Day53:並べられた道
「ん~……。何を専攻しようか……」
私は今、専攻選択の紙とにらめっこしている。
今日から受付が始まり、締め切りは来週末。それまでに、どの専攻を選ぶか決めなければならない。
そもそも私は、強制的な義務や立場があってルーニクス大学に来たわけではない。
「キャンピングカーを作るには、きっと必要なんだろう」ただ、それだけの理由しかない。
なので、余計に何を選べばいいのか悩んでしまう。
「こら、歩きながら読むんじゃない」
プラウド組のレーヴン教授に叱られて、はっと顔を上げると、自分がオルド組の教室の前まで来ていたことに気が付いた。
教室に入ろうと、重い扉に手をかけ、半分ほど押し開いた、その瞬間――
向こう側から、四つの影が一斉にこちらへ駆け寄ってくるのが見えた。
気が付いた時には、オルドの重厚な扉は、四人分の勢いそのままに押し戻され、私はあっさりと廊下へ弾き出されてしまう。
それでも構わず、扉の外まで出てきた四人が、ずいっと距離を詰めてくる。
「お前が、自転車を使ったって本当か?」
「自室を工房みたいにしてるって話も聞いたぞ」
――どこで、そんな話を?
そう思ったところで、エマさんとフィオナさんが、慌てた様子でこちらへ駆けてくるのが視界に入った。
「ごめんなさい、ユリカさん。
彼ら、デストレーザ派閥の人たちなら、もう知っているものだと思って、自転車のことを聞いてしまったんです。
そうしたら話の流れで……ユリカさんの自室のことまで話しちゃって……」
特別、隠していたつもりもない。
なので、怒る理由もなかったが――
それでも、目の前で起きている状況がよく分からず、私は素直に説明を求めた。
エマさんの話によると、彼らはルーンを“技術”として捉え、産業や生活の発展へと繋げることに力を注ぐ、デストレーザ派閥の学生たちだという。
ルーンこそ使っていないが、新しい仕組みを考え出し、形にし、さらには商品化までした。
そんな私は、彼らにとって強い興味の対象だったらしい。
加えて、マナ車で名の知れたレス・セット・ジェルマネス工房で世話になっていた、という話が、その関心にさらに火をつけたようだった。
四人が、次々と声を上げる。
「専攻は、やはり開発系か?」
「マナ車に関わるつもりなんだろう?」
「一緒に、新しい商品を開発しましょっ!」
「……」
一人だけ言葉を発さない人物がいたが、その沈黙すらも含めて、熱量だけははっきりと伝わってくる。
その勢いに少し気圧されながらも、まだ何も決めていないことを伝え、私は逆に問い返した。
「皆さんは……デストレーザ派閥として、どんな専攻を選ぶ予定なんですか? テ、テムさんから教えてください」
そう言った瞬間、彼はぴたりと動きを止め、眉間に深く皺を寄せた。
「……私の名前は、トマだ」
そうだった。
なぜかこの人の名前だけ、どうしても口をついて出てこない。
そんな私を見て、トマさんは大きく一つ、ため息をついた。
「……まあいい。
それより、本当に君が作ったのか? その自転車を」
私は小さく頷き、正直に答える。
「はい。設計も、試作も。
改良の一部は友人に手伝ってもらいましたし、レス・セット・ジェルマネスの工房長にも相談しましたけど……基本的には、私です」
その瞬間だった。
トマさんの表情が、みるみるうちに変わっていく。
無表情に近かった顔が崩れ、目は輝き、身体は前のめりになる。
