Day25:再会と新たな図面
「こんにちはー! お久しぶりですー! リアンナでーす! 工房長、いらっしゃいますかー!」
大きな声に振り向くと、利発そうな目に短く切りそろえられた髪。その髪は会わなかった半年の間に少し伸びていたが、その姿は間違いなくリアだった。
「……リア!」
驚きのあまり、私は思わず叫んでいた。
マルセルは「また妙な女が来た」とでも言いたげに眉をひそめ、ペーターは肩が耳につきそうなほど仰天し、ヨアヒムだけは我関せずといった様子で無関心を装っていた。
「リア、どうしたの? 予定より少し早いんじゃない?」
駆け寄る私に、工房長も続いた。
「うん、少しだけね。先に自転車の件を済ませちゃおうかと思って」
それはありがたい、と工房長が頷き、三人で自転車工房へ移動する。
着くなり工房長はフレームやサドルについて矢継ぎ早に問いかけた。
リアは一つひとつ、迷いなく答えていく。
前後の車輪から上桁に逆三角形に梁を伸ばしたのは、衝撃を分散させるため。
上桁に太い部分と細い部分を作ったのは、わざとたわみを生じさせ、力を逃がすため。
サドルの下に縄と革を挟んだのは、衝撃をやわらげるため。
工房長はその意図をじっくりと確かめ、やがて深く息を吸って言った。
「なるほどな……。こりゃあ、よくできとるのぉ」
ここにゴムタイヤが加われば、さらに良いものへと昇華できると工房長も確信を得ていた。
その夜は、私の部屋への宿泊許可が下り、久しぶりに二人で同じ部屋で眠ることになった。
夜更けには、村の様子を聞かせてもらい、家族からの伝言も届けてくれた。
話の途中で思わず涙がこぼれる場面もあったが、そんな私をリアは妹をあやすようにやさしく抱きしめ、静かに受け止めてくれた。
翌朝、リアと食堂で朝食をとっていると、マルセルたち三人組がやってきた。
気にせず食べ進めていたものの、どうにも視線が気になる。
隣をちらりと見ると、三人の目は私ではなく、向かいに座るリアへ向けられていた。
そのリアはというと、寝間着代わりのシャツの胸元が大きく開き、のぞき込めばへそのあたりまで見えそうな勢いだった。……それにしても立派である。
昨夜、私をお姉さんのように抱きしめてくれたのも、このせいかもしれない――。
いや、今はそんなことより。
「リア! 胸元! 空いてるよ!」
私は慌ててシャツをかき合わせ、三人組を睨みつけた。
マルセルは口笛を吹いて天井を見上げ、ペーターは目を手で押さえて身悶えし、ヨアヒムは鼻頭を掻きながら前を向いている。
「……たはは、失敬失敬。家での癖が抜けなくて……」
リアは反省する様子もなく、笑ってごまかしていた。
その後、リアの下宿先を教えてもらい、次の休みに「海が見たい」という彼女の希望を聞き入れて一緒に出かける約束をし、リアは工房を後にした。
自転車工房に行くと、すでに工房長が待ち構えており、私たちはすぐに鉄製フレームの図面起こしに取り掛かった。
図面を書くこと自体は簡単なもので、私は前世で一般的に乗られていたクロスバイクを思い出しながら描き出した。
フレームは三角を二つ重ねたように構成している。前方から後方へと真っすぐ伸びるトップチューブは、地面とほぼ水平に並び、下のダウンチューブは力強く斜めに落ちてペダルの軸へと繋げた。
そこから後ろに伸びる二本の細いチューブが、後輪を抱え込むように固定している。
ハンドルは一本、真横に広がる棒のように伸び、端にはグリップが取り付けられている。
前輪を支えるフォークは、まっすぐな二本の線となってタイヤの両側に降り立ち、中央のハブに支点をつくる。
タイヤは背の高い円。細く均一な黒い帯が二つ、前と後ろで同じ大きさにした。
中央部の歯車と。後ろの車輪にも一回り小さな歯車が付いており、チェーンがその間を斜めに走っている。
サドルは中央の歯車のほぼ真上に配置され、一本の直線的な支柱によってフレームに固定した。
ここまでを半日で描き上げると、工房長は驚きを隠せず目を見張っていた。
「……美しい。これはまさに機能美だな。しかも、こんなに早く……」
私としては、知っている形を描き起こしただけだったのだが、この世界の人から見れば、その速さ自体が驚きだったのかもしれない。
少し申し訳なく思い、苦笑いを浮かべていると――
「これは、素材は何で作るつもりなんだ?」
と問われた。
「できるだけ軽くて丈夫なものが理想ですが……最初は青銅で試そうかと。ちなみに中は空洞にして、筒状のフレームにするつもりです」
「なにっ、筒?!……なるほど、確かに軽くはなるな。ただ、それだと剛性も必要だし、強度に不安が残りゃせんか?」
「そこは、丸ではなく、少し横につぶした縦長の楕円にすれば強度は保てると考えています」
「ふむ……確かにそうだな。お前さんといい、リアンナといい……まったく、将来が楽しみだわい」
工房長はニカッと笑い、
「よし、今日はもういい。あとはワシが少し手を加えておこう」
そう言って図面を抱え、工房を後にした。
残された私は、次の休みに海へ行くことだし――久しぶりにルアーを作ることにした。
長さおよそ一〇〇ミリの木材を切り出し、ペナントナイフで削りはじめる。
頭の部分は滑らかな流線形に、左右を削いで厚みを落とす。
対照的に尾の方は幅を残し、角を落として丸みを帯びさせた。
次に針金を釘に巻きつけ、ペンチで絞ってアイを作る。
三〇ミリほど伸ばしたところでU字に折り曲げ、半分のあたりで切断した。
削り上げた木のルアーを砂型に半分だけ沈め、そこへ溶かした鉛を流し込む。
固まる前に先ほどの針金を水平に置き、冷えて固着したのを確かめて型から外す。
次に他の砂型へ右半分を写し、鉛を流し入れ、先ほど固めた左半分を上から被せた。
はみ出したバリを削ぎ取り、全体を磨いて光沢を出す。
同じものをさらに三つほど作り、リアにもらったニスを塗り重ねていった。
乾かす間に、少し大きめの釣り針に糸を巻き付け、細い紐をしっかりと挟んで繋げ、アシストフックを作り上げた。
乾いたルアーのアイへ括り付けたら、メタルジグの完成である。
前方は薄く、後方に重心を置いた形状は、投げれば遠くへ飛び、沈む間にはひらひらときらめいて魚を誘うだろう。
想像するだけで胸が高鳴る。
私はメタルジグを握り、そっと自分の部屋へと戻っていった。




