【幕間】マルクの冒険譚その2
村を出た俺は、領都へ向かう街道をひたすら南下していた。
道すがら、数人の行商人とすれ違ったが、人影はまばらで、街道はどこか寂しげだ。
というのも、このあたりには村が一つもなく、領都まではただ、進むしかないのである。
前にこの道を通ったのは、家族と一緒だった時だ。あの時は賑やかで楽しかった。
けれど今は、独りきり。旅というものの本当の意味を、少しだけ理解した気がする。
いくつもの焚き火場を越え、領都が近づいてきた頃――道の途中に、一台の馬車が乗り捨てられているのを見つけた。
装飾の意匠からして、貴族のものだろう。
そんな折、けたたましい鳴き声と、続いて人の悲鳴が聞こえた。
街道から数十メートルほど下った沢の方角だ。俺は迷わず、声のする方へ駆け出した。
そこにいたのは――グランガル。
二メートルはあろうかという巨大な鶏の魔物が、二人の男に襲いかかろうとしていた。
俺はバスタードソードを抜き、傾斜を利用して勢いよく駆けだした。
しかし途中、松木の根のこぶに足を取られ、体がもつれる。なんとか転ばずに踏みとどまろうとしたが、それも叶わず、そのまま前方へ大きく飛び出してしまった。
だが幸いなことに、俺が飛び出した先は、ちょうど先頭のグランガルの頭上だった。
その勢いのまま剣を振り下ろし、グランガルの首を一閃で斬り落とした。
(……あ、焦ったぜ)
その瞬間、突如現れた俺に驚いたのか、他の個体たちが一斉に暴れ出した。
右往左往と走り回り、あるものは川へ飛び込み、あるものは大岩に突っ込み、またあるものはその場で固まって動かない。
「カ、カスパル! 今のうちに、な、何とかしろ!」
身なりのいい、恐らく貴族と思しき男が、初老の男性に向かって叫んだ。
カスパルと呼ばれたその男性は、深いため息をつきながら「……かしこまりました」と頭を下げ、剣を抜くと暴れ回るグランガルたちに次々と刃を突き立てていった。
俺も負けじと斬りかかり、あらかた狩り終えたところで声をかけられた。
「お助けいただき、ありがとうございます。私はカスパル。あちらにおられるオットー・プルンプ男爵の執事を務めております」
「いやいや、冒険者として当たり前のことをしたまでですよ。……冒険者として」
「おや、その若さで冒険者をされているのですか。それはそれは、ずいぶんと優秀な方のようだ」
このカスパルという男、なかなか分かっている。なんせ俺は、ほんの一握りだからな。
だが、ここで得意になるのも格好がつかない。俺は少しだけ謙遜してみせた。
「ところで、これから領都へ向かわれますかな? もしよければ、グランガルの解体と領都までの道、ご一緒なさいませんか?」
願ってもないお誘いだ。
俺は快く頷き、カスパルとともに素材の解体を始めた。
なんでも、内臓と頭はその場に捨て置き、足を紐でくくって馬車で引きずっていくのだという。
そんなことをして素材が大丈夫なのかと尋ねると、「問題ありません」とあっさり返ってきた。
「こう見えて、グランガルの羽毛は普通のそれとは違い、硬質で曲げたりするのも一苦労なのです。多少の衝撃では傷つきもしませんし。……そうだ、肉は腐りやすいですし、食べられる分だけお持ちください。その代わり、お礼として特別なグランガルの羽毛をすべて差し上げるというのは、いかがでしょう」
グランガルの羽毛にそんな特別な性質があるとは知らなかった俺は、もちろん喜んでその申し出を受けた。
「いやぁ、悪いですなぁ」
そう言った時、カスパルの口元がわずかに緩んだ気がしたが――恐らく、気のせいだろう。
領都に着いた俺たちは、そのまま解体屋へ向かった。
冒険者ギルド付きの解体屋ではなく、なんでも男爵行きつけの店があるらしい。
そこへ素材を持ち込み、羽毛を剝いで、さらに細かく解体し買い取ってもらう。
しばらく待っていると、カウンターから声がかかり、カスパルとともに受け取りに向かう。
カウンターの上には、買取金と、五つの大きな麻袋に詰められたグランガルの羽毛、そして一塊の肉が並べられていた。
カスパルと男爵は買取金を手に取ると、「それでは」とそそくさとその場を後にした。
男爵ともなれば、忙しい身なのだろう。
だが、それはこちらも同じだ。
まずはこの羽毛を冒険者ギルドで換金してもらい、宿を探して肉を調理してもらわなければならない。
のんびりしている暇などなかった。
久しぶりの領都を味わう余裕もなく、俺は冒険者ギルドへ向かった。
素材買取カウンターに羽毛の詰まった袋をどさりと置く。
「これの換金を頼む。……なんと、グランガルの羽毛だ」
そう告げると、職員の顔に焦りの色が浮かんだ。
この量を持ち込む者など、そうそういないのだろう。
入り口近くの壁際のベンチに腰を下ろし、換金が終わるのを待っていると――
目の前を、弓を携えた女が通り過ぎた。
顔立ちは端正で、四肢はすらりと長い。
細身の身体には、臀部の形がわかるほどぴたりとしたパンツ。
足元は膝下までのブーツを履いていて、いかにもレンジャー――フィールドワークに長けたタイプに見えた。
少し垂れた目元も気が強そうで、正直“綺麗”だと感じた。
その時、女と目が合い、声をかけられた。俺は、自分に風格でも出てきたのだろうかと感じていた。
「あんた、前衛? どこ? 所属」
「いや、さっき領都に来たばかりだ。冒険者登録だけは成人前に済ませているけどな」
少し澄まして答えてみたが――どうだっただろうか。
女は「ふーん」と小さく呟き、唇を尖らせながら俺のつま先から頭のてっぺんまでを一瞥した。
「な、なんだよ? 嘘じゃないぞ」
「ま、いいか。あーしはコリン。あんたは?」
「お、俺はマルク……だけど」
「よろしくね、マルク。あーし、来月“ドラッカ・プラナ”を狩りに行くんだけど――ちょっと付き合ってくれない?」
そっけなくそう言い放つコリンを見て、俺はなぜか、運命めいた風が吹いたように感じてしまった。