――まるで、何かに火がついたみたいだ。
「どこで?」
「いつ?」
「どうやって思いついた?」
「そもそも、なんで作ろうと思った?」
質問が、間髪入れずに飛んでくる。一つ答える前に、次が来る。
気づけば、先ほどと同じように、私はその勢いに飲み込まれていた。
慌てて、彼の胸元を両手で押し返す。
だが、びくともしない。
私はたまらず、助けを求めるようにエマさんへ視線をおくると、それを察した彼女は、すぐに私たち二人の間へと割って入ってくれた。
「トマ様。その熱意はとても素晴らしいですが……
ユリカさんが、少し怯えていらっしゃいます。どうか、その辺りで」
エマさんの穏やかな声に、トマさんははっとしたように動きを止めた。
我に返ったのか、小さく咳払いをし、短く頭を下げる。
「……失礼した。少し、熱が入りすぎたな」
そして、話題を切り替えるように続けた。
「話が逸れてしまった。申し訳ない。
それで、私の専攻だが――
私は『ルーン制御・出力安定化』を選ぶ予定だ」
――ルーン制御・出力安定化。
ルーンを、どう安定して動かすか。
常に同じ出力、同じ挙動を再現できるところまで高める。
それが、この専攻の主題であり、履修内容になるのだという。
なるほど。
キャンピングカーのような大型マナ車を動かすには、うってつけの研究だ。
そう感じ、トマさんに質問をしてみた。
「その研究って……
安定化させた仕組みを、新たにエンジンや商品に転用できるようなものなんですか?」
私がそう尋ねると、トマさんの目は、先ほどよりもさらに輝きを増した。
「そうなのだ! そこが、この研究の素晴らしいところでな。
自らが安定化させた仕組みは、既存の商品にも転用できる。
それによって、人々の暮らしは、もっと便利になるぞ」
鼻は大きく開き、目は少し血走っていて、そして早口である。
……質問したのは失敗だったかもしれない。
先ほどよりも近い距離で、何やらしぶきも飛んでいる……。
そして、それをよける様に顔を背けている私を気にすることもなく、今もずーっとしゃべり続けている。
……正直、少し気持ち悪いと思ってしまった。
まさか、こんな人だったとは。
そんな私の後悔とは裏腹に、熱を帯びた声で、彼は続けた。
「例えば、ランタンだ。
出力を抑えつつ安定させられれば、マナ切れの心配も減る。
長時間使える、安全な灯りになるだろう」
確かに――素晴らしい。理屈も分かるし、価値もはっきりしている。
それでも、なぜだろう。胸の奥が、少しも高鳴らない。
既存商品の改良が性に合わないのか、それとも今しがた生まれたトマさんへの小さな嫌悪感故か……。
私はその感情を言葉にできないまま、そっと視線を右へとずらした。
――他の人の話も聞きたいし、なによりトマさんの話を終わらせたかったからだ。
それに気が付いたのか、一人の女子生徒がトマさんを押しのけ前へと出てきてくれた。
「私はリサ。リサ・デル・グレイモアでーす。
今まであまりお話ししたことなかったけど……ずっとユリカちゃんのこと、気になっててぇ。
ぜひ、お友達になりたいなって思ってたの。
同じ女子だしぃ、研究にも没頭できそうだしぃ……よろしくね」
トマさんよりも距離が、近い。
何というか……、ギャルだ。そこにはギャルが居た。
でも、不思議と嫌な感じはしなかった。いい香りがするからだろうか?
