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【幕間】マルクの冒険譚その1

 我が名はマルク。アシーラ大陸の最東端にあるハイジャン村出身の冒険者だ。

それもただの冒険者ではない。成人前に冒険者登録を済ませた、「ほんの一握り」の存在である。


 先日、十一歳になったばかりの妹ユリカが家を出て、領都のマナ車工房へ弟子入りした。

兄である俺を差し置いて一足先に村を出るとは……思うところがないわけではない。だが、そこは成人した男の器を見せる場面だ。胸を張って、快く送り出してやった。


 もうすぐ冬本番。村には冒険者ギルドもなく、魔物が現れることも稀なので、俺の暮らしはもっぱら隣のばあさんのお使いや親父の手伝い、それに剣の鍛錬といったところだ。


「ほんとに、この子は……。このままごくつぶしになりはしないか、私は心配で心配で……。少しはユリカを見習ってほしいもんだよ」

おふくろは、そんなふうに俺のことをユリカと比べては嘆く。


「にぃに、ゴクツブシなの? ゴクツブシってなぁに? つおいの?」

無垢な声で問いかけてくるのは弟のトーマスだ。つい先日、命名式を終えたばかりで、その姿は当時の俺にそっくり。可愛いのも無理はない。


 うちは、祖父の代から続く鍛冶屋で、親父は腕利きの鍛冶職人だ。

俺が振るう剣も、親父が打ってくれた業物である。まだ大人ほど身体ができあがっていないからと、用意してくれたのはバスタードソードだった。


 バスタードソードはロングソードよりやや短く、片腕を伸ばしたくらいの長さだ。両手で構えてもいいし、片手に盾を持ってもいい。だが俺としては――男なら剣一本で戦うべきだと思っている。


「おう、マルクじゃないか。どうだ、剣の腕は上がったか?」

声をかけてきたのはバルドさん。この村で唯一の商業ギルド会員で、行商のために村や街を渡り歩いている。この前も、家族まとめて領都まで送ってくれた。


 今日は村の近くの川原に来ている。

ここは昔、よく親父と釣りをした場所だが、俺の代わりにユリカが一緒に行くようになって以来、足が遠のいていた。指に針が刺さったこともあり、トラウマとまではいかないが、なんとなく近寄りたくなかったのだ。


 けれど春になれば、この村を出る。心残りはできるだけ潰しておきたい――そう思って、ここに足を運んだ。


 おもむろに剣を抜き、構える。

実戦を意識したわけではなかったが、いざ動いてみると、河原の足場の悪さに驚かされた。

こうした場所でもバランスを崩さず立ち回れるようにならなければ、冒険者として生き残るのは難しい。そう感じた俺は、この日から鍛錬をここで行うことにした。


 ――冬も本番を迎え、雪は日に日に深く積もっていった。

足場の悪さは、積雪前の比ではない。石の凹凸は見えず、踏み出せば滑り、気を抜けば転ぶ。そのたびに傷は増えたが、不思議と充実感も同じだけ増していった。


 ――やがて春。今度は大工の娘リアンナが村を出た。

ユリカとは仲が良く、よく一緒に遊んでは、ヘンテコなものを作って乗り回していた姿を覚えている。

なんでも、リアンナも領都へ行き、どこかの工房に入ったらしい――と、おふくろから聞かされた。


 その頃からだろうか。おふくろの俺を見る目が、ほんの少し厳しくなった気がする。

……なるべく早く領都へ出て、成果を上げなければならない。そう思わずにはいられなかった。


 やがて、村を出る日がやってきた。

明け方に目を覚まし、凛とした空気が漂う土間に立つ。

食卓に手紙を置き、誰にも告げずに家を出た。男たるもの、見送りなど不要。黙って旅立つに限る。


 村のはずれまで来たとき、背後から声をかけられた。


「今日が出発の日なんだね……。寂しくなるよ。気をつけてね」


 幼馴染のリベットだった。

長い赤髪を二つに束ね、そばかすを気にして恥ずかしそうにしている。


「おう! 今日から冒険者として本格的に活動するんだ。俺の名声を村まで轟かせてやるから、楽しみにしてろ!」


 胸を張る俺を、リベットはどこか悲しそうに、そして少し頬を赤らめて見つめていた。……体調でも悪いのだろうか?


「これ……お守り! 待ってるから!」

リベットは木彫りの小刀を下げた首飾りを、ぐいっと俺の手に押し付けてきた。

その勢いはすさまじく、出発前に思わぬダメージを負ったほどだ。

……やっぱり、いつものリベットだ。


 そんな中、後ろから親父とおふくろが、トーマスを連れてやってきた。


「やっぱり、こうなると思ってたよ、この子は。……ほら、軽食を作ったから持っておいき。……死ぬんじゃないよ」

鼻の奥が、少しだけつんとした。


「その……なんだ。気をつけてな。いつでも帰ってきていいからな」

親父の声も、どこか寂しげだった。


「にぃに、いってら!」

トーマスはやっぱり可愛かった。


「それじゃ、行ってきます!」

四人に別れを告げ、俺は冒険の第一歩を踏み出した。


 ――ここからが、伝説の始まりである。

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