛び込む。

等間隔に並ぶ骨の中央に、小さな穴――まるで糸を通せと言わんばかりだ。


(これだ!これはガイドになる!)


骨を抱えて小躍りする私に、

母と兄は「気持ち悪い!」と顔をしかめ、呆れ顔で家に引っ込んでいった。


ガイドにするため、まずは骨を洗う。

水でごしごしやっていると、母さんが「骨を綺麗にするなら、木灰を入れたお湯で煮るのが一番だよ」と教えてくれた。


農家では家畜の骨を煮込んで砕き、肥料にするらしい。

母さんの実家は農家だったんだとか。


母さんが、私に木灰を手に入れるためだと、暖炉の掃除を命じてきた。

「うぐぐ」と唸りながら、ふと思う。


”マナヒーター”のようなも設備ぐらいあってもいいものだが、うちでは暖炉を使っている。


「工房の炉はマナを使っているのに」と母さんに尋ねると、それは仕事道具だからといい、ヒーターのような大きな設備は高額で、まだまだ一般家庭では珍しいのだそうだ。

そう言われ、開いた窓の外に目をやると、どこの家でも、煙突から灰が舞っていた。


(すす)まみれになりながら、木灰を集めると、母さんが鍋で骨をぐつぐつ煮てくれる。


「これから一時間くらい煮込むから、ユリカは身体を拭いて着替えておいで」

「はあい」と返事をし、身体を拭いた私は寝間着に着替え待機した。


一時間ほどして煮込み終えると、綺麗になった蛇の椎骨が現れた。

私は思わず手を伸――ぺしん!母さんに手の甲を叩かれた。


「熱いものを触ろうとしないの!煮た骨は崩れやすいんだから、ちゃんと冷めるまで待ちなさい」

脇を抱えられ、遠くへ追いやられる。


その後も幾度となく、母さんの目を盗み鍋に近づいてみたものの、

監視の目は鋭く、その日の作業はお預けとなった。


――翌日

鍋の中を覗くと、骨は昨日より白さを増し、水面は脂や肉片で汚れていた。

綺麗になった骨を汚さぬよう、水を捨て、骨を拾い上げる。

拾い上げた骨を再度濯いでから、私は工房へと向かった。


父さんに鉄鑢(てつやすり)を借り、ガイドの精製に取り組んだ。

椎骨には、互いを連結するための、穴と平行な突起が存在する。

その突起を竿に括り付けるために残し、それ以外の余分な物をそぎ落として行った。


煮込んだ骨は意外と脆く、力を入れすぎるとパキッと割れてしまう。

そのため、優しく撫でるように鑢掛けを続ける。


(ふぅ、よし!こんなものかな)

額の汗を拭った。


大体の形に整え、必要分が揃ったので、次は完全に乾かすことにした。

外の薪置場なら屋根もあり、風の通りもよさそうだ。


一週間後。

骨は雪のような白さになっていた。

私はたまらず触れてみる。そこには加工時の脆さはなく、石のように硬く、見事にガイドとなる姿を見せてくれた。


糸で巻いて取り付けてみる。

……が、釣り糸を通そうと触れただけでぐらぐらし、しばらくしてポトリと落ちてしまった。


困って母さんに、何か接着するものはないかと相談すると、

「木皿なら松脂を塗って固定するわね」と教えてくれた。


その言葉に閃いた私は、薬箱から松脂をだし、麻糸に染み込ませて巻きつけた。


作業を終えるころにはすっかり夜で、母さんが「夕飯よ」と呼んでいる。

食卓に向かうと、松脂まみれの私の手を見た母さんは驚き、暖炉の灰を私の手に振りかけた。


「これで指先の松脂を吸わせなさい!まったくこの子は……」

灰と松脂を擦り合わせると、固まったかけらがぽろぽろと剥がれ落ちた。

私は最後に、手を水で流し、食卓に着いた。


――――松脂が固まるにはかなりの時間がかかり、

やがて琥珀色に透きとおり、美しい輝きを宿すころには、次の春になっていた。


綺麗に固まっているガイドを見て私は、胸を高鳴らせ、

さっそく、父さんに頼み込んで、川へ連れていってもらった。


竹竿に括り付けてあるボビンワンダーからは、釣り糸が伸び、ガイドを通って竿の先端から垂れ下がる。

私はその先端にスプーンを結んだ。


「いっけー!」

キャストしたスプーンは綺麗な弧を描き、対岸近くの水面へ吸い込まれた。

竿を震わせると、水中でスプーンが光を返し、ボビンワインダーの取っ手を回せば、ちゃんと手元に戻ってきた。


「……やった……やった!……ルアータックルが完成したよ!」

喜んだのも束の間、リールは重すぎて数投で腕が限界に達した。


それもそのはず。ボビンワンダー単体でおよそ一キロ弱。前世で使っていた渓流用のスピニングリールなら百五十グラムに満たない重さだ。


それでも投げ続けていると、ぐん、と竿先が水面へ引き込まれた。


「食った!!」

慌ててリールを回すが、革紐は摩擦が足りず、取っ手の回転方向とは逆に流れていく。

やがて、ボビンが糸を全て出し切った末、ぷつりと切れた。

……残ったのは、革と木が焦げたような匂いだけだった。


帰り道、うなだれる私に父さんは笑いながら言った。

「いいアイデアだったぞ。魚が掛かったときは本当にすごかった」


帰宅すれば、ボビンワンダー式リールを見た母さんは呆れ顔で「まったく……」とため息をつき、

マルクは腹を抱えて笑っていた。

私はその日は食欲もなく、布団に潜り込んで眠ってしまった。


翌朝になると、昨日の失敗などケロッと忘れ、再びリールについて考え始めた。


(この円盤をつないでいる革紐が滑るんだよねぇ……。あれ?小さい方の円盤は外して、大きい方を直接つければ……革紐はいらないんじゃない?)

頭の中に、前世で見たベイトリールの姿が浮かぶ。


一軸にすればもっと軽くなるし、革紐も不要だ。

だが六歳の私には、それを形にする力がまだなかった。


構想を胸に抱いたまま、二年半の月日が過ぎ、九歳の秋――私は運命を変える時を迎える。

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