それに、彼女の明るさは押しつけがましくなく、むしろ少し眩しいくらいで――
私は気づけば、「よろしくお願いします」と答えながら、彼女と握手を交わしていた。
「それで、リサさんは……どんな専攻を選ばれるんですか?」
そう尋ねると、リサさんは私の手を握ったまま、にこにことした表情で答える。
「私? 私はねぇ、『ルーン適合素材と加工法』だよぉ。
うちは、マナ車発祥の家だからねぇ」
さらりと、とんでもないことを言う。
「効率よく、っていう意味ではトマちんのところと同じなんだけどさっ。
マナ車をもっと発展させるには、素材とかぁ、加工法とかぁ、まだまだ掘れるところが多いんだよぉ。
どう? 一緒にやらない?」
……これは、正直に言って驚いた。
まさか、マナ車の本家と、こんな形で出会うとは思ってもいなかった。
先ほどとは違い、胸の奥が、少しだけ高鳴る。
リサさんが扱うという適合素材や加工法は、キャンピングカーの開発にも、必要になるだろう。
――これを研究するのも、悪くないかもしれない。
そんな考えが、頭の片隅に、自然と浮かんでいた。
興奮気味のリサさんの後ろで、二人の男子学生が顔を見合わせ、小さく肩をすくめた。
片方は眼鏡を指で押し上げ、もう片方は、どこか眠たそうに目を細めている。
「俺たちは、まだはっきりとは決めてないんだが、たぶん、二人一緒の専攻になると思う」
そう前置きしてから、「ジーン・デル・ルベール」「オリヴァー・デル・ディナス」と名乗った二人は、言葉を探すように少し黙り込み、やがて、考えていることを噛み砕くように話し始めた。
その話によると、二人は『ルーンの代替技術』を専攻するつもりらしい。
なんでも、ルーンの代替技術というのは、ルーンでなければならないものと、そうでないものを突き詰めていく研究らしく、言ってしまえば、私の自転車もその研究対象に含まれるということだった。
前世の記憶を頼りに機械仕掛けの開発を行ってきた私にとって、ルーンの代替技術という考え方は、素直に興味を惹かれるものだった。
そこで、ふと気になった事があった。
エマさんたち――ナトゥーラ派は、いったい、どんな研究をしているのだろう。
以前、自然学を基にしているとは聞いていた。
だが、それが具体的にどんな研究なのかは、正直なところ、いまひとつ分かっていなかった。
「ところで、エマさんは何を専攻するんですか?」
そう聞くと、彼女はきょとんとした表情で、私を見つめ返した。
どうやら、その質問自体が少し意外だったらしい。
「私ですか?
私は……いえ、私たちナトゥーラ派は、
『自然現象の観察と体系化』を専攻すると、すでに決まっています」
エマさんは、言葉を選ぶように一度区切り、落ち着いた声で続けた。
「自然の中で起きているさまざまな現象に、マナがどのように作用し、どのように干渉しているのか。
そういった、マナそのものの振る舞いを観測し、整理し、研究していきます。
ですから……私たちの研究は、ルーンそのものが主題というわけではありません」
私は、それを聞いて、少し意外に感じた。
この大学において、ルーンではなく、マナそのものを研究対象とする派閥がある。
そんな視点があるとは、正直、思っていなかった。
けれど同時に――
それは、とてもナトゥーラ派らしい考え方だとも感じ、腑に落ちた。
それに、マナについては、私自身、前々から不思議に思っていたことでもある。
あの力は、いったい何なのか。
なぜ、ああも自然に溶け込むように存在しているのか。
可燃性を持ちながら、正と負、二つの属性を併せ持ち、生命活動にも利用されているマナ。
ルーンという特定の条件下では光を放ち、液体、気体、個体と、その状態すら変化させるマナ。
私の中ではエキゾチック物質そのものであった。
その謎は……ぜひとも、解き明かしてほしい。
なんなら、私もその研究を行いたいほどだ。
他にも色々と聞きたかったが、予鈴が鳴り、廊下の向こうからノーラン教授が歩いてくる姿が見えたため、私たちはいったん話を切り上げ、教室に入ることにした。
教室にはすでに他の生徒たちが揃っており、それぞれ、自分の席に腰を下ろしている。
その中に、リオン君の姿もあった。
新年祭以来、彼との間には、どこか目に見えない距離が生まれているように感じている。
その距離をどう埋めればいいのか分からないまま、私は専攻選択の時期を迎えてしまっていた。
やがて、ノーラン教授によるルーン基礎学の授業が始まる。
私は、なんとなくリオン君のほうを見てみた。
けれど彼は、こちらを気にする様子もなく、淡々と、授業に耳を傾けていた。
――そうして、悩み続けるうちに。
私は、専攻の選択期限日を迎えることとなった。




